琥珀の夢は甘く香る ~アンバーの魔女と瞳に眠る妖魔の物語~

遥彼方

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依頼1ー熱気と闇を孕む商業国ナナガ

事件は終わり事態は次へと進む

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 夕刻になりコハクたちと別れたポルクスは、治安維持警備隊の本部廊下を歩いていた。
 あれからホムラは直ぐに現れた。コハク曰くホムラが時折ふらっといなくなるのは珍しくはないらしい。大抵は夜間で今回のように昼日中は初めてで驚いたと言っていた。ホムラ本人に問うても息抜きにぶらついただけだと言う。

「コハクが楽しそうにしていたからな。邪魔者は退散していたまで」
 そう、からかうように言われたのだが目が全く笑っていなかった。冷たいような熱いような、不可思議な光を放つ黒瞳を思い出してポルクスは身震いする。
 考え事をしているうちに着いた目的地で立ち止まり、ドアをノックした。大きく深呼吸を一つする。今回の事件の報告と自分自身の決意を伝えるために。

 報告と答えを言い終え部屋を出る新米隊員の背中を見送り、第四部隊隊長バートンは大きく息を吐いた。

「一先ずは良かったんだろうさ、あいつの為には」

 眉間を揉んで、ゆっくりと煙草をふかす。白髪の方が多くなった金髪に水色の瞳、事務仕事ばかりで弛んだ腹を制服で包んでいる。
 机の上には吸い殻が突っ込まれた灰皿、無造作に転がるペンと印鑑、乱雑に積み上げられた書類の山と、別に分けた二枚の書類。一枚目には『第二部隊への移動願い』で、ポルクス・キングスの署名があった。バートンは節くれだった手でその紙を破り、足元のごみ箱へ捨てる。たった今本人が取り下げを希望したからだ。

 これでいいと、バートンも思う。殺伐とした第二部隊などあの青年には似合わないし、第二部隊隊長も同意見だったから受理しなかったのだ。
 だから、本人から取り下げて良かった筈だ。なのに、妙にざわつくのは何故だろう。金髪の青年は第四部隊でやっていきますと、晴れやかな顔でバートンへ言い切った。

 東邦の魔女の案内役に志願したのは、他ならぬポルクスだった。誰もやりたがらない任務をこなせば、第二部隊への転属希望が通りやすくなると言って、親代わり同然のバートンの忠告も聞きやしなかった。それがあっさりと意見を翻したのだから、東邦の魔女はどんな魔法を使ったのやら。

 もう一枚の書類を手に取る。この妙な胸騒ぎはこいつのせいでもあるだろう。
 こちらの件名は『マギリウヌ国からの身柄引渡し要請』で本文は『以下の者の引渡しを要請する』とあり、書かれた名前は『ポルクス・キングス』とあった。


 翌日も快晴で、気持ちのいい朝だった。胸の上でまるくなっていた子猫を脇にどけて、大きく伸びをし、ポルクスはベッドから出る。
 今日はコハクたちがミズホ国へ戻る日だ。寂しさを振り払うように顔を洗う。冷たい水が意識を覚醒させ、胸の疼きを紛らわせてくれた。

「よし!」
 身支度を整え、ポルクスは軽く気合いを入れる。出掛ける前に棚の上の写真立てを手に取った。
「行ってきます」
 一言告げてまた元の場所へ置く。写真には七人の人物が写り、一人だけが黒く塗り潰されていた。


 玄関を開けて、朝の活気に溢れたナナガ国を歩く。あちこちの人に朝の挨拶をしながら進むと、妹二人の手を引いて歩くアルフレッドに出会った。精神を妖魔に喰われた二人は、真っ新な状態であるらしい。喰われた思い出や経験は戻らないが、新たに積み直せばいい。

「俺も、チェルシーもレイチェルも、一からやり直しだ」
 そう、男のポルクスでも見惚れる笑顔をアルフレッドは見せた。アルフレッドならきっと大丈夫だろう。三人へ丁寧にお辞儀をして、ポルクスは先を急いだ。


 風が草木をくすぐってそよがせる……とは残念ながらナナガ国ではいかない。ところ狭しと建物が濫立するナナガ国では、草木の残る土地はなく緑は街路樹か、街の景観の為に植えられた花くらいだった。
 建ち並ぶ背の高い無機質な建物の屋上で、ポルクスは明るい金髪を風に揺らし、振り向いた。

「ここからなら、スズさんも飛び立てるでしょう?」

 事前にコハクから大きな鳥の妖魔に乗って帰るので、飛び立てる場所を教えて欲しいと頼まれていたのだ。

「ええ。おいで、スズ」
『はあい』

 現れた巨鳥にポルクスは目を丸くする。首が痛くなるほど上を向かないと頭部が見えないほど大きいのに、スズの体つきは小鳥と同じで丸い。近過ぎてふわふわのお腹と黄色の喉元しか見えなかったから、ポルクスは数歩下がってスズを見上げた。

『あらあらあ、初めまして。ポルクス。といってもわたしはずっと見てたから、初めてな気がしないわあ』

 とてもいい声で囀ずっているが、ポルクスには何を言われているのかさっぱり分からない。

「えっと、初めまして!ポルクスです」
 分からないけれど多分挨拶されたのだろうと思い、ポルクスは姿勢を正してからきちんと礼をした。

『んま! 礼儀正しいのねえ、この子!』
 スズは機嫌よく翼を広げると、ポルクスをふかふかの腹の下へ敷いた。

「わああ、ちょっと、コハクさん」
 これはどういうことなのだろうと、ポルクスは羽毛に埋もれながらコハクへ助けを求めた。体重をかけないようにしてくれているのか、重たくも苦しくもない。

「気に入られたのよ」
 くすりと笑ってからコハクは喚ぶ。

「おいで、ハル」
「なんで喚ぶかなっ!?」
 無理矢理喚ばれたのか、破片から青年の姿になったハルはつんのめるようにポルクスの前で止まった。目を横に逸らしたまま、ばつの悪そうな顔で頬を掻く。

「あの、ハルさん、ごめ……」
「ちょっと待った!」
 謝罪の言葉を口にしかけたポルクスを、ハルは手のひらを翳して制した。

「お前が謝ることじゃないだろ。悪いのは俺だ。勝手に苦しくなって勝手に拗ねた」
 尻尾を垂らし、耳をぺたんと伏せて肩を落としたハルは何だか少し小さく見えた。

「ハルさん、僕の何がハルさんを傷付けたのか分からないんです。友達をどうして苦しめてしまったのかが分からなくて」
 友達、という単語にハルの耳と尻尾がぴくりと反応した。パタパタと忙しなく振り始める。

「だから、お前が悪いんじゃなくてっ。ああっ! もう!」

 ハルはわしゃわしゃと自分の髪と耳を掻きむしってから、ポルクスを真っ直ぐに見た。あの時ハルは自分の責任でミソラを信じるんだと言ったポルクスが眩しかった。同時にミソラが羨ましくて堪らなくなった。ハルが喉から手が出るほど欲しかったものを、ミソラが手に入れたから。

「俺はあの時、お前とミソラの絆に嫉妬したんだ。それで拗ねた。ごめん! ……こんな俺でも友達になってくれるか?」

 ポルクスは軽く目を見開いてから、ぱっと笑顔になった。嬉しくなって右手を差し出す。本当はもう、とっくに友達のつもりでいたんだけどな、と心の中だけで呟く。

「うん、勿論。友達になろう、ハルさん!」
 ハルの骨張った手が力強くポルクスの手を握った。

 ハルはコハクの瞳へ戻り、スズはコハクとホムラを乗せてナナガの空へと舞い上がる。巻き起こる風にポルクスの明るい金髪と制服がはためいた。吹き飛ばされないように両足を踏ん張る。

「ポルクス! いつかナナガの依頼がくれば必ず立ち寄るわ」
「はい! 約束ですよ!コハクさん!」
  
 茶色の翼と白い腹が太陽に重なり、ポルクスは眩しさに目を細めた。鳥影はみるみる小さくなり、やがて空へと溶けて見えなくなる。

 いつかまたコハクが依頼で立ち寄ったなら、その時胸を張って会えるように今を精一杯頑張ろうと思う。

「仕事に戻ろっか」

 ポルクスは大きく伸びをして、懐のミソラへ笑いかけ踵を返した。


ー依頼1、了ー
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