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04 斜線陣(ロクセ・ファランクス)
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「クレオンブロトス王陛下、騎兵が破れました。ついでに、テーバイの神聖隊が先駆けてわが軍に」
「うろたえるな」
スパルタのクレオンブロトス王は、動揺する将兵をその一声で落ち着かせた。
「敵、テーバイのボイオティア同盟軍の奇妙な陣形に惑わされるな。彼奴ら、自棄になって、わがスパルタ自慢の重装歩兵に当たる兵を集中している、に過ぎぬ!」
クレオンブロトスは、麾下の重装歩兵に半月陣を形成するよう命じた。
半月陣、つまり半円形となり、相手を側面から包囲する陣形である。
「たとい何人来ようとも、このスパルタの重装歩兵が食い破ってくれる! さあ早く半月陣で包囲せよ! 近づいてくるところを、槍で蜂の巣にしてやる!」
スパルタの重装歩兵は、王の勅命に忠実に動き始めた。
騎兵の負けと、迫り来る神聖隊という脅威はあるが、それでもスパルタ重装歩兵は冷静に、沈着に動き始めていた。
「……まずい」
エパイメノンダスは後方から指揮を執りながら、このスパルタの動きを見ていた。
かつて、ペルシア戦争の時、テルモピュライの戦いにおいて、スパルタは圧倒的な兵数を相手に粘り強く戦い、最後には負けたものの、三日間にわたってペルシア軍を足止めし、つづくサラミスの海戦へのギリシア側の準備の時間を稼いだ。
「その脅威の粘りを今、発揮するか、スパルタ」
エパイメノンダスが拳を握った時、神聖隊が――否、ペロピダスが動いた。
「かかれ!」
ペロピダスは怒号を上げて、前へ進む。突き進む。その、錐のような攻撃に、つづく神聖隊の波状攻撃に、さすがのスパルタ重装歩兵の動きも止まった。
「止まるな! 動け! 進むんだ!」
スパルタ王・クレオンブロトスの叫びが響く。
だが必死のペロピダスと神聖隊により、スパルタ重装歩兵は、半月陣を形成する途中のまま
――つまり、中途半端な曲線の陣形を取ったまま、ボイオティア同盟軍の左翼と激突してしまう。
分厚い――五十列の戦列で構成された、ボイオティア同盟軍の左翼と。
「なっ……こんなっ……ばかなっ……」
クレオンブロトスは動揺するが、戦陣にいるスパルタ重装歩兵こそ、「ばかな」と叫びたい気分だった。
十二列の自分たちの戦列を軽く凌駕する五十列の戦列。
たとい、一列一列の兵はスパルタ重装歩兵より弱くとも。
それは、倒しても倒しても、何枚も出現し、そして七百いるスパルタ兵を次から次へと削っていく。
「お……お……」
ペロポネソス同盟の他の都市国家の将兵は、信じがたいものを見たという目をしている。この時、彼らはスパルタの援護に回るべきだったろう。
だが、動けなかった。
ギリシアの覇権国家・スパルタ。
精強で鳴らした、その重装歩兵。
それが。
「食われていく……」
味方の惨状ではあるが、それはたしかに歴史の転換点であり、彼らはそれに釘付けとなり、結果として歴史の生き証人として、スパルタの敗北する姿を見守ることになった。
*
スパルタ王・クレオンブロトス一世は、その自慢の重装歩兵と命運を共にした。
残されたペロポネソス同盟軍の将兵は、戦闘続行よりも、同盟都市国家の王の死を悼むことを選んだ。
「休戦協定?」
「今だけだ。だが、彼我の戦力差を考えれば、受けた方がいい」
ペロピダスは草の褥に横たわりながら、隣のエパイメノンダスから、このレウクトラの戦いの「顛末」を聞いた。
互いに全裸であり、荒い息をしているが、そんなことはペロピダスにとって、何の問題にもならなかった。
本来なら、休戦協定の話を何よりも優先すべきだと思うが、それよりも――エパイメノンダスが自分と交歓することを選んだことの方が嬉しい。
われながら、統治者失格だなと思うが、それはエパイメノンダスも同様のようで、彼もまた、含羞んだような表情を浮かべていた。
ペロピダスはたまらなくなり、エパイメノンダスを抱きすくめた。
「もっと、見せて欲しい」
「……何を?」
「愛の色さ、決まっているだろう」
「これほどの勝利を挙げても、まだ足りないのかい?」
「勿論さ。君だってそうだろう?」
ペロピダスはエパイメノンダスを抱きすくめたまま、草上を転がっていき、そのまま茂みの中へ。
「さあ、これで誰か探しに来ても、探している間は、できる」
「……君は困った奴だな、ペロピダス」
エパイメノンダスはペロピダスを受け入れながら、いつまでつづけるんだいと聞いた。
むろん、果てるまでさとペロピダスは答えながら、エパイメノンダスの口をふさいだ。
……テーバイはこのレウクトラの戦い以降、ギリシアの覇権国家となった。
それはエパイメノンダスとペロピダスの二人が、文字通り「果てる」までつづいた。
レウクトラの戦いからおよそ十年後、ペロピダスがキュノスケファライで、エパイメノンダスがマンティネイアで勝利するも討たれる、その日まで。
【了】
「うろたえるな」
スパルタのクレオンブロトス王は、動揺する将兵をその一声で落ち着かせた。
「敵、テーバイのボイオティア同盟軍の奇妙な陣形に惑わされるな。彼奴ら、自棄になって、わがスパルタ自慢の重装歩兵に当たる兵を集中している、に過ぎぬ!」
クレオンブロトスは、麾下の重装歩兵に半月陣を形成するよう命じた。
半月陣、つまり半円形となり、相手を側面から包囲する陣形である。
「たとい何人来ようとも、このスパルタの重装歩兵が食い破ってくれる! さあ早く半月陣で包囲せよ! 近づいてくるところを、槍で蜂の巣にしてやる!」
スパルタの重装歩兵は、王の勅命に忠実に動き始めた。
騎兵の負けと、迫り来る神聖隊という脅威はあるが、それでもスパルタ重装歩兵は冷静に、沈着に動き始めていた。
「……まずい」
エパイメノンダスは後方から指揮を執りながら、このスパルタの動きを見ていた。
かつて、ペルシア戦争の時、テルモピュライの戦いにおいて、スパルタは圧倒的な兵数を相手に粘り強く戦い、最後には負けたものの、三日間にわたってペルシア軍を足止めし、つづくサラミスの海戦へのギリシア側の準備の時間を稼いだ。
「その脅威の粘りを今、発揮するか、スパルタ」
エパイメノンダスが拳を握った時、神聖隊が――否、ペロピダスが動いた。
「かかれ!」
ペロピダスは怒号を上げて、前へ進む。突き進む。その、錐のような攻撃に、つづく神聖隊の波状攻撃に、さすがのスパルタ重装歩兵の動きも止まった。
「止まるな! 動け! 進むんだ!」
スパルタ王・クレオンブロトスの叫びが響く。
だが必死のペロピダスと神聖隊により、スパルタ重装歩兵は、半月陣を形成する途中のまま
――つまり、中途半端な曲線の陣形を取ったまま、ボイオティア同盟軍の左翼と激突してしまう。
分厚い――五十列の戦列で構成された、ボイオティア同盟軍の左翼と。
「なっ……こんなっ……ばかなっ……」
クレオンブロトスは動揺するが、戦陣にいるスパルタ重装歩兵こそ、「ばかな」と叫びたい気分だった。
十二列の自分たちの戦列を軽く凌駕する五十列の戦列。
たとい、一列一列の兵はスパルタ重装歩兵より弱くとも。
それは、倒しても倒しても、何枚も出現し、そして七百いるスパルタ兵を次から次へと削っていく。
「お……お……」
ペロポネソス同盟の他の都市国家の将兵は、信じがたいものを見たという目をしている。この時、彼らはスパルタの援護に回るべきだったろう。
だが、動けなかった。
ギリシアの覇権国家・スパルタ。
精強で鳴らした、その重装歩兵。
それが。
「食われていく……」
味方の惨状ではあるが、それはたしかに歴史の転換点であり、彼らはそれに釘付けとなり、結果として歴史の生き証人として、スパルタの敗北する姿を見守ることになった。
*
スパルタ王・クレオンブロトス一世は、その自慢の重装歩兵と命運を共にした。
残されたペロポネソス同盟軍の将兵は、戦闘続行よりも、同盟都市国家の王の死を悼むことを選んだ。
「休戦協定?」
「今だけだ。だが、彼我の戦力差を考えれば、受けた方がいい」
ペロピダスは草の褥に横たわりながら、隣のエパイメノンダスから、このレウクトラの戦いの「顛末」を聞いた。
互いに全裸であり、荒い息をしているが、そんなことはペロピダスにとって、何の問題にもならなかった。
本来なら、休戦協定の話を何よりも優先すべきだと思うが、それよりも――エパイメノンダスが自分と交歓することを選んだことの方が嬉しい。
われながら、統治者失格だなと思うが、それはエパイメノンダスも同様のようで、彼もまた、含羞んだような表情を浮かべていた。
ペロピダスはたまらなくなり、エパイメノンダスを抱きすくめた。
「もっと、見せて欲しい」
「……何を?」
「愛の色さ、決まっているだろう」
「これほどの勝利を挙げても、まだ足りないのかい?」
「勿論さ。君だってそうだろう?」
ペロピダスはエパイメノンダスを抱きすくめたまま、草上を転がっていき、そのまま茂みの中へ。
「さあ、これで誰か探しに来ても、探している間は、できる」
「……君は困った奴だな、ペロピダス」
エパイメノンダスはペロピダスを受け入れながら、いつまでつづけるんだいと聞いた。
むろん、果てるまでさとペロピダスは答えながら、エパイメノンダスの口をふさいだ。
……テーバイはこのレウクトラの戦い以降、ギリシアの覇権国家となった。
それはエパイメノンダスとペロピダスの二人が、文字通り「果てる」までつづいた。
レウクトラの戦いからおよそ十年後、ペロピダスがキュノスケファライで、エパイメノンダスがマンティネイアで勝利するも討たれる、その日まで。
【了】
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