エパメイノンダスの斜線陣(ロクセ・ファランクス) ~レウクトラの戦い~

四谷軒

文字の大きさ
2 / 4

02 ボイオティア同盟

しおりを挟む
 スパルタは盟に従い、ペロピダスら神聖隊を救った。
 だがペロピダスはスパルタの都合の良い「テーバイの僭主」になることを拒否。
 怒ったスパルタはペロピダスら有力貴族層をテーバイから追放し、そしてテーバイを占領した。

「馬脚をあらわすとは、このことだな」

 そう述懐したエパメイノンダス自身は、寒門出身であるという理由で、追放を免れていた。

「存外、スパルタというところは甘い……というか、いい加減か」

 ギリシアの支配に汲々とするあまり、この手の細やかな人事に注意が向いていない。
 あるいは、貧乏貴族の出身だからこそ、「スパルタので、お前は支配する側に回れた」と思わせている……ということか。

「いずれにせよ、ペロピダスに愛の色を教えねばならないんでね。このままで終わるつもりはないさ」

 あの時。
 マンティネイアからの敗走の時。
 エパメイノンダスは負傷中のペロピダスに、「愛の色を教えて?」と言われた。
 そう問われてエパメイノンダスは、であるペロピダスを励ますため、これから見せる景色がそれだと答えた。
 だが、そう答えたものの、その後スパルタに連行される同然の扱いでテーバイへ戻ったため、「景色」といえるものは何も見せていない。
 エパメイノンダスは肩をすくめた。
 かつての――ペロピダスのように。

「実際、ペロピダスの亡命先のアテナイの方が、よっぽど風光明媚でがいいに決まっているというのに……」

 ペロピダスはスパルタの手によって追放されたが、その追放先にアテナイを選んだ。
 アテナイはスパルタに押されているものの、まだまだスパルタの敵国として、潜在的な力を持っていた。

「この際、アテナイの――スパルタをどうにかしたい、という欲求を利用させてもらおう」

 ペロピダスは満面の笑みでそう言っていた。
 ……こうしてエパメイノンダスがテーバイに居座って、アテナイのペロピダスと連絡を取り合い、機を見てテーバイからスパルタの勢力を追い払った。

「諸君。スパルタに――ペロポネソス同盟に抗するには、こちらもまた同盟をもってせねばなるまい」

 テーバイの政権を奪取したペロピダスがまずやったことは、テーバイを中心とする中部ギリシアボイオティアの同盟の結成である。
 スパルタ率いるペロポネソス同盟の支配に真っ向から逆らうボイオティア同盟の結成。
 これに当然ながら、スパルタから抗議の声が上がった。

「ギリシアの地は、このスパルタのペロポネソス同盟が守る。しかるに、ボイオティア同盟とは何ごとか。テーバイは、ギリシアの平和を乱そうというのか」

 とは、スパルタの言い分であるが、ペロピダスは素知らぬ顔で、亡命していたアテナイとの同盟に腐心する。

「許せん。とにかく、ボイオティア同盟を解散せよ。この同盟は、アンダルキダスの和約に反する。ペルシアの介入を招いてよいのか」

 とうとう、スパルタ王からの最後通告に等しい通達があった。
 アンダルキダスの和約とは、アケネメス朝ペルシアのアルタクセルクセス二世(大王)と、スパルタの外交官にして将軍・アンダルキダスとの間で結ばれた講和条約である。
 この条約に曰く、ペルシアはアジアを領有する。ギリシアは――ギリシア諸都市は独立を守る。そういう和約であったが、解釈のしようによっては、この条約は、いわゆる「同盟」という外交関係を認めず、あくまでも個々の都市の独立を保つべし、と規定しているように思われた。
 ちなみに、この和約が守られない場合は、ペルシアはその都市国家ポリスに対して宣戦を布告する、とされていた。

「そういわれてみれば、そうだ」

 これにアテナイが反応してしまう。
 アテナイはペルシアとの因縁がある。
 かつて、ペルシア戦争でアテナイは諸都市を率いてペルシアと戦い、勝ったことがある。しかし、その後のペロポネソス戦争を経てアテナイは衰退し、今はどちらかというとペルシアは忌避すべき相手という認識だった。

「これ以上の争いは無益である。アテナイはテーバイとは距離を置く」

 これに便乗して、スパルタはテーバイとの講和会議での席上で、テーバイにボイオティアの各都市国家ポリスから手を引くよう強要する。
 だが当時のテーバイ代表であるエパメイノンダスはそれを突っぱねる。その突っぱねた相手、つまりスパルタ代表はアゲラシオス二世といって、スパルタにいる二人の王のうちの一人だった(スパルタは初代の王が双子であったため、二人王制を取っていた)。

「もはやこれまで。テーバイ、膺懲すべし」

 アゲラシオス二世はペロポネソス同盟の兵を召集、テーバイ率いるボイオティア同盟軍を攻撃したものの、病により休養を余儀なくされ、テーバイ戦の指揮は、当時のもう一人の王、クレオンブロトス一世に託された。
 クレオンブロトス一世はスパルタ重装歩兵七百名を中心とする、実に一万一千名を数える大軍でもって、ボイオティアを攻めた。
 クレオンブロトス一世は、狡猾にもエパメイノンダス率いるテーバイ主力をやり過ごし、一方でカイレアスという将軍の率いるテーバイ軍を撃破し、次いでクレシウスという地を攻略して、テーバイの三段櫂船を十二隻強奪した。

「これならいいだろう。テーバイを直接叩いてやる」

 クレオンブロトスはテーバイ近郊まで進出する。
 その地の名を、レウクトラと言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

【アラウコの叫び 】第3巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎週月曜07:20投稿】 3巻からは戦争編になります。 戦物語に関心のある方は、ここから読み始めるのも良いかもしれません。 ※1、2巻は序章的な物語、伝承、風土や生活等事を扱っています。 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

処理中です...