背徳を浴びる鳥のうた

四谷軒

文字の大きさ
4 / 8

04 タレイラン・ペリゴール、あるいは裏切りの天才

しおりを挟む
 私、シャトーブリアンは思案した。
 マリー・テレーズ殿下の私室を辞したあと、さてどうやってかの警察卿ジョゼフ・フーシェから話を聞くか、ということをだ。
 テュイルリー宮殿の優美な装飾を施された廊下を、漫然と歩く。

「そも、『こういう話』は、私からしても、あまり意味はないはず。殿下としては、直接、フーシェの口から聞きたいはずだ」

 私としては、フーシェにしても、殿下を目の前にして問われれば、さすがに真相を答えざるを得ないだろうと思った。
 たとえ、嘘を言い出したとしても、表情などの微細な変化があるはずだ、とも思った。
 そこを、殿下に見てもらえば良い。
 フーシェとの同席を嫌う殿下だが、そうでもしないと、殿下は「納得」を得られまい。

「さて、どうするか……」

 思わず口に出た呟きを、拾う者がいた。

「それは、何をどうするということかな? シャトーブリアンくん?」

 気がつくと、隣に、片足を引きずっている男がいた。
 そう、この男こそ、タレイラン・ペリゴール。
 別名、裏切りの天才である。



「良いコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い」

 そんなことをながら、タレイランは私に、卓上のコーヒーをすすめた。
 裏切りの天才、タレイラン。
 この男もフーシェとならんで、当代随一の変節漢である。
 しかも、たどった道筋が、大体フーシェと一緒だ。
 三部会の議員に始まり、国民議会の議長となり、ロベスピエールの恐怖政治が吹き荒れるや亡命し、されど総裁政府樹立時には顔で帰国し、外務卿の地位に就く。
 その後、例のナポレオン配下の外務卿としても活躍し、極めつけは、そのナポレオンを没落の際に見捨て、何食わぬ顔をしてブルボン朝にくだり、その外務卿となり、今では内閣首班である。
 しかしその外交手腕たるや、非常に冴え渡っており、その最たるものは、ナポレオン追放時のウィーン会議において、「正統主義」を唱えて、ナポレオン以前の各国の領土を「正統」とみなして、結局のところ、フランスの領土を分割、割譲されることなく、守ったことであろう。
 だが私はこいつが嫌いだ。
 外交上手というが、要は長広舌おしゃべりが得意にすぎない。それに、変節漢だ。

「時に、シャトーブリアンくん」

 変節漢がコーヒーカップから口を離して、語りかけてきた。

「……その、われらがマリー・テレーズ殿下が、ジョゼフ・フーシェ警察卿に『問いたい』ことだがね」

 そう、この変節漢は、言葉巧みに私から、先ほどの殿下の「依頼」を聞き出していた。
 これは私がただ騙されていたわけではないと強調しておく。
 何せ、フーシェは革命の揺籃期から生き延びてきた、海千山千の古狐のようなもの。であれば、同じ海千山千の人妖のようなこの男を利用するのも悪くないと思ったからである。

吾輩わがはいに何か、できることはないかと思ってね」

 そら、おでなすった。
 だが、こいつタレイランの長広舌には、目を見張るものがある。
 それを利用してやろう。
 どうせ向こうも、この機会にマリー・テレーズ殿下の歓心を買っておきたいと思って、声をかけてきたのだろうから。

「……仄聞そくぶんするに、殿下はかの警察卿が大のお嫌い。されど、かの警察卿から直接、話を聞かずば、殿下は納得すまい。この対立する命題を、いかに両立させうるか……さて」

 タレイランの瞳に妖しい光が宿る。
 何か証拠である。

「そうだ、吾輩、ルイ十八世陛下に、とある貴族を紹介するつもりであった。吾輩、これを失念しておった……いやいや、この機会に思い出せて、実に、幸い」

 まずに殿下を呼ぼう、そうしようと、聞けば聞くほどわざとらしい台詞である。
 先ほどの「思いついた」を訂正しよう。
 もしやタレイランは、マリー・テレーズ殿下の意向を事前に把握していたのではないか。
 だとすると、その契機となった、タンプル塔の資料破棄のことを……。

「もちろんシャトーブリアンくん、けいにも同席してもらう。何、、この機会に懇親を深めたい。そんなところだ」

 たしかにタレイランは上等の平目ヒラメを二尾入手し、敢えて一尾目を客の目の前で落として残念がらせ、しかるのちに二尾目を出すという機知エスプリを演出して、その魚料理をという「美食家」ではある。
 一方でこのシャトーブリアンも、料理には一家言がある。
 しかし、そんな機知エスプリを気取るような真似はしない。
 一緒にするな。
 そう言いたい目線を送ったが、タレイランは意に介せず、「殿下にも美味しいコーヒーとを、と誘いたまえ」と肩を叩いてきた。



【作者註】
 シャトーブリアンは美食を好み、彼が好んだテンダーロインのステーキはシャトーブリアン・ステーキと称され、また、このシャトーブリアンの好みに応えた料理人・モンミレイユ考案による外交官のプリンディプロマットも有名(モンミレイユは、シャトーブリアンが英国大使を務めていた頃の、大使館付き料理人)。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

処理中です...