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第一章:リスタート

マリエッタの言い分(セス視点)

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「ま、待って。こんなところに置いていかないで」

 歯噛みしていると、後ろからマリエッタが追いついてきた。
 彼女の姿を見て、ふとある可能性が思い当たった。

 三人を倒すことに意識をとられたとはいえ、イザベラの声も不審な物音もしなかった。そんな暇もなくあっさりと捕らえられたということだ。それは随分と手際がよくないだろうか。

 もし意図的に襲われ、護衛騎士と引き離したのだとしたら。

「マリエッタ嬢、まさか先程の暴漢と面識などありませんよね?」

「な、何を言っているの。そんなこと、あるわけがありませんわ」

 震える声と、落ち着かなさげに動く指。腹芸が得意でないセスでも分かる動揺にやっぱりと思う。

「あるんですね」

 セスは剣を抜き、マリエッタに近付いた。ぐっと眉間に力が入り、目が据わった。びくっと大きく体を震わせ、じりじりと後ろに下がっていく彼女をゆっくりと追う。

「違いますわ、そんなつもりじゃ……ご、ごめんなさい」

 目に涙をため、マリエッタがふるふると首を横に振る。

「泣こうが謝られようが関係ない! お嬢様を何処へやった!」

「ごめんなさいぃっ」

 怒りを堪えきれずに怒鳴ると、本格的に泣きだしてしまった。しまった、逆効果だったかという後悔と、こうしている間にイザベラに何かあったらという焦りでイライラする。

「私は辺境伯令嬢ですのよ。偉いのです、敬愛されるべきなのです、同じ高みにある貴族同士だけが友人であるべきなのです。平民たちなどとは違うのです。平民などとは……」

「まだそんなことを言っているのか」

 イザベラがあんなに真剣に『堕ちないで』と言ったのに。女だろうが辺境伯令嬢だろうが殴ってやろうかと半分本気で考えていると、マリエッタが顔を上げた。

「悔しかったのですわ。殿下もイザベラ様も、アメリアの肩を持つばかり。殿下はともかく、イザベラ様は私と同じと思っていましたのに。エミリーなんて小娘まで可愛がって、私のことを煙たがるなんて。悔しくて、悔しくて」

 勝手なことを、という怒声は喉の奥に詰まった。マリエッタのそれは嫉妬だ。イザベラに相手にされないことからの。
 その感情はセスにとってとても身近で、つい先ほど黒い影に付け込まれたものでもある。

「そんなイザベラ様なんて大嫌いですわ! 嫌いなイザベラ様なんて、酷い目に合えばいいのですって思ってしまったの」

 ごめんなさい、と呟くと、わあわあと大声を上げて本格的に泣き始めた。

「本当に悪いと思っているなら、お嬢様の居所を教えて下さい。俺に言うのではなく、直接お嬢様に謝って下さい」

 少し頭が冷えて、敬語を戻す。顔も声も硬いのは変えられなかったけれど、聞く姿勢が見えたのか、マリエッタがぽつぽつと語り始めた。
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