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第一章:リスタート

エミリーがピンチ?

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 セスから黒い影が抜けたはいいものの、うっかり口を滑らせてしまったイザベラは冷や汗を掻いていた。
 そこへ突然かけられたイザベラの名を呼ぶ声は、ある意味で救世主だった。

 ――しかし。

「アメリア嬢?」

 あまりに意外な人物に声をかけられ、セスが訝し気に眉をひそめた。イザベラもまた、首を傾げる。

「急にお呼びかけしてすみません」

 乱入してきた声の主は、アメリアだった。
 茶色に近い金髪を弾ませ、アメリアがこちらに走ってくる。

 今回のやり直しで、アメリアとは確執も衝突も何もないものの、友人というわけではない。その彼女がわざわざ声をかけてくるとは、どうしたのだろう。

 理由は分からないが、アメリアという他人でありクラスメートである存在に出会ってしまったのなら、護衛騎士と公爵令嬢の立場に戻る。
 するりと繋いだ手を離し、セスがイザベラから離れた。

 若干の寂しさを覚えつつも、お陰で追及されずに済んだと、イザベラは胸を撫で下ろした。

 セスには前世のことを打ち明けるつもりはない。信じてもらえないだろうし、たとえ信じてもらえたとしても、過去の醜い自分を知られたくない。

 男をいいように弄び、だまして喜んでいた汚い自分も。
 これからアメリアを陥れ破滅を辿る予定だった、自分も。
 どちらも知られたくなかった。

「大変です、イザベラ様! エミリーさんが大変なんです」

 告げられた内容にほっと緩んだ気持ちがぎゅっと締まった。

「エミリーさんがマリエッタ様たちに連れていかれて」

 イザベラとセスの前まで来たアメリアが、息を切らせて止まり、背後を指さす。
 今しがた、エミリーらしき後ろ姿を見た方向だ。
 ということは、エミリーの前にいた数人はマリエッタたちだったのか。

 人気のない暗く薄暗い路地。どうも嫌な予感がする。

「平民を馬鹿にされているマリエッタ様が、エミリーさんと親しいわけがありません。私、エミリーさんがマリエッタ様に何かされるのではと心配で」

 軽く握った手を胸の前に置き、アメリアが眉を垂らした。

「セス」

 イザベラはセスを振り返った。少しだけ唇を尖らせたセスが頷く。

「大丈夫です。つまらない嫉妬なんてしてる場合じゃないことくらい、分かってますよ」

 拗ねたような声音が正直だ。そのことにイザベラは妙な安堵感と罪悪感を覚えた。セスは素直だ。嫉妬という黒い感情も隠さない。イザベラと違って。

「知らせてくれてありがとう、アメリア」
「私も行きます!」

 イザベラは駆けだした。すぐ後ろにセスが続く。それは分かるが、アメリアも駆けだした。
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