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第一章:リスタート
マリエッタが怖い(エミリー視点)
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「嫌だ、汚い」
「まるで雑巾だわ」
「お似合いね」
クスクスと笑うマリエッタたちだったが、続くエミリーの行動に笑いが引っ込んだ。
「ぺっぺっ! 口の中に入ったですますぅ」
長く放置してあったのか、床には埃や砂が降り積もっていた。
エミリーは派手なスライディングで口の中に入った埃や砂を唾と一緒に吐き出し、スカートやベストを叩く。
舞い上がった埃は当然、目の前にいたマリエッタたちをも襲った。
「きゃっ、ゲホゲホ」
「痛ぁっ、目に入りましたわっ」
「ちょっとっ、こっちに向けて唾を吐くんじゃありませんわ!」
マリエッタと令嬢たちの目と眉が吊り上がった。
エミリーの顔からさーっと血の気が引く。
まずい、またやってしまった。
「ももも、申し訳ありません! 叩いて差し上げますですぅ」
あわあわとエミリーは一番近くにいた令嬢に駆け寄った。自分のせいで埃がついてしまったドレスに手を伸ばす。
「きゃーっ、その汚い手でドレスに触らないで」
悲鳴を上げて、令嬢がマリエッタの後ろに回った。
「ああっ、そうでございましたです。手が汚いんでしたですぅ」
エミリーは自分の手を見てみた。床にこびりついていた黒と、埃の灰色が混ざった色になっている。我ながら汚い。
少しでも汚れを取れないか。必死にパンパンと手を叩いていると、綺麗なドレスが視界に入った。
「平民のくせに、舐めているの?」
低い声音に、自分の手ばかり見ていたエミリーは、慌てて顔を上げる。
そこには、今まで見たこともない表情のマリエッタがいた。
両腕を組み、顎を上げてこちらを見下ろすマリエッタ。それ自体は見慣れたものだ。けれど、何かが違った。
窓から差し込む西日に照らされたマリエッタの青い目には、赤い光とちろちろと黒い炎がくすぶっている。
口元はピクリとも笑っていない。
美しく香油で整えられ、一筋の乱れもなく撫でつけられた長い前髪が影を作っていて、その影の中で黒の炎が鈍く揺らめいていた。
怖い。
背筋がゾクッと冷えて、エミリーは体を震わせた。
昼休憩の度にマリエッタからぐちぐちと嫌味を言われたり、つねられたり、転がされたりはしてきた。
その時マリエッタが浮かべているのは、きまってこちらを見下すような冷たい目と、優越感に歪んだ口元、馬鹿にした笑い声。
今のような表情ははじめてだ。
バシッ。
何の前触れもなく、平手が飛んできた。エミリーはまた、床に転がった。
「平民の癖に、イザベラ様に取り入って。何を吹き込んだの? 私の悪口かしら」
バンッ。床に手をつき、半身を起こしていたエミリーの頬を平手が襲った。
エミリーはまた床に逆戻る。
コツン。
痛みと恐怖で床に伏せたままでいると、ヒールの音が鳴った。
恐る恐る目だけで見上げると、無表情のマリエッタが立っていた。
「ま、マリエッタ様。ちょっとやりすぎですわ」
「そうです。顔を腫らしてしまったら、イザベラ様にバレてしまいます」
令嬢たちがオロオロと、マリエッタをたしなめ始めた。
「バレても構いませんわ。なぁに? 怖いのでしたらお帰りになって。あなたたちは何も見なかった、やらなかった。それでいいのですから」
うっそりとした微笑みに、令嬢たちが青ざめた。
「失礼しますわ」
バタバタと外へ出ていってしまうと、暗さを増す古びた倉庫に、エミリーとマリエッタの二人きりになった。
「まるで雑巾だわ」
「お似合いね」
クスクスと笑うマリエッタたちだったが、続くエミリーの行動に笑いが引っ込んだ。
「ぺっぺっ! 口の中に入ったですますぅ」
長く放置してあったのか、床には埃や砂が降り積もっていた。
エミリーは派手なスライディングで口の中に入った埃や砂を唾と一緒に吐き出し、スカートやベストを叩く。
舞い上がった埃は当然、目の前にいたマリエッタたちをも襲った。
「きゃっ、ゲホゲホ」
「痛ぁっ、目に入りましたわっ」
「ちょっとっ、こっちに向けて唾を吐くんじゃありませんわ!」
マリエッタと令嬢たちの目と眉が吊り上がった。
エミリーの顔からさーっと血の気が引く。
まずい、またやってしまった。
「ももも、申し訳ありません! 叩いて差し上げますですぅ」
あわあわとエミリーは一番近くにいた令嬢に駆け寄った。自分のせいで埃がついてしまったドレスに手を伸ばす。
「きゃーっ、その汚い手でドレスに触らないで」
悲鳴を上げて、令嬢がマリエッタの後ろに回った。
「ああっ、そうでございましたです。手が汚いんでしたですぅ」
エミリーは自分の手を見てみた。床にこびりついていた黒と、埃の灰色が混ざった色になっている。我ながら汚い。
少しでも汚れを取れないか。必死にパンパンと手を叩いていると、綺麗なドレスが視界に入った。
「平民のくせに、舐めているの?」
低い声音に、自分の手ばかり見ていたエミリーは、慌てて顔を上げる。
そこには、今まで見たこともない表情のマリエッタがいた。
両腕を組み、顎を上げてこちらを見下ろすマリエッタ。それ自体は見慣れたものだ。けれど、何かが違った。
窓から差し込む西日に照らされたマリエッタの青い目には、赤い光とちろちろと黒い炎がくすぶっている。
口元はピクリとも笑っていない。
美しく香油で整えられ、一筋の乱れもなく撫でつけられた長い前髪が影を作っていて、その影の中で黒の炎が鈍く揺らめいていた。
怖い。
背筋がゾクッと冷えて、エミリーは体を震わせた。
昼休憩の度にマリエッタからぐちぐちと嫌味を言われたり、つねられたり、転がされたりはしてきた。
その時マリエッタが浮かべているのは、きまってこちらを見下すような冷たい目と、優越感に歪んだ口元、馬鹿にした笑い声。
今のような表情ははじめてだ。
バシッ。
何の前触れもなく、平手が飛んできた。エミリーはまた、床に転がった。
「平民の癖に、イザベラ様に取り入って。何を吹き込んだの? 私の悪口かしら」
バンッ。床に手をつき、半身を起こしていたエミリーの頬を平手が襲った。
エミリーはまた床に逆戻る。
コツン。
痛みと恐怖で床に伏せたままでいると、ヒールの音が鳴った。
恐る恐る目だけで見上げると、無表情のマリエッタが立っていた。
「ま、マリエッタ様。ちょっとやりすぎですわ」
「そうです。顔を腫らしてしまったら、イザベラ様にバレてしまいます」
令嬢たちがオロオロと、マリエッタをたしなめ始めた。
「バレても構いませんわ。なぁに? 怖いのでしたらお帰りになって。あなたたちは何も見なかった、やらなかった。それでいいのですから」
うっそりとした微笑みに、令嬢たちが青ざめた。
「失礼しますわ」
バタバタと外へ出ていってしまうと、暗さを増す古びた倉庫に、エミリーとマリエッタの二人きりになった。
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