釣瓶落としの後始末 -明善寺合戦始末記- 〜謀将・宇喜多直家の合戦~

四谷軒

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02 丁々発止

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 宇喜多直家の人生の始まりは、まさに――釣瓶落としから始まった。
 すなわち、祖父・能家よしいえの敗死と、それによる父・興家おきいえとの逃避行によって始まったのである。
 能家は武勇に優れた国人であったが、その晩年に赤松あかまつはるまさの猛攻を受け、城を落とされた。落城の混乱の中、能家は自害し、興家を逃がした。
 興家は幼かった直家を連れ、鞆津ともつに落ち延び、最終的には備前福岡の豪商の下に身を寄せた。
 だが興家の周囲からの扱いは酷かった。
「愚か者である」
 城を枕に討ち死にするでもなく、落ち延びて来た興家は、格好のからかいの対象となった。
 そしてある日、興家は勢族・島村家の元服前の子供たちにからかわれ、争論となった挙句、殺されてしまう。
「結局のところ、剛勇を誇ろうと、暗愚であろうと、死ぬときは死ぬ」
 父・興家が死んだ当時、七つかそこらの童だった直家はそう考えた。
 なれば、死なないようにするにはどうすればよいか。
「もっと……うまく立ち回らねば」
 他人を越えた「武」も、もしかしたら装っていたかもしれない「愚」も、逆にそれが枷となり災いとなり、当人にとっての不幸をもたらした。
「おれはそうはならない。おれはもっとうまくやる」
 少年・直家はそう決意し、祖父と父の釣瓶落としの後始末をせんと、そして、それ以上のことをしようと――備前福岡を後にした。
 興家を馬鹿にし、そして今、その興家亡き今、直家の味方は福岡にいなかったからである。
「福岡にこだわらぬ。まずは、拠点。まずは、とっかかりだ」
 手始めに、仕えるべき主君を選んだ。
 当時、備前は浦上家の支配下にあるが、その浦上家がもめていて、当主であるまさむねと、それに叛して立ち上がった弟・宗景との間で、血で血を洗う闘争を繰り広げていた。
「宗景さまにつく」
「それは」
 宇喜多の家臣一同がどよめく。
 だが直家はそれにかまわず話をつづける。
「われら、敗北し、流浪し、宇喜多の家の家督も取られた身」
 宇喜多直家は、この時、まだ宇喜多家の家督を継いでいない。
 浮田という傍流に取られていた。
 とことんまでの逆境ではある。
 なら。
 弱いと目される方。
「叛した宗景であれば――政宗への対抗するため、人手が要るだろう……宗景につく」
 そして、その宗景に目をかけられるためには。
「目をかけられるためには、精を出して働かなばならぬ」
 直家はまず、父の口論相手となった子供たちの属する、島村家の島村しまむらもりつらを暗殺した。
「覚悟のほどをご覧あれ」
 それが浦上宗景の命だったからである。
 直家は父のことを「だし」に守貫と会い、そして刺した。
 刺して、そして平然と守貫の城を後にしており、それゆえに守貫の郎党は変事に気づかなかったという。
「子どもの口喧嘩で死ぬよりは、マシであろう」
 これぞ……釣瓶落としの後始末であるとは、直家の弁である。
 彼は必要以上に父と祖父の死に拘泥することはなかったが、それでも譲れぬ感情はあったようである。
 その後も直家は、着々と暗殺を重ねていき、結果として、当時の備前の国人・土豪の死はほとんどが「直家の手によるもの」と伝えられることになる。
 実際は、備前に触手を伸ばしつつあった毛利家の粛清によるものもあったが、それでもやはり大半は直家の暗殺が原因と思われてしまう。

 ……いずれにせよ、直家は己の勢力の小さいことを知り、それゆえにこそ、暗殺という兵を用いず効率的に敵を殺す道を選んだ。この選択は図に当たり、直家の寄る浦上宗景の勢力は拡大を重ねていき、それに連動して直家の勢力も大きくなっていった。
「しかし」
 このやり方も、いずれ限界が来る――それが直家の予見であった。
「殺しを警戒して、おれに会おうとする者も減った」
 下手をすると、主・浦上宗景すら直接会おうとせず、使いなり書状なりを寄越して終わりにしようとする。
「ふん、会わないなら会わないで、やりようはあるさ」
 そううそぶく直家は、いつの間にやら宗景の家臣ではなく、従属的ではあるが同盟者として振舞い、殺して奪い取った城や領地を己のものにし始めた。
 これには宗景や宗景の家臣からの抗議があったものの、
「……では、申し開きをしよう。どこで会う?」
 そう返すと何も言えなくなり、すごすごと帰る使いの者の背を、直家は笑顔で見送るのだった。
 ――気がついたら、直家は宇喜多の家の家督を取り戻し、備前において他の勢力を圧倒するようになった。
 それはまさに丁々発止として言いようのない、鮮やかな手腕であり、そして同時に周囲の勢力から嫉視されることを意味した。
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