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第一章:リスタート

マリエッタにノイズ?

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「マリエッタ、皆さん。平民だからと見下すことは、貴女たちの魅力を下げてしまうだけなのよ?」

 こんな風に人を見下す人間を、誰が魅力的だと思うだろう。逆に醜いと感じるのではないだろうか。そうして彼女たちが『平民』を蔑み、貶めれば貶めるだけ、反対に飾らず自然体で接する平民のアメリアが輝く。

 そんなことも分からないの? と、マリエッタたちに問いかけたくなるけれど、分からないのだ。

 他人から見える自分の姿は、自分では見られない。第三者となって初めて見える。

 彼女たちの姿は、かつての自分だ。

 他人を落とすことで上がろうとする。他人の粗を見つけることで自分はもっと優れているのだと思おうとする。そうやって自分を守っている。
 意地っ張りで、間違ったプライドばかりが高くて、可哀想な、かつての自分。

「魅力を下げる?」

 マリエッタの眉と目元がひくついた。彼女の瞳の底に、怒りの炎が鈍く点る。

「ではイザベラ様は、私たちが『平民』よりも下であると。劣っていると。そうおっしゃるんですね」

 殺しきれなかったらしき感情がマリエッタの声を微かに震わせた。奥でくすぶる焔が、彼女の瞳でほの暗く踊った。

 プライドにすがっている者は、プライドを傷つけられることを何よりも嫌う。イザベラは王家の血を引く公爵令嬢だから我慢しているけれど、そうでなかったら怒鳴り散らしていることだろう。

「それは違うわ」

 イザベラはゆっくりと首を横に振った。

 間違った価値観で凝り固まった人間に、綺麗ごとなんて響かない。考え方なんて簡単には変わらない。自分は今、余計なことを言っている。きっと耳に痛いだけで、届かないだろう。

 けれど。

「平民だとか貴族だとか関係ないのよ。家柄なんてものに価値なんてないの。そんなものにすがっていても醜いだけ。他人を落とすとね。落とした他人よりももっと、自分が落ちてしまうのよ」

 平民《アメリア》より劣っているのではない。家柄なんてものは簡単にひっくり返る。
 公爵令嬢のイザベラが平民《アメリア》を陥れて、王子の怒りで奴隷に落ちたように。

 地獄というのは他人に落とされるところではなく、自分から落ちるところなのだ。

「どうして私が平民より落ちるのです。どうして……そんな目で私を見るのです。イザベラ様は私より平民の肩を持たれますのね。私を馬鹿にしていらっしゃるの? ……そういうことで……ザ……すのね……ザ」

 マリエッタが顔をうつむかせた。彼女の顔に影が落ちる。

 ゾクッ。イザベラの背中に悪寒が走った。

 マリエッタの語尾に、何かが混じった。
 あれは、ノイズ……?
 マリエッタの顔に出来ている影が妙に黒いのは気のせいだろうか。

 確かめようと、イザベラはマリエッタの顔を覗き込もうとした。しかしイザベラの視線を避けるようにマリエッタがぷいっと顔を背ける。

「失礼いたします」

 今度のマリエッタの言葉にはノイズが混じっていなかった。
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