笹竜胆(ささりんどう)咲く ~源頼朝、挙兵~

四谷軒

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第二部 頼朝、挙兵

12 山木兼隆、動く

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「無念……」

 治承四年五月二十六日。
 以仁王もちひとおうは源頼政の助力を得たものの、いかんせん準備不足。しかも寡兵。
 平家の大軍に押され、矢を射られ、落馬したところを討ち取られてしまった。
 頼政はこの時点ですでに腹を切っており、こうして以仁王の挙兵は――それ自体は失敗に終わった。
 しかし、平家がこれだけで収まるわけはない。
 何しろ、熊野の別当・湛増は、令旨の存在も密告していたのだ。

「全国の源氏、それも令旨を受け取った源氏は、容赦すな」

 そこまで清盛は明言しなかったが、平家の中で、そのような機運が高まりつつあった。
 京に来ていた各地の豪族もぞくぞくと自国へと戻り、来たるべき動乱へと備えつつある。

「危ういですぞ、頼朝どの」

 相模さがみ三浦義澄みうらよしずみ下総しもうさ千葉胤頼ちばたねよりらが帰国の途上、伊豆の蛭ヶ小島に立ち寄り、口々に京の様子を伝えていった。
 頼朝自身は六郎を通じ、京の三善康信からより正確な情勢の把握に努めた。
 
「……あまり、貴方のような軽薄才子と話したくないんですが」

「おれは軽薄でも才子でもない。六郎だ」

 頼朝はひっきりなしにやって来る豪族と会い、安達盛長は逆に蛭ヶ小島に来ない豪族へと会いに行って、忙しい。
 そのため、盛長の娘・亀は、代わりに六郎と会った。
 相性最悪のふたりだが、ここで事態の分析を怠れば、頼朝にはあとがない。
 それはわかっているため、ふたりで三善康信の書状を眺めるのだ。



 山木兼隆は思った以上に賢かった。
 彼はまず、伊東祐親を味方につけた。

「これまでの伊豆は、北条のような、頼政寄りの奴が多い」

 祐親は、頼朝と結びついた北条を嫌っていたし、何より、伊豆の「一番」になりたかったので、兼隆と手を組んだ。
 兼隆としても、目代となった自分を支える、伊豆生え抜きの豪族が欲しかったので、これまでされてきたことは、不問に付した。

「だが、あとの奴らは別だ」

 この兼隆の、京への巻き返しの、にしてくれる。
 兼隆は以仁王について、おどろきはしたが、平家の支配を壊す憎い奴とは思わなかった。
 むしろ巻き返しの機会をくれたと感謝すらしていた。
 そしてこの機会を逃がすわけにはいかない。

「かならずにしてくれる……さて、頼朝についてだ」

 源頼朝。
 同じ流人だが、境遇がちがうため、まるで接点が無かった。
 接点がないため、特に恨みはなかったが、同情もしなかった。

「頼朝を召すか」

「あの者は、わが娘を傷物にしました」

 と、祐親は頼朝を憎んでいたが、兼隆からすると、機会があれば同じことをしていたと思うので、特に共感はない。
 大体、この男は、いくら気に入らないからといって、娘と頼朝の子を――嬰児を殺すというところが異常だ。
 何も殺さなくても、こういう時のために……。

「お」

 その時、ひらめいた。
 頼朝を押さえ、なおかつ、今後の伊豆支配のために、妙案を思いついた。

「おい、祐親」

「はい、何でしょう」

「頼朝は、北条の娘とできてるんだよな」

「は、はあ」

 今さら何を言っているんだ、この男は。
 祐親はそういう目をしている。
 流人・頼朝と、伊豆随一の豪族の娘という組み合わせは、伊豆の誰もが知るところだ。
 逆に言うと、それだけ兼隆が伊豆から「外されていた」という証左だった。

「では祐親、その娘を連れて来い」

「えっ」

 今度は顔に出した。
 何ということを言うんだ、この男は、と。
 いくら女好きとはいえ、他人の女に、しかも伊豆きっての勢族の娘を連れて来いだと。

「ちがう」

 兼隆は手を振った。
 そしてこう付け加えた。

「さすがにの女をものにする趣味はない」

「そうですか」

 そこまで言って、祐親は目を見開いた。
 兼隆の言わんとするところが、わかったからである。



「……で、わたしに山木に来いと」

「そうだ」

 北条宗時は、苦虫を噛み潰したような顔をして、政子に告げた。
 伊東祐親が来て、北条は山木に政子を差し出すように、と。
 時政は祐親に、いくら目代とはいえ横暴ではないかと訴えたが、祐親は取り付く島もなかった。

「伊東め、この機に北条よりに行くつもりか」

 目代・山木兼隆についた祐親は、次第に横暴というか傲慢に振る舞い出していた。
 兼隆も、みずからを推してくれている祐親に押さえろとはいえず、それは放置されている。

「で、政子、お前はどうする」

 新たな目代はまず、頼朝を押さえるだろうと思っていた。
 それは政子もそうだった。
 それが、政子を差し出せと来た。

「なぜだ」

 宗時は歯噛みする。
 政子はかたわらの大姫を抱き寄せた。

「……おそらくは、この子のため」

「この子のため?」

「そう。わたしを押さえれば、この子も――乳飲み子もついてくる」

「それが何か」

 そこまで言って、宗時はうめいた。
 大姫は頼朝の子だ。
 政子を押さえれば、大姫がついてくる。
 つまりは、頼朝を押さえることにつながる。

「山木も考えましたね。わたしを差し出せというのなら、新しい目代として、伊豆の勢族・北条を押さえたい、と言える」

 人質を出させて服従を誓わせるのは、支配者としての常套手段だ。
 誰もがやっている。
 ましてやそれが、就任直後の不安定な状況の目代なら、なおのこと。
 だが山木兼隆は、北条にそれをやることで、頼朝をも押さえようとしている。
 逆らうのなら、伊東祐親に命じて、北条討伐を――頼朝追討をやらせるつもりだ。

「それなら伊東は嬉々として攻めるだろう。目代の命だとして、伊豆の他の豪族に声をかけて」

 それこそ山木の真の狙いだ。
 こうして、北条を攻めるとして――犠牲にして、伊豆の豪族たちを「目代・山木兼隆」のにまとめる。
 そうすることによって、兼隆の伊豆の支配権が確立する。
 同時に、頼朝を討ってしまえば、中央の平家へもができる。

「恐ろしい男ですね」

 軽い、あつかましい、がつがつした男。
 それが山木兼隆の印象だったが、かつて頼朝が見たとおり、検非違使少尉けびいしのじょうを務めただけあって、その慧眼、光るところがある。

「しかしどうする政子、このままでは」

 実は頼朝を出せと言われたら逃がすため、算段はつけていた。
 だがこのままでは、頼朝は逃がせても、北条は逃げられない。
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