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第一章:リスタート

自分が思い通りにならなくて困る

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「ほらやっぱり。まだ熱があるじゃないですか」

「ち、ちちち、違う! これはそうじゃなくて。ほ、ほら。冷たいでしょう? 熱なんてないわ」

 こんな小さなことで赤くなるなんて。
 慌てたイザベラは、セスの手をとって額に当てた。熱が下がってひんやりとしていた額に、セスの大きくて温かい手が当たる。

 あ、とイザベラは思う。

 額に当たるセスの手。予想よりも大きくて骨ばっていて。男の手だ。

 どうしよう。セスの手が熱く感じる。額の手の感触に神経が集中してしまう。

「確かに、額は冷たいですが……お顔がどんどん赤くなってますよ」

 セスの眉根が寄った。熱を確認するためだろう。セスが額から手を離し、首筋に持ってこようとする。

 待って。額でこんなにうろたえているのに、首筋になんて無理だ。顔から火でも出そう。涙まで滲んでくる。

 イザベラはセスの手を必死に押し返し、叫んだ。

「い、いいから早く侍女を呼んできて!」
「はいっ?」

 涙目で睨むと、怯んだのか裏返った声で返事をする。セスの青い瞳がうろうろと揺れ、熱いものにでも触ったような勢いで手を引っ込めた。

「行ってまいります」

 心なしか頬を染め、くるりと背中を向けると足早に出て行った。

「何なの、私」

 セスが出ていくと、イザベラはへなへなとベッドに倒れ伏す。

 麗子であった頃も、イザベラであった頃も、男性経験は豊富だ。そもそも死ぬ前にキスだってしたではないか。
 なのに今さら、たかが笑いかけられて額に手を当てたくらいでこんなになるなんて、生娘じゃあるまいし。
 そこまで思ってからイザベラは、はっと顔だけ上げた。

「あ、そういえば今の私には経験ない……ええっ、そのせい?」

 12歳のイザベラは流石に男性経験がない。これが俗にいう、肉体の年齢に比例して勝手に反応してしまう、精神は肉体に引きずられるというやつなのだろうか。

「嘘でしょぉ」

 小さくうめいてイザベラは頭を抱えた。

 もしかしてこれからずっとこうなの?
 困る。

 ベッドの上で一人じたばたしていると、控えめなノックの音が響く。

「お待たせいたしましたですっ、イザベラお嬢様。侍女のエミリーです」

 これまた小さくて遠慮がちな少女の声がかけられたのだが、敬語がおかしい。

「入りなさい」

 ぎこちなく扉が開くと、湯の入った桶とタオルなどが入ったバスケットを持って、そろそろと侍女のエミリーとやらが入ってきた。

 年齢はイザベラより4、5歳ほど上だろうか。亜麻色の髪に青い瞳。鼻の頭には軽くそばかすが浮いている。

「はいぃっ、失礼しますです」

 ぎゅっと唇を結び、緊張した面持ちで小走りにイザベラの側にやってくる。それはいいのだが、歩き方に違和感がある。なんというか、膝がまったく曲がっておらず、ロボットのようにぎくしゃくとした歩き方だ。
 彼女はイザベラの前まで来ると、不自然にかくっと急停止した。すると当然。

 ぴちゃん。桶の中の湯が跳ねた。
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