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依頼2ー無気力の蔓延る科学国家マギリウヌ国
醜悪なる毒花
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翌日、報道は過熱し、ボロスは国を戦争に持っていき破滅させる悪魔だと罵られていた。国民はボロスに全ての罪を負わせ、ボロスを叩くことで元へ戻そうとしている。
これでいい。ボロスの行為は国に爪痕を残すだろう。やり遂げたボロスは世論に政治の世界を引きずり下ろされる。
もっと悪意を向けろ、私の罪を認識するといい。
国民全ての認識が、国という巨大な生き物の罪をボロスへ背負わせる。
ボロスの中で何かが喝采を上げ、恍惚の中、その何かが爆発的に膨らんでいく。高位妖魔が産声を上げたのだ。
ちかりと、青い光が意識の奥底で瞬いた。
愛しいマギリウヌ国よ。緩慢で醜い滅びを迎えるくらいなら、この手で息の根を止めてやろう。
この国を良くしようとボロスは人生の全てを捧げた。今また、ボロスは己の全てを捧げてマギリウヌ国を滅ぼす。そうして焼け野原から小さく芽吹き、また花を咲かせて実を結び、若々しいマギリウヌ国が誕生するだろう。その美しい姿をボロスが見る事は叶わないが、一向に構わなかった。
映像機器に映るリーザス補佐官の顔が、ぶつりと赤黒く塗り潰されたように分からなくなる。
『ボロス国家元首……辞任……後任は……』
耳にはいる声にノイズが混じり、聞き取れなくなっていく。そもそもこの声は誰であったかさえ定かではない。
執務室の壁が、調度品が、赤黒い虫食いで削られていった。視界は暗く、音は遠い。足から伝わる踏みしめた床の感覚も曖昧だ。今、自分は立っているのか、座っていたのだろうか。嗅ぎ慣れた書類の臭いも、窓から射し込むドームを通した陽光も、常に一定に保たれた室温も、何もかもが霞み何かに飲み込まれる。
……やがてボロスの全てが消えた。
初夏だというのに弱い朝の光の中、トラメは苦い思いで窓の外を眺めていた。北の豪雪地帯であるマギリウヌ国は曇天が多い。
『滅びを迎える』
この言葉に隠されたボロスの真意は、己が高位妖魔となって自国に滅びを迎えさせるというものであった。ボロスの暗い意志と共に割り込んだ青い光。あれには覚えがある。
首脳会談のあの場ではまだボロスの中に妖魔は生まれていなかった。また、トラメの能力を開示するわけにもいかない。必然的に、あの場でボロスを止めることは出来なかった。
トラメの背後でつけっぱなしの映像機器の人々がボロスを糾弾している。人が、国民がボロスの罪を認識した。今頃さぞかし強力な妖魔が生まれている事だろう。
妖魔狩り『珠玉』を動かしてボロスを討つならば、妖魔が生まれてからでなくてはならない。首脳会談の様子が流れれば、ボロスの罪が認識されることは予想できた。だからトラメはリーザス補佐官に事態を伝え、対策を立てるよう進言したのだが突っぱねられた。
ナナガ国が対妖魔銃の技術と開発に関わった科学者の派遣を要求していることは、すでに大々的に報じられている。ボロスの発言はあながち間違いではなく、リーザスのボロスへの信頼は盲目的だった。
更にボロスは通信機器の盗聴で『デンキ』の動向を把握していた為、リーザスはトラメへ不信感を抱いていたのだ。
最初の報道で国民に三国のなくてはならない関係を印象づけ、次に技術流出の報道で不安を煽り、首脳会談で戦争という爆弾を投下した。その手腕には舌を巻く。
優秀で偉大なる指導者が失われたことをトラメは惜しみ、以前から警戒していた存在への危機感を今一度募らせた。
ボロスという存在を喰い尽くし、新たな存在が立っていた。執務室のドアがノックされ、入れと応じる。
執務室のドアを開けて入ってきたのは、小太りの男だ。
「万事滞りなく済みました。ボロス前国家元首、貴方は今やただのマギリウヌ国民の一人です。どうぞ穏やかな余生を」
特に意識せずとも鋭く突き刺さる彼の眼光を向けられても、男は顔色一つ変えなかった。いつも大量の冷や汗を掻いていたというのに。
「白々しい演技は終わりにしたらどうだ」
茶番に付き合うなど合理的ではない。
「おや、お気に召しませんでしたか」
リーザスの目が青い鬼火を灯し、全身を包んでいく。鬼火が消えると、そこには青い髪と瞳の美しい青年が佇んでいた。
「無事に誕生したことを喜んでおきましょう。仮名は?」
「ジュウゾウだ。本物のリーザスはどうした」
「リーザス補佐官、いえ臨時国家元首は重責に耐えかね、自殺いたしました。貴方の誕生祝いとしては、まあまあでしょう?」
「ほう」
穏やかに弧を描く青い目には、愉悦と傲慢の光が灯っていた。この目は好ましい。ジュウゾウの下にいる気など全くない、利用し糧として己が上に行く為の土台にしてやろうとする目だ。
それでいい。こういう輩を捩じ伏せて上に立つことこそ、面白い。
「中々気の利いた祝いだ」
ジュウゾウは手を頭にやり、帽子を被る仕草をする。本当に表れた帽子を被り、首に巻く仕草でマフラーが現れ、同じ様に出した杖をつきゆっくりと歩きだした。シキの隣に並ぶ。
この妖魔の小細工で少しずつボロスの情熱が歪み、ジュウゾウが生まれることとなった。他人のシナリオ通りに進むのは気に入らないが、今は甘んじて受け入れるとしよう。
リーザスの死はマギリウヌ国を更なる混乱に陥らせるだろう。粋な贈賄に免じて今は従っておいてやる。
「さて、行こうか」
二人の姿が消えた執務室に残るのは、押し潰されたようにひしゃげた死体。ボロス前国家元首の変わり果てた姿であった。
見るもののいない執務室でニュースは流れる。新たなニュースがマギリウヌ国を揺らすのは、数時間後のことであった。
これでいい。ボロスの行為は国に爪痕を残すだろう。やり遂げたボロスは世論に政治の世界を引きずり下ろされる。
もっと悪意を向けろ、私の罪を認識するといい。
国民全ての認識が、国という巨大な生き物の罪をボロスへ背負わせる。
ボロスの中で何かが喝采を上げ、恍惚の中、その何かが爆発的に膨らんでいく。高位妖魔が産声を上げたのだ。
ちかりと、青い光が意識の奥底で瞬いた。
愛しいマギリウヌ国よ。緩慢で醜い滅びを迎えるくらいなら、この手で息の根を止めてやろう。
この国を良くしようとボロスは人生の全てを捧げた。今また、ボロスは己の全てを捧げてマギリウヌ国を滅ぼす。そうして焼け野原から小さく芽吹き、また花を咲かせて実を結び、若々しいマギリウヌ国が誕生するだろう。その美しい姿をボロスが見る事は叶わないが、一向に構わなかった。
映像機器に映るリーザス補佐官の顔が、ぶつりと赤黒く塗り潰されたように分からなくなる。
『ボロス国家元首……辞任……後任は……』
耳にはいる声にノイズが混じり、聞き取れなくなっていく。そもそもこの声は誰であったかさえ定かではない。
執務室の壁が、調度品が、赤黒い虫食いで削られていった。視界は暗く、音は遠い。足から伝わる踏みしめた床の感覚も曖昧だ。今、自分は立っているのか、座っていたのだろうか。嗅ぎ慣れた書類の臭いも、窓から射し込むドームを通した陽光も、常に一定に保たれた室温も、何もかもが霞み何かに飲み込まれる。
……やがてボロスの全てが消えた。
初夏だというのに弱い朝の光の中、トラメは苦い思いで窓の外を眺めていた。北の豪雪地帯であるマギリウヌ国は曇天が多い。
『滅びを迎える』
この言葉に隠されたボロスの真意は、己が高位妖魔となって自国に滅びを迎えさせるというものであった。ボロスの暗い意志と共に割り込んだ青い光。あれには覚えがある。
首脳会談のあの場ではまだボロスの中に妖魔は生まれていなかった。また、トラメの能力を開示するわけにもいかない。必然的に、あの場でボロスを止めることは出来なかった。
トラメの背後でつけっぱなしの映像機器の人々がボロスを糾弾している。人が、国民がボロスの罪を認識した。今頃さぞかし強力な妖魔が生まれている事だろう。
妖魔狩り『珠玉』を動かしてボロスを討つならば、妖魔が生まれてからでなくてはならない。首脳会談の様子が流れれば、ボロスの罪が認識されることは予想できた。だからトラメはリーザス補佐官に事態を伝え、対策を立てるよう進言したのだが突っぱねられた。
ナナガ国が対妖魔銃の技術と開発に関わった科学者の派遣を要求していることは、すでに大々的に報じられている。ボロスの発言はあながち間違いではなく、リーザスのボロスへの信頼は盲目的だった。
更にボロスは通信機器の盗聴で『デンキ』の動向を把握していた為、リーザスはトラメへ不信感を抱いていたのだ。
最初の報道で国民に三国のなくてはならない関係を印象づけ、次に技術流出の報道で不安を煽り、首脳会談で戦争という爆弾を投下した。その手腕には舌を巻く。
優秀で偉大なる指導者が失われたことをトラメは惜しみ、以前から警戒していた存在への危機感を今一度募らせた。
ボロスという存在を喰い尽くし、新たな存在が立っていた。執務室のドアがノックされ、入れと応じる。
執務室のドアを開けて入ってきたのは、小太りの男だ。
「万事滞りなく済みました。ボロス前国家元首、貴方は今やただのマギリウヌ国民の一人です。どうぞ穏やかな余生を」
特に意識せずとも鋭く突き刺さる彼の眼光を向けられても、男は顔色一つ変えなかった。いつも大量の冷や汗を掻いていたというのに。
「白々しい演技は終わりにしたらどうだ」
茶番に付き合うなど合理的ではない。
「おや、お気に召しませんでしたか」
リーザスの目が青い鬼火を灯し、全身を包んでいく。鬼火が消えると、そこには青い髪と瞳の美しい青年が佇んでいた。
「無事に誕生したことを喜んでおきましょう。仮名は?」
「ジュウゾウだ。本物のリーザスはどうした」
「リーザス補佐官、いえ臨時国家元首は重責に耐えかね、自殺いたしました。貴方の誕生祝いとしては、まあまあでしょう?」
「ほう」
穏やかに弧を描く青い目には、愉悦と傲慢の光が灯っていた。この目は好ましい。ジュウゾウの下にいる気など全くない、利用し糧として己が上に行く為の土台にしてやろうとする目だ。
それでいい。こういう輩を捩じ伏せて上に立つことこそ、面白い。
「中々気の利いた祝いだ」
ジュウゾウは手を頭にやり、帽子を被る仕草をする。本当に表れた帽子を被り、首に巻く仕草でマフラーが現れ、同じ様に出した杖をつきゆっくりと歩きだした。シキの隣に並ぶ。
この妖魔の小細工で少しずつボロスの情熱が歪み、ジュウゾウが生まれることとなった。他人のシナリオ通りに進むのは気に入らないが、今は甘んじて受け入れるとしよう。
リーザスの死はマギリウヌ国を更なる混乱に陥らせるだろう。粋な贈賄に免じて今は従っておいてやる。
「さて、行こうか」
二人の姿が消えた執務室に残るのは、押し潰されたようにひしゃげた死体。ボロス前国家元首の変わり果てた姿であった。
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