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依頼2ー無気力の蔓延る科学国家マギリウヌ国
キリングとシリア
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妖魔とポルクスたちが戦いを繰り広げている最中、キリングは蹲るシリアを四角い空間の隅に引っ張って連れて行った。あんな戦いに巻き込まれでもしたら洒落にならない。
立たせるために掴んだシリアの手首が記憶よりも細くて、キリングはやりきれなくなった。母親を刺してからのシリアがどんな扱いで、どんな気持ちで過ごしていたのかの答えに思えたのだ。
「悪い、シリア。来るのが遅れた」
いまいち状況が掴めないが、シリアは首を横に振る。シリアの手を引いた少年は切れ長の目を少し心配そうに弛めていた。とても懐かしくて、嬉しい気がする。
……誰だったか思い出せないけれど。
不思議そうにじっとキリングの顔を眺めているシリアに、キリングは嫌な予感を覚えた。妖魔は宿主の精神を喰うという。喰われてしまったらどうなるのだろう。
「シリア、俺だ。キリングだ。分かるか?」
「キリング?」
「そぅだ。キリングだ。お前の臨時の先生だ。一緒に勉強しただろ?」
じゃららららっと唸りを上げて、目標を外した鎖がこちらにも向かってくる。まずい、ぶつかる。キリングは慌ててシリアを引っ張って抱え込んだ。
『させるかっ』
横から滑り込んできた犬が、がぎんっと鎖を噛み千切る。もう一つ伸びてきた鎖を前足で踏み砕いた。ばらばらと鎖の破片が下に落ち、口元から覗く鋭い牙と、踏みつけられたら確実に無事では済まないような太い四肢を持つ犬が、キリングとシリアの前に陣取った。
時折流れてくる鎖は犬がなんとかしてくれるようだ。そう判断したキリングは、シリアの体を離してからその目を覗きこんだ。
シリアはぼんやりとキリングを見つめる。少し怖いような切れ長の目、ぐっと結んだ薄い唇。確か万年一位で自分とは真逆の人ではなかったか。なぜ、彼は今こうしてシリアを探るように見ているのだろうか。なぜ、自分は嬉しくてほっとしているんだろうか。
「臨時の先生?」
「そうだ! 俺は、お前が問題を解けない事が解らない、何が何でもお前が解らない事がなんなのか突き止めるっていっただろ」
「……何それ、意味わかんない」
そんなことを言われたことなどなかった。みんな問題が解けないシリアを馬鹿にする。お前はどうしようもないと見下す。こんな風に、シリアの解らない事を真剣に考えてくれる人なんて……いや、前にも言われた気がする。
「忘れたなら、もう一度言う。俺は解らない事をそのままにしておけない。納得できない事は嫌いだ。だから、ここから出てもう一回一緒に勉強するぞ! お前は俺の最初の生徒だからな!」
キリングはシリアを睨むように見据え、指を突き付けた。怒ったような仏頂面、そうだ、この顔に覚えがある。
前にもこんな風に言われた気がする。
思い出そうとする記憶は、ぽつぽつと所々が曖昧で不鮮明だ。けれど、覚えている部分と、キリングの言葉で少し鮮明になった部分がある。それらを繋げると、目の前の少年がどうしてここにいるのか、どうして嬉しく感じるのかが分かってきた。
そうだ、この人は……ただ一人、勉強が出来ないシリアを馬鹿にしないで、同じだと言ってくれた人だ。
最初は嫌な奴だと思った。「何でこんな問題が解けないんだ?」なんて、問題が解けない事を馬鹿にしているんだとしか思えなかった。でも違った。彼は唯一、真剣にシリアの『解らない事』に付き合ってくれた。ほんの少しだけれど、『解る』喜びを教えてくれた。
「キリング。助けに来てくれてありがとう」
シリアは微笑んでなんとか涙を引っ込めた。キリングは優しい人だ。シリアが泣けば、きっと心を痛める。
「でも、もういいの。キリングが来てくれただけで、もう十分」
本当にもう十分だ。何もかもが終わったと思っていた。このまま実験体として死ぬか、妖魔に喰われて死ぬかしかないと思っていたのに、キリングはこんなところまで来てくれた。
「は? 何言ってんだ?」
シリアの諦めたような物言いに、キリングは眉間にしわを寄せた。
「私はお母さんを殺したの。もう前みたいには戻れないよ」
「だからどうした。 お前の母親は殺されるような事をしたんだ!」
「でも、人を殺すことは悪いことだよ。それも母親を殺すなんて」
「世間一般的にはな。でも俺はそうは思わない」
キリングはきっぱりと言い切った。
「人を殺すのはいいことじゃないっていうのか? 殺されそうになったんだから正当防衛だろ」
「私、お母さんに殺されそうになってない」
「物理的にはされてない。でも、言葉と態度でお前を何度も殺してきたじゃないか!」
シリアとの勉強会で、親の話だってしていたから知っている。シリアの母親が彼女にかけてきた、さげすみや罵りの言葉の数々が、いかに本来の彼女を殺してきたのかを知っている。
「本当のお前は出来るやつだ。出来るまで努力出来る奴だ。それを駄目にしたのはお前の母親だ」
拳を握って吠えるように言う。腹が立っていた。こういう風にいろ、という親たち。
「親ってやつは、あいつらは……いつだってあいつらは、俺たちの為だって言いながら自分の理想を押し付ける。理想からはみ出したらキレてお前が悪いって俺たちに責任を擦り付けるんだ」
当たり前の風潮に、逆らいもしない同じ年代の奴ら。その中で生きてきた自分自身にも腹が立つ。
「そんな奴らの思い通りになってたまるか! 俺は嫌だ! だからあいつらの理想なんて蹴っ飛ばして言ってやる! お前は間違ってないってな!」
シリアはぽかんと目を見開いた。
「キリングの理屈っていつもよく分かんない」
「そうだな。これからゆっくり教えてやるから安心しろ」
キリングはわざと胸を反らし、尊大な態度をとってから片目を瞑り、にやりと笑った。そうして右手を差し出す。
「な? 俺は優秀な先生になると思うだろ?」
シリアは可笑しくて、くすくすと小さく肩を震わせる。
「めちゃくちゃな先生だよ。こんな先生見たことない。……きっと見たことないくらい最高の先生になるね」
笑いながらシリアも手を差し出した。予想よりも大きな手に少しどきっとする。
「よろしくね、キリング先生」
「おう。任しとけ」
いつしかシリアの笑い声にキリングの声も重なって、二人は声を上げて笑い合った。
立たせるために掴んだシリアの手首が記憶よりも細くて、キリングはやりきれなくなった。母親を刺してからのシリアがどんな扱いで、どんな気持ちで過ごしていたのかの答えに思えたのだ。
「悪い、シリア。来るのが遅れた」
いまいち状況が掴めないが、シリアは首を横に振る。シリアの手を引いた少年は切れ長の目を少し心配そうに弛めていた。とても懐かしくて、嬉しい気がする。
……誰だったか思い出せないけれど。
不思議そうにじっとキリングの顔を眺めているシリアに、キリングは嫌な予感を覚えた。妖魔は宿主の精神を喰うという。喰われてしまったらどうなるのだろう。
「シリア、俺だ。キリングだ。分かるか?」
「キリング?」
「そぅだ。キリングだ。お前の臨時の先生だ。一緒に勉強しただろ?」
じゃららららっと唸りを上げて、目標を外した鎖がこちらにも向かってくる。まずい、ぶつかる。キリングは慌ててシリアを引っ張って抱え込んだ。
『させるかっ』
横から滑り込んできた犬が、がぎんっと鎖を噛み千切る。もう一つ伸びてきた鎖を前足で踏み砕いた。ばらばらと鎖の破片が下に落ち、口元から覗く鋭い牙と、踏みつけられたら確実に無事では済まないような太い四肢を持つ犬が、キリングとシリアの前に陣取った。
時折流れてくる鎖は犬がなんとかしてくれるようだ。そう判断したキリングは、シリアの体を離してからその目を覗きこんだ。
シリアはぼんやりとキリングを見つめる。少し怖いような切れ長の目、ぐっと結んだ薄い唇。確か万年一位で自分とは真逆の人ではなかったか。なぜ、彼は今こうしてシリアを探るように見ているのだろうか。なぜ、自分は嬉しくてほっとしているんだろうか。
「臨時の先生?」
「そうだ! 俺は、お前が問題を解けない事が解らない、何が何でもお前が解らない事がなんなのか突き止めるっていっただろ」
「……何それ、意味わかんない」
そんなことを言われたことなどなかった。みんな問題が解けないシリアを馬鹿にする。お前はどうしようもないと見下す。こんな風に、シリアの解らない事を真剣に考えてくれる人なんて……いや、前にも言われた気がする。
「忘れたなら、もう一度言う。俺は解らない事をそのままにしておけない。納得できない事は嫌いだ。だから、ここから出てもう一回一緒に勉強するぞ! お前は俺の最初の生徒だからな!」
キリングはシリアを睨むように見据え、指を突き付けた。怒ったような仏頂面、そうだ、この顔に覚えがある。
前にもこんな風に言われた気がする。
思い出そうとする記憶は、ぽつぽつと所々が曖昧で不鮮明だ。けれど、覚えている部分と、キリングの言葉で少し鮮明になった部分がある。それらを繋げると、目の前の少年がどうしてここにいるのか、どうして嬉しく感じるのかが分かってきた。
そうだ、この人は……ただ一人、勉強が出来ないシリアを馬鹿にしないで、同じだと言ってくれた人だ。
最初は嫌な奴だと思った。「何でこんな問題が解けないんだ?」なんて、問題が解けない事を馬鹿にしているんだとしか思えなかった。でも違った。彼は唯一、真剣にシリアの『解らない事』に付き合ってくれた。ほんの少しだけれど、『解る』喜びを教えてくれた。
「キリング。助けに来てくれてありがとう」
シリアは微笑んでなんとか涙を引っ込めた。キリングは優しい人だ。シリアが泣けば、きっと心を痛める。
「でも、もういいの。キリングが来てくれただけで、もう十分」
本当にもう十分だ。何もかもが終わったと思っていた。このまま実験体として死ぬか、妖魔に喰われて死ぬかしかないと思っていたのに、キリングはこんなところまで来てくれた。
「は? 何言ってんだ?」
シリアの諦めたような物言いに、キリングは眉間にしわを寄せた。
「私はお母さんを殺したの。もう前みたいには戻れないよ」
「だからどうした。 お前の母親は殺されるような事をしたんだ!」
「でも、人を殺すことは悪いことだよ。それも母親を殺すなんて」
「世間一般的にはな。でも俺はそうは思わない」
キリングはきっぱりと言い切った。
「人を殺すのはいいことじゃないっていうのか? 殺されそうになったんだから正当防衛だろ」
「私、お母さんに殺されそうになってない」
「物理的にはされてない。でも、言葉と態度でお前を何度も殺してきたじゃないか!」
シリアとの勉強会で、親の話だってしていたから知っている。シリアの母親が彼女にかけてきた、さげすみや罵りの言葉の数々が、いかに本来の彼女を殺してきたのかを知っている。
「本当のお前は出来るやつだ。出来るまで努力出来る奴だ。それを駄目にしたのはお前の母親だ」
拳を握って吠えるように言う。腹が立っていた。こういう風にいろ、という親たち。
「親ってやつは、あいつらは……いつだってあいつらは、俺たちの為だって言いながら自分の理想を押し付ける。理想からはみ出したらキレてお前が悪いって俺たちに責任を擦り付けるんだ」
当たり前の風潮に、逆らいもしない同じ年代の奴ら。その中で生きてきた自分自身にも腹が立つ。
「そんな奴らの思い通りになってたまるか! 俺は嫌だ! だからあいつらの理想なんて蹴っ飛ばして言ってやる! お前は間違ってないってな!」
シリアはぽかんと目を見開いた。
「キリングの理屈っていつもよく分かんない」
「そうだな。これからゆっくり教えてやるから安心しろ」
キリングはわざと胸を反らし、尊大な態度をとってから片目を瞑り、にやりと笑った。そうして右手を差し出す。
「な? 俺は優秀な先生になると思うだろ?」
シリアは可笑しくて、くすくすと小さく肩を震わせる。
「めちゃくちゃな先生だよ。こんな先生見たことない。……きっと見たことないくらい最高の先生になるね」
笑いながらシリアも手を差し出した。予想よりも大きな手に少しどきっとする。
「よろしくね、キリング先生」
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