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第一章:リスタート

こっそり観察(エミリー視点)

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 こんなことなら、待ち合わせの時間と場所を決めておけばよかった。
 自分はいつもこうだ。
 何の考えないで動いて、後からああすればよかった、こうすればよかったと思ってしまう。

 泣きそうな気分になってきたその時。
 手を繋いで、仲良く歩く二人を発見した。

 先ほどまでの後悔も情けなさも全部忘れて、エミリーはふふんと得意になった。

 終わり良ければ総て良し。
 途中の失敗などどうでもいいのだ。

「おっといけない、いけない」

 エミリーは慌てて手近な路地に飛び込むと、そうっと頭だけ出して二人の様子を伺った。

 二人を見つけられたのだから、いつでも合流できる。声をかけるのはもう少しだけ待ってみよう。

 そうこうしているうちに、二人が足を止めた。向かい合って何かを話している。なんだかいい雰囲気だ。ここに割って入るなんて、勿体ない。

 じっとセスを見つめるイザベラの、その手がセスの頬に伸びる。オレンジの夕陽に照らされて、見つめ合うお人形のように愛らしい二人。なんて絵になるんだろう。

「イザベラ……お嬢様?」

 頬に手を当てられて戸惑った様子のセスが、上ずった声でイザベラを呼ぶ。形のいいくっきりとした大きな瞳を潤ませ、セスを見つめるイザベラは無言だけれど、桜色の唇が半開きでドキッとするほど色っぽかった。

「これはまさか、まさかっ」

 キスしてしまうのか。エミリーは大興奮だ。しかし抑えないといけない。いい所で邪魔をしてしまうのは駄目だ。絶対に。

 そうです、お嬢様。そのままいっちゃえ……!

 グイ。
 固唾を飲んで見守るエミリーの肩が急に後ろに引かれた。

「!?」

 エミリーは驚いて飛び上がった。振り向いた先にいたのは、マリエッタと令嬢たち。

 冷たい目をしたマリエッタがくい、と顎をひくと、何も言わずにくるりと背を向けた。

 ついてこい、ということだろう。
 エミリーは唾を飲み込んだ。けれど粘ついていて、あまり飲み込めなかった。

 あの二人に知られては駄目。心配をかけてはいけない。

 あんなにウキウキしていた気持ちが一気にしぼんでしまったが、足はせかせかとマリエッタの後を追う。
 後ろで何やら声がした気がしたが、振り返らなかった。

 黒カビの生えた壁に囲まれた狭い路地から、また違う路地に入ると、正面に倉庫のような建物が口を開いていた。
 あまり大きくはなく、壁もところどころ朽ちていて、ヒビがあったり欠けていたりする。中も暗くがらんどうで、どうやら使われていないようだ。

 マリエッタがきょろきょろと辺りを見渡す。路地にも倉庫にも人影はない。

「丁度いいわ」

 開け放たれたままの扉をマリエッタたちがくぐった。汚い倉庫にマリエッタたちの色鮮やかなドレスが浮いている。

 はあ、また嫌味を言われたり小突かれたりするのか。
 まあ、どうせいつものこと。
 少しの間、我慢すればいいだけ。

 ため息を飲み込み、エミリーも同じようにくぐった。

「ひゃあっ」

 途端に足を引っかけられ、エミリーは床にすっころぶ。
 ずざざーっと両手を前に突き出した状態で床を掃除した。
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