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依頼2ー無気力の蔓延る科学国家マギリウヌ国
偽りの善意
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「あはははははっ」
シリアが笑う。鎖をじゃらじゃらと鳴らし、腹を抱えて笑いの発作に身を任せている。
ポルクスへ流れ込むシリアのやるせなさが悲しい。
「ああ、可笑しい。シリアったら、なんて馬鹿だったんだろう」
シリアは腹を抱えていた手を目に当てて、天井を仰ぎ今度は低く喉を鳴らしている。その姿が痛々しくてポルクスは叫んだ。
「違う! 君は馬鹿なんかじゃありません。なにも悪くなかったじゃないですか。一生懸命、努力していただけじゃないですか!なのにっ」
あんまりだと思った。なにも見ていない母親に腹が立った。マギリウヌ国という社会にも、成績なんてものでしか評価しない、学校なんてものにもムカついて仕方がない。
「知ったような口を利かないで」
目を覆っていた手を離し、彼女が底光りする水色の目でこちらを見ていた。
「私を救おうなんて、無理。無理。無理。無理。無理。……無理よね? だってあなた、本当は私を救おうなんて思っていないもの」
感情の抜けた表情でポルクスを指差し、彼女はいい募る。指先をこちらに向けた彼女の動きに合わせて、鎖がじゃらりと重そうな音を立てた。
「そんなことは!」
心底なんとかしたいと思っている。妖魔と分離したら、シリアが幸せになれる道を探したい。救えるものなら救いたい。
「勘違いしないでね。シリアじゃないわ。私よ。妖魔の私」
ぎくりと青年の全身が強張る。にいっと妖魔の唇が吊り上がった。
「あなたはシリアを救いたいと思ってる。同情してる。悲しんでる。でも、妖魔の私を救おうなんてこれっぽっちも思ってない」
自分でも血の気が引くのが分かった。違うという言葉は喉元で引っ掛かり、ポルクスは喘ぐように口を開けては閉じた。
「善人面した偽善者。あんたに私は救えない」
何も言えずにいるポルクスの視界に黄色の扇子が広がった。彼女たちとの同調が中断される。
「今日はここまで! また明日ー。あはははははっ」
打ちひしがれて立ち去るしかないポルクスの背中へ、妖魔の哄笑が降り注ぐ。それはいつまでも追いかけてきて、消えてくれなかった。
「大丈夫か?」
顔色の悪いポルクスを覗き込み、ハルが気遣わしげに眉尻を下げている。笑顔を作る気力もなく、消え入りそうな声で「はい」というのが精一杯だった。
前をゆくコハクの小さな背中を、どうにか追いかけてポルクスの部屋まで辿り着く。ドアを開けたコハクに促されてふらふらと中へ入ると、ドアを閉める音とがちゃりと鍵を掛ける音がした。
なんとなく違和感を感じてポルクスはコハクを振り返る。
「おいで、チヅル」
黄褐色の瞳の中で舞う破片が質量を変えて紙へと変わる。紙はくるりと筒状に丸まって連結し四つの棒となる。棒はポルクスを基点として四方へ広がった。
「え? チヅルさん……? 結界? どうして?」
結界の中にはコハクとハル、そしてポルクスと懐の中のミソラだけだ。そのミソラも無言で懐からするりと抜け出し、コハクの横へ座った。
二人と一匹に向き合う形、まるで敵対でもしているような錯覚に陥って、ポルクスは息苦しくなった。嫌な予感が激しく心臓を叩く。
「ポルクス・キングス」
静かなコハクの声音は冷厳としていて、ポルクスは大きく身を震わせた。
「貴方は妖魔の力になりたいと、知りたいと、妖魔と人間は同じなのだと言っていたわね」
黄褐色の瞳が妖しく光を放ち、茶色の破片が舞っている。コハクのその不思議な瞳を、ポルクスは初めて怖いと思った。
気が付くと、足が後ろにさがっている。怖い。この場から逃げ出したい。
「嘘ではないでしょうけれど、本音でもないわね。貴方が本当に思っていることは何?」
「違う、僕は」
ゆるゆると首を横に振ってさらに後退する。背中が壁にぶつかって、これ以上さがれなくなった。チヅルの結界の中へ閉じ込められたら、逃げ場などないと知っている。今まで何度も見てきたのだから。
「僕は、何?」
「うぅ」
怖い。何もかも見透かされているようなあの不思議な瞳が、ポルクスを追い詰める。淡々とした声がポルクスを縛る。
「妖魔に家族を殺されて、憎くない訳がないでしょう? 恐ろしくない訳がないでしょう?」
青年の目にすがるような色が浮かんだ。溺れる者が藁を掴むかのような必死の色が。
「そうです! 僕は本当は、怖い! ハルさんを初めて見た時、心臓が止まるかと思うほど怖くて、憎くて……」
コハクの言葉に飛び付いて取り繕う。ほっとして、笑みすら浮かんだ。
「嘘ね」
だからコハクは否定した。目の前にぶら下げられた藁に掴まらせてはいけない。青年の本当を隠してしまうから。
コハクの一言に青年の表情が凍りつく。真っ青になって、がたがたと震え始めた青年の逃げ道をコハクは更に塞ぐ。
「私は妖魔狩り『珠玉』のコハク。宿主の罪を暴き共に贖う者。そんな嘘は通じない」
妖魔が生まれていないということは、本人も嘘を吐いているなどと自覚していない。自分の心を守るために、無意識に本心を嘘で覆って隠して蓋をしている。
それで青年が自分を守れるなら、前へ進めるのならコハクは静観していようと思った。しかし先程の妖魔とのやり取りで分かってしまった。あのままでは青年はシリアと妖魔を救えない。救えないという事実は、青年の心を覆う嘘を砕くだろう。青年の心ごと。
その前に嘘を剥がしてやろう。蓋をこじ開けてやろう。あえてコハクが罪と断じよう。罪を認識して妖魔を生もう。
「教えて。貴方の罪を」
そうして、聞こう、受け止めよう、共に背負い、贖おう。青年の罪を……。
シリアが笑う。鎖をじゃらじゃらと鳴らし、腹を抱えて笑いの発作に身を任せている。
ポルクスへ流れ込むシリアのやるせなさが悲しい。
「ああ、可笑しい。シリアったら、なんて馬鹿だったんだろう」
シリアは腹を抱えていた手を目に当てて、天井を仰ぎ今度は低く喉を鳴らしている。その姿が痛々しくてポルクスは叫んだ。
「違う! 君は馬鹿なんかじゃありません。なにも悪くなかったじゃないですか。一生懸命、努力していただけじゃないですか!なのにっ」
あんまりだと思った。なにも見ていない母親に腹が立った。マギリウヌ国という社会にも、成績なんてものでしか評価しない、学校なんてものにもムカついて仕方がない。
「知ったような口を利かないで」
目を覆っていた手を離し、彼女が底光りする水色の目でこちらを見ていた。
「私を救おうなんて、無理。無理。無理。無理。無理。……無理よね? だってあなた、本当は私を救おうなんて思っていないもの」
感情の抜けた表情でポルクスを指差し、彼女はいい募る。指先をこちらに向けた彼女の動きに合わせて、鎖がじゃらりと重そうな音を立てた。
「そんなことは!」
心底なんとかしたいと思っている。妖魔と分離したら、シリアが幸せになれる道を探したい。救えるものなら救いたい。
「勘違いしないでね。シリアじゃないわ。私よ。妖魔の私」
ぎくりと青年の全身が強張る。にいっと妖魔の唇が吊り上がった。
「あなたはシリアを救いたいと思ってる。同情してる。悲しんでる。でも、妖魔の私を救おうなんてこれっぽっちも思ってない」
自分でも血の気が引くのが分かった。違うという言葉は喉元で引っ掛かり、ポルクスは喘ぐように口を開けては閉じた。
「善人面した偽善者。あんたに私は救えない」
何も言えずにいるポルクスの視界に黄色の扇子が広がった。彼女たちとの同調が中断される。
「今日はここまで! また明日ー。あはははははっ」
打ちひしがれて立ち去るしかないポルクスの背中へ、妖魔の哄笑が降り注ぐ。それはいつまでも追いかけてきて、消えてくれなかった。
「大丈夫か?」
顔色の悪いポルクスを覗き込み、ハルが気遣わしげに眉尻を下げている。笑顔を作る気力もなく、消え入りそうな声で「はい」というのが精一杯だった。
前をゆくコハクの小さな背中を、どうにか追いかけてポルクスの部屋まで辿り着く。ドアを開けたコハクに促されてふらふらと中へ入ると、ドアを閉める音とがちゃりと鍵を掛ける音がした。
なんとなく違和感を感じてポルクスはコハクを振り返る。
「おいで、チヅル」
黄褐色の瞳の中で舞う破片が質量を変えて紙へと変わる。紙はくるりと筒状に丸まって連結し四つの棒となる。棒はポルクスを基点として四方へ広がった。
「え? チヅルさん……? 結界? どうして?」
結界の中にはコハクとハル、そしてポルクスと懐の中のミソラだけだ。そのミソラも無言で懐からするりと抜け出し、コハクの横へ座った。
二人と一匹に向き合う形、まるで敵対でもしているような錯覚に陥って、ポルクスは息苦しくなった。嫌な予感が激しく心臓を叩く。
「ポルクス・キングス」
静かなコハクの声音は冷厳としていて、ポルクスは大きく身を震わせた。
「貴方は妖魔の力になりたいと、知りたいと、妖魔と人間は同じなのだと言っていたわね」
黄褐色の瞳が妖しく光を放ち、茶色の破片が舞っている。コハクのその不思議な瞳を、ポルクスは初めて怖いと思った。
気が付くと、足が後ろにさがっている。怖い。この場から逃げ出したい。
「嘘ではないでしょうけれど、本音でもないわね。貴方が本当に思っていることは何?」
「違う、僕は」
ゆるゆると首を横に振ってさらに後退する。背中が壁にぶつかって、これ以上さがれなくなった。チヅルの結界の中へ閉じ込められたら、逃げ場などないと知っている。今まで何度も見てきたのだから。
「僕は、何?」
「うぅ」
怖い。何もかも見透かされているようなあの不思議な瞳が、ポルクスを追い詰める。淡々とした声がポルクスを縛る。
「妖魔に家族を殺されて、憎くない訳がないでしょう? 恐ろしくない訳がないでしょう?」
青年の目にすがるような色が浮かんだ。溺れる者が藁を掴むかのような必死の色が。
「そうです! 僕は本当は、怖い! ハルさんを初めて見た時、心臓が止まるかと思うほど怖くて、憎くて……」
コハクの言葉に飛び付いて取り繕う。ほっとして、笑みすら浮かんだ。
「嘘ね」
だからコハクは否定した。目の前にぶら下げられた藁に掴まらせてはいけない。青年の本当を隠してしまうから。
コハクの一言に青年の表情が凍りつく。真っ青になって、がたがたと震え始めた青年の逃げ道をコハクは更に塞ぐ。
「私は妖魔狩り『珠玉』のコハク。宿主の罪を暴き共に贖う者。そんな嘘は通じない」
妖魔が生まれていないということは、本人も嘘を吐いているなどと自覚していない。自分の心を守るために、無意識に本心を嘘で覆って隠して蓋をしている。
それで青年が自分を守れるなら、前へ進めるのならコハクは静観していようと思った。しかし先程の妖魔とのやり取りで分かってしまった。あのままでは青年はシリアと妖魔を救えない。救えないという事実は、青年の心を覆う嘘を砕くだろう。青年の心ごと。
その前に嘘を剥がしてやろう。蓋をこじ開けてやろう。あえてコハクが罪と断じよう。罪を認識して妖魔を生もう。
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