笹竜胆(ささりんどう)咲く ~源頼朝、挙兵~

四谷軒

文字の大きさ
11 / 52
第一部 以仁王の挙兵

11 以仁王の挙兵

しおりを挟む
 園城寺おんじょうじ
 以仁王は女装してこの寺まで避難してきた。
 そこで改めて、平家が自分に対して、どのような処置をしてきたのかを知る。

「源以光だと?」

 平家は以仁王を臣籍に落とした。
 それも「源」という姓を与えて。

「さように源氏と親しくあそばされるなら、いっそのこと、源氏におなりなされ」

 という、清盛の侮言が聞こえた気がした。
 以仁王としては、面白くない。
 どころか、このままでは死活問題である。

「最勝親王とまで名乗ったのに……!」

 それが今では、王どころか臣籍である。
 これでは、全国の源氏が立つどころではない。

「このままではいかぬ、このままではいかぬ」

 全国の源氏に、このまま以仁王は犬死である。
 園城寺の僧たちも、今は匿ってくれているが、平家があの手この手で攻めたり調略してきたりしている。
 もうあとがない。

「……やむを得ぬ」

 以仁王は最終手段に出た。
 すなわち、摂津源氏・源頼政から先に挙兵させるのだ。

「あと先になったが、やむを得ぬ。背に腹はかえられぬ。まずは頼政、しかるのちに全国の源氏だ」

 以仁王は園城寺の僧たちに──まだ以仁王に同情的な一派の僧たちに、頼みごとをした。

「いいか、市中で声高に叫ぶのじゃ。『源頼政は以仁王の味方じゃ、宋銭と福原に滅びる前に、挙兵する』とな」

 ……こうして源頼政は、内心はどうあれ以仁王の思惑にしたがって、挙兵することになった。
 たとえ以仁王の味方であることが真実ではないにせよ、宋銭と福原にいるのは、清盛も知る事実だったからである。



 以仁王挙兵。
 源頼政、立つ。
 その報は、疾風のように全国に駆け回った。

「順序が、逆だ」

 源行家などは、そう言って地団駄を踏んだが。
 それでも動乱のにおいをかいだ者や、すでにそのにおいに気づいていた者は、即座に反応を示した。

「頼政どの、叛す! 頼政どの、叛す!」

 伊豆。
 北条宗時は京からのその報せに接し、事前に知らなければ、どれだけ動揺したことだろううと冷や汗をかいた。

「だがここからだ」

 平家はまず、以仁王ならびに源頼政を逆賊とし、あらゆる官位官職を剥奪するだろう。
 それは追討よりも早くおこなわれる。

「へたに……知行国の目代が頼政どのに味方しないために」

 頼政も急な挙兵だったらしく、伊豆には何の使いもふみも来ていない。
 であればなおのこと、先手を打って、平家は伊豆の目代を新たに任じてくるだろう。

「誰だ……誰になる」

 あの時の頼朝の示唆により、北条は動いている。
 「新たな目代」を誰に選ぶにせよ、「対応」を可能にするために。
 それがたとえ、最悪の人選だったとしても。

 ……そしてふみが来る。
 京から。
 平家から。

「来たぞ」

 父の時政が、渋い顔をして、大広間に現れた。
 その顔から、いったいどういう人選かは知れた。

「……誰です?」

 政子がいつの間にか来ていた。
 この女は、こういう時、鋭い。
 その政子の背後に座った、義時も。

「山木の方で動きがあったようです」

「……先回りするな、義時」

 時政がたしなめながら、文をひらいた。

大掾だいじょう……いや今は山木か、兼隆を目代に任ずとのことだ」

 大掾兼隆。
 あるいは、平兼隆。
 後世には、山木兼隆として知られる男。
 この時点で、流人として伊豆に流されていた男である。
 頼朝と同じ立場だったが、北条の娘を娶った頼朝とちがい、この時点で伊豆の誰ともつながっていない。

「そこが……目代となった理由」

 政子はそう語った。
 伊豆は頼政が知行してきた。
 だからこそ、現状の豪族たちはそれぞれ何らかの頼政とのつながりがある。
 ところが、その頼政が叛した。
 であれば、頼政と何らつながりもなく、かつ、平家とつながりがある男が選ばれる。

「それが、山木」

 政子はため息と共に言う。
 兼隆は最悪だった。
 何らかの罪を得て伊豆に流されたというが、いずれ京に戻る、巻き返してやると鼻息を荒くしていた。

「何かないか、何でもするぞ」

 ふつうは流人と積極的に接触しようと思わない豪族たちから敬遠されていた兼隆。
 女にも目ざとく、あの女がいい、あの女をよこせと叫ぶ。

「……そんな男が目代。伊豆がどうなるか、目に見えている」

 時政は頭をかかえた。
 治承三年の政変で目代が変わって、豪族たちの不平不満が高まったという上総かずさ相模さがみのことが、笑えなくなった。

「さて山木はどう出るか」

 がつがつしている男だが、さすがに検非違使少尉けびいしのじょう判官はんがん)を務めただけあって、光るものがある。
 そう頼朝は語っていた。

「……京に戻る、か」

 頼朝はを知りおのれを知れば百戦あやうからずとも語っていた。
 つまりは、兼隆の立場で考えてみろと言っていた。

「ではどう出る、山木……」

 この時、政子は兼隆が頼朝の身柄を押さえるのではないか――と、危惧していたが、山木はその斜め上を行くことになる。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

処理中です...