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依頼2ー無気力の蔓延る科学国家マギリウヌ国
終わらせる優しさ
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「一つ伺います。貴女の名前を聞かせて頂けませんか?」
立ち上がったポルクスが妖魔へ質問する。答えは聞くまでもなかったが、馬鹿にしたような冷たい視線を浴びて予想は確定した。
「聞いても無駄よ。あんたは私に喰われるんだから」
すげない断りを妖魔は答えとして返した。妖魔の露出した肌から、髪から、衣服から鎖が生えて伸びあがり、ポルクスへ迫る。
「させると思いますの?」
ポルクスの目の前に虚無の穴が出現し、鎖を飲み込んだ。出現した穴は五つ、直径は五十センチ。それらが盾のように展開し無数の鎖を全て虚無に沈める。
妖魔が苛立ちに顔を歪めて鎖を一度体に収納した。怒りに瞳を燃やすミソラと、邪魔をされて不機嫌な妖魔が睨みあう。
ここまでは拮抗しているが、相手の妖魔の方がきっと強い。ミソラはまだ中級の域を出ていないのだ。
「ミソラ!」
ここから高位妖魔へと変わるためのあと一歩を促すため、ポルクスはミソラの名前を呼んだ。頷いたミソラが肩越しに振り返ると、ポルクスの手に激痛が走る。ミソラが小さな穴を空けたのだ。傷口からぼたぼたと垂れる血も、側に空いた穴へと吸い込まれていった。
青年の体に穴を空け、血肉がミソラの糧となる。
大切な人間を傷つけその血肉をすする禁忌と、己の浅ましい衝動をよしとしない、彼女自身の美学を破り捨てることの罪深さよ。
それはミソラの妖魔としての力と、有り様を一段階押し上げる。
ポルクスの手に空いた穴は瞬時に埋められる。もしも妖魔との対話で危険が迫ったり、説得に失敗して力が必要になった時は、ポルクスの体に穴を空けること。これが二人の切り札だった。
「ポルクスが真実の名を呼ぼう。満空」
緑の瞳すら漆黒に変わり、生えていた耳と尻尾が消えた。形のいい唇を美しく吊り上げ、言葉を紡ぐ。
「虚無の海に沈みなさいな。身の程知らずのお馬鹿さん」
妖魔の足元にぽっかりと穴が空いた。三メートルはあろうかという大きな穴が妖魔を虚無へと誘う。
「馬鹿にしないで!」
妖魔から伸びた鎖が天井や無事な床に突き刺さり、穴へ落ちる妖魔の体を空中で支えた。
『ちょっとおっ! ちょっとおっ!』
チヅルの文句は鎖が鳴らす金属の音に掻き消される。鎖を使って妖魔が床へ降りた。
妖魔から無数に生えて襲いくる鎖と、それを飲み込む虚無の穴が次々と現れては消えてを繰り返す。鎖はぎゃりぎゃりと耳障りな音を立てて前後左右からうねって飛来し、空中へ現れた穴が飲み込んで消える。また違う方向からきた鎖が、新しく空いた虚無の穴へ吸い込まれ、横からすり抜けた鎖も小さな穴が砕く。
「馬鹿にもしますわ。なんですの、鎖を愚直に出すだけで芸がないですわね」
ふんと鼻を鳴らし、直接妖魔に穴を空けてやろうと漆黒の目を向けるが、妖力が弾かれて霧散してしまう。
「あんた、嫌い! みんなみんな、私を馬鹿にして!」
ならば飲み込んでやろうと足元や頭上などの空間に空けた穴は、鎖を叩きつけられて掻き消えた。どうやら上手く鎖を穴へ招き入れないと穴は簡単に壊されるようだ。
「みんなみんな? 馬鹿にしないでくれた人もいたではありませんの。気づかない貴女は本当の馬鹿ですわよ」
「うるさい! うるさい!」
冷たく突き放すように言い放ったこの言葉は、満空の慈悲でもあったのに、やはり妖魔は聞く耳を持たなかった。満空は溜め息とともに憐みを込めて、妖魔に拒絶の言葉を吐いた。
「そうですわね。理解しあえませんわ。私たちは」
穴を埋めてもらうことを求めた満空とは違う。この妖魔は。
鎖と穴は互いを喰い尽くしてやろうと、目まぐるしく現れては消え、砕かれては現れる。その最中、満空はゆっくりと妖魔を中心に円を描くように移動した。
「ああ、それにしても醜い鎖ですわね。錆びていて汚らしい。美しさの欠片もありませんもの」
大きくではない。気づかれない程度、わずかに一、二歩右へずれた程度だ。注意を引くため挑発的な態度で煽る。
「美しさなんていらないわ!」
「あら、ごめんなさい。教養のない方に美学など分かりませんわね。馬鹿で阿呆でうすのろの貴女にも、分かり易く言って差し上げましょうか?」
つんと顎を反らして美しい冷笑を浮かべ、自信に満ちた態度で高慢に妖魔を見下ろす。美で己を武装し言葉の毒で相手を殺しに行く。人であった頃の得意技だが、役に立つこともあるものだ。
「お・ま・ええぇぇえっ!」
激高した妖魔が一度に最大の数の鎖を満空へ向けて叩きつけた。
満空も最大の大きさの穴で鎖を迎える。視界を埋め尽くすほどの鎖と軋んだ音を立てる穴。
鎖が尽きるのが先か、穴が飲み込みきれなくなるのが先か。
決着はそのどちらでもなかった。
「……え?」
妖魔が唖然として、下を見た。信じられないものが自分の胸を刺し貫いている。そういえば頭が熱くなっていて、それを持っている人物へ一切注意を払っていなかった。
漆黒の剣を妖魔の胸に突き刺した金髪の青年の澄んだ瞳に、泣きそうな顔の自分が映っていた。
「苦しかったですね。努力しても報われない。褒めてくれない。馬鹿だと罵られる。逃げ場がなくて、寂しくて、辛くて、苦しい。それも全部終わりです。僕が引き受けますから」
妖魔の胸を貫くのは、漆黒の剣。満空が造りだした虚無の剣だった。
胸から虚無が全てを飲み込む。努力を認めてほしかった思い、やってもやっても成果の出ない苦しさ、ののしられた時の悲しさ、それらが虚無に吸い込まれていく。
「今までよく頑張りましたね」
一言が、妖魔の急所を完全に突いた。
涙に濡れた青の瞳に映る少女が笑う。
……ああ、これで終わるのだ。
無数の鎖も妖魔の姿も全て消え去り、真っ白な床に一つの『石』が転がった。
転がった『石』を拾い、ポルクスは制服の袖で涙を拭う。相手は人間ではないし、事前に腹は括っていたのに、刺し殺すという行為は生々しくポルクスに刻まれた。
コハクとハルが駆け寄ってくる。その怒った顔を見たら妙に嬉しくなってまた滲みかけた涙が引っ込んだ。
今は暗い気持なんて吹き飛ばすくらい怒られよう、そう思ってポルクスは笑った。
立ち上がったポルクスが妖魔へ質問する。答えは聞くまでもなかったが、馬鹿にしたような冷たい視線を浴びて予想は確定した。
「聞いても無駄よ。あんたは私に喰われるんだから」
すげない断りを妖魔は答えとして返した。妖魔の露出した肌から、髪から、衣服から鎖が生えて伸びあがり、ポルクスへ迫る。
「させると思いますの?」
ポルクスの目の前に虚無の穴が出現し、鎖を飲み込んだ。出現した穴は五つ、直径は五十センチ。それらが盾のように展開し無数の鎖を全て虚無に沈める。
妖魔が苛立ちに顔を歪めて鎖を一度体に収納した。怒りに瞳を燃やすミソラと、邪魔をされて不機嫌な妖魔が睨みあう。
ここまでは拮抗しているが、相手の妖魔の方がきっと強い。ミソラはまだ中級の域を出ていないのだ。
「ミソラ!」
ここから高位妖魔へと変わるためのあと一歩を促すため、ポルクスはミソラの名前を呼んだ。頷いたミソラが肩越しに振り返ると、ポルクスの手に激痛が走る。ミソラが小さな穴を空けたのだ。傷口からぼたぼたと垂れる血も、側に空いた穴へと吸い込まれていった。
青年の体に穴を空け、血肉がミソラの糧となる。
大切な人間を傷つけその血肉をすする禁忌と、己の浅ましい衝動をよしとしない、彼女自身の美学を破り捨てることの罪深さよ。
それはミソラの妖魔としての力と、有り様を一段階押し上げる。
ポルクスの手に空いた穴は瞬時に埋められる。もしも妖魔との対話で危険が迫ったり、説得に失敗して力が必要になった時は、ポルクスの体に穴を空けること。これが二人の切り札だった。
「ポルクスが真実の名を呼ぼう。満空」
緑の瞳すら漆黒に変わり、生えていた耳と尻尾が消えた。形のいい唇を美しく吊り上げ、言葉を紡ぐ。
「虚無の海に沈みなさいな。身の程知らずのお馬鹿さん」
妖魔の足元にぽっかりと穴が空いた。三メートルはあろうかという大きな穴が妖魔を虚無へと誘う。
「馬鹿にしないで!」
妖魔から伸びた鎖が天井や無事な床に突き刺さり、穴へ落ちる妖魔の体を空中で支えた。
『ちょっとおっ! ちょっとおっ!』
チヅルの文句は鎖が鳴らす金属の音に掻き消される。鎖を使って妖魔が床へ降りた。
妖魔から無数に生えて襲いくる鎖と、それを飲み込む虚無の穴が次々と現れては消えてを繰り返す。鎖はぎゃりぎゃりと耳障りな音を立てて前後左右からうねって飛来し、空中へ現れた穴が飲み込んで消える。また違う方向からきた鎖が、新しく空いた虚無の穴へ吸い込まれ、横からすり抜けた鎖も小さな穴が砕く。
「馬鹿にもしますわ。なんですの、鎖を愚直に出すだけで芸がないですわね」
ふんと鼻を鳴らし、直接妖魔に穴を空けてやろうと漆黒の目を向けるが、妖力が弾かれて霧散してしまう。
「あんた、嫌い! みんなみんな、私を馬鹿にして!」
ならば飲み込んでやろうと足元や頭上などの空間に空けた穴は、鎖を叩きつけられて掻き消えた。どうやら上手く鎖を穴へ招き入れないと穴は簡単に壊されるようだ。
「みんなみんな? 馬鹿にしないでくれた人もいたではありませんの。気づかない貴女は本当の馬鹿ですわよ」
「うるさい! うるさい!」
冷たく突き放すように言い放ったこの言葉は、満空の慈悲でもあったのに、やはり妖魔は聞く耳を持たなかった。満空は溜め息とともに憐みを込めて、妖魔に拒絶の言葉を吐いた。
「そうですわね。理解しあえませんわ。私たちは」
穴を埋めてもらうことを求めた満空とは違う。この妖魔は。
鎖と穴は互いを喰い尽くしてやろうと、目まぐるしく現れては消え、砕かれては現れる。その最中、満空はゆっくりと妖魔を中心に円を描くように移動した。
「ああ、それにしても醜い鎖ですわね。錆びていて汚らしい。美しさの欠片もありませんもの」
大きくではない。気づかれない程度、わずかに一、二歩右へずれた程度だ。注意を引くため挑発的な態度で煽る。
「美しさなんていらないわ!」
「あら、ごめんなさい。教養のない方に美学など分かりませんわね。馬鹿で阿呆でうすのろの貴女にも、分かり易く言って差し上げましょうか?」
つんと顎を反らして美しい冷笑を浮かべ、自信に満ちた態度で高慢に妖魔を見下ろす。美で己を武装し言葉の毒で相手を殺しに行く。人であった頃の得意技だが、役に立つこともあるものだ。
「お・ま・ええぇぇえっ!」
激高した妖魔が一度に最大の数の鎖を満空へ向けて叩きつけた。
満空も最大の大きさの穴で鎖を迎える。視界を埋め尽くすほどの鎖と軋んだ音を立てる穴。
鎖が尽きるのが先か、穴が飲み込みきれなくなるのが先か。
決着はそのどちらでもなかった。
「……え?」
妖魔が唖然として、下を見た。信じられないものが自分の胸を刺し貫いている。そういえば頭が熱くなっていて、それを持っている人物へ一切注意を払っていなかった。
漆黒の剣を妖魔の胸に突き刺した金髪の青年の澄んだ瞳に、泣きそうな顔の自分が映っていた。
「苦しかったですね。努力しても報われない。褒めてくれない。馬鹿だと罵られる。逃げ場がなくて、寂しくて、辛くて、苦しい。それも全部終わりです。僕が引き受けますから」
妖魔の胸を貫くのは、漆黒の剣。満空が造りだした虚無の剣だった。
胸から虚無が全てを飲み込む。努力を認めてほしかった思い、やってもやっても成果の出ない苦しさ、ののしられた時の悲しさ、それらが虚無に吸い込まれていく。
「今までよく頑張りましたね」
一言が、妖魔の急所を完全に突いた。
涙に濡れた青の瞳に映る少女が笑う。
……ああ、これで終わるのだ。
無数の鎖も妖魔の姿も全て消え去り、真っ白な床に一つの『石』が転がった。
転がった『石』を拾い、ポルクスは制服の袖で涙を拭う。相手は人間ではないし、事前に腹は括っていたのに、刺し殺すという行為は生々しくポルクスに刻まれた。
コハクとハルが駆け寄ってくる。その怒った顔を見たら妙に嬉しくなってまた滲みかけた涙が引っ込んだ。
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