琥珀の夢は甘く香る ~アンバーの魔女と瞳に眠る妖魔の物語~

遥彼方

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依頼2ー無気力の蔓延る科学国家マギリウヌ国

先生と生徒の未来

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 駅のホームで背の低い好好爺と品のよい壮年の男、緊張した面持ちで立つ金髪の青年、少年と少女が幾人かの白い軍服に囲まれている。ナナガ国の使節団一行とその護衛だ。

 キリングは『科学者』としてナナガ国へ派遣され、シリアはその助手として同行することとなったのだ。



 首脳会談の混乱のすぐ後、無断で研究所に潜りこんだ事でボロスとリーザスの待つ執務室に、キリングとシリアの二人は呼び出された。

 孫とはいえ、キリングはボロスと顔を合わせたのは覚えている限り僅か二度ほど。ボロスは大半を官邸で過ごし、家族の前に姿を見せることは稀だったし、会っても温度のない水色の瞳で睥睨するのみだった。

 今も向けられている氷点下の眼差しを、キリングは負けるものかと見返した。

「『デンキ』の力を借りて研究室に忍び込んだそうだな。いつの間に他国のスパイになった」
「そんなものになったつもりはありません。俺は級友を助けたかっただけです」
「情で随分とだいそれたことをしたものだな」
 下らないとばかりにふっとボロスは鼻で笑い飛ばした。

「まあいい。お前がスパイであろうとなかろうとお前の手助けをミズホ国の『デンキ』がした。リーザス、この意味が分かるな?」
 おろおろとキリングとボロスへ目線を走らせていたリーザス補佐官が、はっとした表情になる。

「まさか、ミズホ国はこのスキャンダルを使ってボロス国家元首を陥れようとしている?」

 ずっと思考停止しているこの補佐官はボロスの言葉を簡単に鵜呑みにする。しかも勝手にボロスの都合のいいように解釈する程、優秀なのだ。補佐官としては。

 キリングは眉間にしわを寄せて、そうではないと口を開きかけたが、そこにボロスが言葉をかぶせてくる。
「キリング、私はいかな身内とて容赦しない。が、ナナガ国の男とアウリム科学技術長官との約定を無下にすることもできん。かといって科学者の流出は我が国にとって痛手となろう」

 長きに渡って国を治めてきた指導者の威圧を受けて、キリングはぐっと拳を握った。キリングもまた、誘導されている。分かっていても乗るしかなかった。圧倒的に経験が違いすぎるのだ。

「俺が『科学者』としてナナガ国へ行きます。本物の科学者を派遣するよりはマギリウヌ国にとってダメージは少ない筈だ」
 一介の学生を『科学者』と主張して、無理やりに約定を果たす。普通ならば通るものではないが。

「ナナガ国を納得させられるのか」
「してみせます。見たところ約定を結んだナナガ国の男は情に弱い。ガキが泣いて頼めば落とせます。あくまで個人の約定にラナイガ議会長は口を挟めないでしょう」
「よかろう」

 キリングが提示した満足のいく答えに、ボロスは見る者を怯えさせる笑みを浮かべた。これからマギリウヌを滅びに導くボロスにとって、科学者云々はどうでもよかったのだが、ラナイガへの最後の小さな嫌がらせだ。念願の技術を手に入れられず、歯噛みするといい。

 その後シリアを助手として連れて行きたいとのキリングの申し入れを、瑣末な事などどうでもよいボロスは一も二もなく聞き入れた。
 そんな事よりも報道がどうなったのか確認せねばならない。この後ボロスは妖魔に喰われるのだから。

 こうしてキリングは『科学者』として、助手のシリアを連れてナナガ国へ無期限にて派遣される運びとなったのだ。



 首都からの鉄道は三つの路線に分かれている。南西、南、南東の三つだ。ナナガ国は南、ミズホ国へは南東に乗る。

 シンプルな箱形の乗り物が先にナナガ国の面々を迎え入れた。形だけを整えたマギリウヌ国の人間と、ミズホ国の異様な一行に見送られて進み始める。

 住み慣れた景色が流れていく様を、窓枠へ頬杖をついたキリングと向かいに座ったシリアが眺める。

「ねえ、キリング」
「何だ?」
「私、出来の悪い生徒だけど、いつか卒業するから」

 あの研究所から助け出してくれたのも、母親を殺してしまったシリアが生きづらいマギリウヌ国から、ナナガ国で再出発が出来るようにしてくれたのも、全部キリングだ。

「何もかもしてもらって、私自分の足で歩けてない。今はそうするしかないけど、いつかキリングから卒業して自分の足で立つから」

 キリングの切れ長の瞳が驚いたように僅かに開く。分かりにくい表情の動きだけど、慣れると実は結構彼の感情は豊かだ。それがなんだか可笑しくて、シリアはくすくすと笑って手を差し出した。

「卒業できたら、あらためて宜しくね」
「……おう。卒業できるよう、しっかり教えてやるよ」

 にやりと笑ってキリングはシリアの手をがっちりと握る。先生と生徒という二人の関係は、今しばらく続きそうだった。


 少し遅れて到着した電車へミズホ国一行も乗り込み、数時間かけて国境の町まで戻る。

 手続きを済ませマギリウヌ国を出たコハクは、白い息を吐きながら今一度振り返った。
 透明なドームに囲まれた箱庭のような国。この国が傾くのは止められないだろう。

 曇天からはらはらと白い六花が舞い降りる。ドームへ落ちた白い花弁は瞬く間に溶かされて消えてゆく。

 極寒の国マギリウヌは今日も外界を拒み、変わらぬ姿で静かに存在していた。


―依頼2、了―
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