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01 寧王(ねいおう)・朱宸濠(しゅしんごう)
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「泛海」王陽明
險夷原不滞胸中
何異浮雲過太空
夜静海濤三萬里
月明飛錫下天風
「海に泛ぶ」 王陽明
險夷 原 胸中に滞らず
何ぞ異ならん 浮雲の太空を過ぐるに
夜は静かなり 海濤三万里
月明に錫を飛ばして天風を下る
明。
寧王という王がいる。
明の太祖・洪武帝朱元璋の十七男、朱権を祖とする寧王の、五世の子孫である。
この朱権は、兄である燕王・朱棣が甥の建文帝から帝位を奪う兵を上げた時(「靖南の変」)、多くの領土を貰うことを見返りに兄に味方した。
朱棣は帝位を簒奪し、永楽帝と成りおおせるが、朱権との約束は無かったことにして、逆に南昌という土地に朱権を封じ、逆らうことないよう、常に見張らせていたという。
それから時は経ち、正徳十二年(一五一七年)三月。
寧王の五世の孫、現在の寧王・朱宸濠は前述の靖南の変における永楽帝の「裏切り」を不服とし、本来なら自分はもっと広大な領土を治める王となるべきだと放言していた。
「くだらぬ、じつにくだらぬ」
時の皇帝・正徳帝は宦官・劉瑾に国政を壟断されていたことがあり、それが寧王にとっては歯痒かった。
「おれなら、そんな間抜けな真似は、せぬ」
大体、太祖洪武帝の時には、宦官の専横を許さぬのが国是ではなかったか。
そのようなこともまともにできずに、何が皇帝か。
寧王は、王妃である婁妃が控えるように言っているにもかかわらず、朝廷を侮る発言をたびたび繰り返し、それでも特に罰せられるぬことを良いことに、ついには佛郎機銃を密造し、謀叛への具体的な段階へと進んでしまう。
佛郎機とは、フランキ、つまりフランク人を意味し、つまり大航海時代のヨーロッパ人である。そのヨーロッパ人からもたらされた銃、というか大砲のことを佛郎機銃という。
元々、明は火竜槍なる火器を備えていたが、それを上回る性能を持つ佛郎機銃を製造するということは、重大な叛乱予備罪といえた。
これはさすがに臣下から諫められたが、それでも寧王は聞かなかった。
「どうせここまで来たのだ。見つかったら始末される。それなら……」
その臣下の口を封じ、寧王は放たれた銃弾のように、叛乱へと突き進む。
*
「おれに逆らう者は、こうだ」
寧王は私兵を集め、己の封土の役人や人民を意のままに処断した。そしてその土地を取り上げ、己が物とした。
その処断は、「寧王に逆らった」だけでなく「寧王が処断したい」という、非常に勝手な言い分による。
佛郎機銃の密造はまだ隠されていたが、このような放恣な司法と行政の有り様は、さすがに国都・北京へと報じられた。
それを聞いた太監の張忠と御史の蕭淮は正徳帝に言上、これには正徳帝も事態の深刻さを憂慮し、寧王に対し、その持てる兵力を解散し、取り上げた土地を返すよう勅命を下す。
「何だと、何だと」
寧王は、まさか本当に正徳帝がここまで反応してくるとは思わなかった。
己が明の王、つまり皇族であるがゆえに、説諭やら何やら、またぬるい対応をしてくるのではないかと、密かに期待していた。
このあたり、「王である」という甘えが寧王にあった。
だが、さしもの寧王とはいえ、ここまで勅命が下されたら、もう後がないことぐらいは分かる。
「起つ」
寧王は、十万の兵をもって挙兵した。
險夷原不滞胸中
何異浮雲過太空
夜静海濤三萬里
月明飛錫下天風
「海に泛ぶ」 王陽明
險夷 原 胸中に滞らず
何ぞ異ならん 浮雲の太空を過ぐるに
夜は静かなり 海濤三万里
月明に錫を飛ばして天風を下る
明。
寧王という王がいる。
明の太祖・洪武帝朱元璋の十七男、朱権を祖とする寧王の、五世の子孫である。
この朱権は、兄である燕王・朱棣が甥の建文帝から帝位を奪う兵を上げた時(「靖南の変」)、多くの領土を貰うことを見返りに兄に味方した。
朱棣は帝位を簒奪し、永楽帝と成りおおせるが、朱権との約束は無かったことにして、逆に南昌という土地に朱権を封じ、逆らうことないよう、常に見張らせていたという。
それから時は経ち、正徳十二年(一五一七年)三月。
寧王の五世の孫、現在の寧王・朱宸濠は前述の靖南の変における永楽帝の「裏切り」を不服とし、本来なら自分はもっと広大な領土を治める王となるべきだと放言していた。
「くだらぬ、じつにくだらぬ」
時の皇帝・正徳帝は宦官・劉瑾に国政を壟断されていたことがあり、それが寧王にとっては歯痒かった。
「おれなら、そんな間抜けな真似は、せぬ」
大体、太祖洪武帝の時には、宦官の専横を許さぬのが国是ではなかったか。
そのようなこともまともにできずに、何が皇帝か。
寧王は、王妃である婁妃が控えるように言っているにもかかわらず、朝廷を侮る発言をたびたび繰り返し、それでも特に罰せられるぬことを良いことに、ついには佛郎機銃を密造し、謀叛への具体的な段階へと進んでしまう。
佛郎機とは、フランキ、つまりフランク人を意味し、つまり大航海時代のヨーロッパ人である。そのヨーロッパ人からもたらされた銃、というか大砲のことを佛郎機銃という。
元々、明は火竜槍なる火器を備えていたが、それを上回る性能を持つ佛郎機銃を製造するということは、重大な叛乱予備罪といえた。
これはさすがに臣下から諫められたが、それでも寧王は聞かなかった。
「どうせここまで来たのだ。見つかったら始末される。それなら……」
その臣下の口を封じ、寧王は放たれた銃弾のように、叛乱へと突き進む。
*
「おれに逆らう者は、こうだ」
寧王は私兵を集め、己の封土の役人や人民を意のままに処断した。そしてその土地を取り上げ、己が物とした。
その処断は、「寧王に逆らった」だけでなく「寧王が処断したい」という、非常に勝手な言い分による。
佛郎機銃の密造はまだ隠されていたが、このような放恣な司法と行政の有り様は、さすがに国都・北京へと報じられた。
それを聞いた太監の張忠と御史の蕭淮は正徳帝に言上、これには正徳帝も事態の深刻さを憂慮し、寧王に対し、その持てる兵力を解散し、取り上げた土地を返すよう勅命を下す。
「何だと、何だと」
寧王は、まさか本当に正徳帝がここまで反応してくるとは思わなかった。
己が明の王、つまり皇族であるがゆえに、説諭やら何やら、またぬるい対応をしてくるのではないかと、密かに期待していた。
このあたり、「王である」という甘えが寧王にあった。
だが、さしもの寧王とはいえ、ここまで勅命が下されたら、もう後がないことぐらいは分かる。
「起つ」
寧王は、十万の兵をもって挙兵した。
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