エパメイノンダスの斜線陣(ロクセ・ファランクス) ~レウクトラの戦い~

四谷軒

文字の大きさ
3 / 4

03 レウクトラ

しおりを挟む
 レウクトラ。
 エパメイノンダスはそこへボイオティア同盟軍を進ませていた。
 その数、総勢およそ七千。
 中心となるのは、テーバイの神聖隊ヒエロス・ロコスだ。

「さてさて……エパイメノンダスは、僕にどのような景色を見せてくれるのかな?」

 ペロピダスは、この時、神聖隊ヒエロス・ロコスに身を置いている。この頃にはテーバイの統治者ともいうべき立場にいるはずだが、この一戦こそテーバイ興亡の戦いと心得て、神聖隊ヒエロス・ロコスの隊長として、エパメイノンダスの指揮下に入っていた。
 レウクトラに到達すると、エパイメノンダスから話があると言われて、ペロピダスは本陣へ行くと、そこで「ある作戦」について告げられた。

斜線陣ロクセ・ファランクス?」

「そうだ」

 当時、古代ギリシアの会戦では、重装歩兵に密集方陣ファランクスという陣形を組ませ、そして互いにぶつかり合うという形式を採っていた。
 重装歩兵という歩兵は、簡単に言うと、右手に槍を持ち、左手に盾を持っている。そのため集団で固まると、その集団の最右翼はどうしても防御が手薄になる(右側の手に槍を持っているため。左側は盾がある)。
 結果、最右翼には最も剽悍ひょうかんな兵を配置するのが常であった。それが、スパルタ率いるペロポネソス同盟軍では、スパルタ重装歩兵である。
 こうしてペロポネソス同盟軍と向かい合うは、たいていが最も弱い「左」の兵に、最強のスパルタ重装歩兵を当てられ、破られ、そしてそのまま敗北するというのが常であった。
 これに目を付けたエパイメノンダスは、ボイオティア同盟軍に密集方陣ファランクスを組ませることをやめた。

「それが……その、斜線陣ロクセ・ファランクスかい?」

 ペロピダスが不得要領な顔をするので、エパイメノンダスは地面に図を描いた。

「いいかい、ペロピダス。まず、スパルタ率いるペロポネソス同盟軍はこう……スパルタ重装歩兵を一番に置いて、こう攻めてくる」

 エパイメノンダスが棒切れを使って、大きな四角を描いてペロポネソス同盟軍の密集方陣ファランクス看做みなし、その四角の右辺に十二本の線を引いた。

「この十二本の線が、スパルタ重装歩兵だ。奴らは十二列の戦列を組む。対するや、こちら側……テーバイ率いるボイオティア同盟軍は、こう配置する」

 エパイメノンダスは、今度は四角(スパルタのペロポネソス同盟軍)に向い合せになる、直角三角形を描いた。その直角三角形は、左下が直角、つまり左上に鋭角が突き出した形になっていた。

「これが、ボイオティア同盟軍」

「うん」

 ペロピダスにも、エパイメノンダスが何を狙っているかが、見えてきた。

「つまり」

 エパイメノンダスの棒切れが、線を書く。
 線は、次々と書き足され、ついには。

「五十列……」

「そう。こちら側は、スパルタの翼十二列のスパルタ重装歩兵に翼に五十列置く。集中する」

「……そのための三角形、ではない、斜線か」

 聡いペロピダスにはすぐわかった。
 「左」に集中する分、「中央」と「右」が薄くなる。結果、「中央」と「右」が会敵すると、負ける。
 そのため、「中央」と「右」を敢えて後方に、直角三角形のたとえでいうと、底辺に配置するのだ。

「そうすれば、わが軍の『左』が戦ったに、『中央』と『右』は戦闘となる……その頃には、わが軍の『左』が戦っているがゆえに、さほど『中央』と『右』も苦戦しなくなる、という寸法か、エパイメノンダス」

「そうだ。そしてそれでもスパルタは強い。歴戦の猛者だ。王自ら率いて来ている。これには」

「分かってる。皆まで言うな」

 ペロピダスは置いていた盾と剣を手に取った。

「その『右』の陣頭に、僕たち神聖隊ヒエロス・ロコスが立つ。スパルタの攻めを、受けて立つ」

「……すまない」

「何、気にするな、エパイメノンダス。これは先般の君への問いを自分で答えることになるが……」

 ペロピダスは剣をと振って、笑った。

「この剣でスパルタの兵を朱に染める。それが僕の、君への愛の色だ……そうだろう?」

「……ペロピダス」

 エパイメノンダスはペロピダスの剣を持つ手にそっと触った。

「ならば私は、君が拓いた血路の果てに、見えてくる勝利の景色を、君への愛の色として、飾ろう」

「頼むよ、エパイメノンダス」

 ボイオティア同盟の他の都市国家ポリスの将軍もいる中だったが、エパイメノンダスとペロピダスは、人目もはばからず、接吻せっぷんした。
 ……それだけ、ふたりの感情が――愛が高まり、そしてまた、これから迫る決戦への昂ぶりが抑えきれなかったからである。



「まず騎兵を当たらせよ!」

「騎兵を前へ!」

 この当時、騎兵という兵科も存在したが、まだあぶみがなかったため、つまり馬上で「踏ん張る」ことができないため、かなり特殊な訓練を長期間にわたって積まねばならず、兵数としては少数である。
 それでもその爆発力は無視できず、スパルタもテーバイも千から千五百の騎兵を揃えた。
 そして両軍の騎兵が激突し、運よくテーバイの方の騎兵が勝った。

「幸先いいぞ!」

 騎兵のすぐうしろ、歩兵からすると最前線に立つペロピダスは歓喜の声を上げて、そのままスパルタ重装歩兵の陣中へと突っ込んでいった。
 突っ込むと同時にスパルタの前面の指揮官を斬り伏せるペロピダス。
 彼は叫んだ。

神聖隊ヒエロス・ロコス、つづけ!」

 神聖隊が雄叫びを上げて、ペロピダスのあとを追った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

【アラウコの叫び 】第3巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎週月曜07:20投稿】 3巻からは戦争編になります。 戦物語に関心のある方は、ここから読み始めるのも良いかもしれません。 ※1、2巻は序章的な物語、伝承、風土や生活等事を扱っています。 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

処理中です...