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破の章 覇者の胸中を知る者は誰(た)ぞ ──中国大返し──
21 光秀の手番
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さて、一方の光秀の動きを見てみよう。
「安土は貰たで」
城代たる蒲生賢秀が、信長の妻妾を連れて脱走し、空となった城──金銀財宝は残された城──を、うまうまと入手して、ほくほく顔だった。
そして誰よりもこの近江制圧に貢献した腹心の手を取った。
「利三、お前のおかげや」
「恐れ入ります」
斎藤利三はうやうやしくうなずいた。
光秀は満足そうに微笑み、そして何気なく「近江はお前にやる」と呟いた。
「……それがしに近江を」
「適材適所や。今、伊勢の貞興は『例の件』で、大坂に長宗我部にと大忙しや」
「……本来なら、長宗我部に縁を持つそれがしが『例の件』をやるべきでした」
利三は頭を下げる。
どこまでも義理堅い男である。
光秀は、もうええもうええと手を振った。
「適材適所言うたやろ。ここで北ににらみを利かせるんは、利三、お前が適任や。しかし伊勢貞興、あの元幕臣の方が、長宗我部の方に居るお方には」
そこまで言ってから、光秀はにんまりと笑った。
「……適任やで。元……幕臣なら、わいの本気が知れるっちゅうもんや」
しかし利三は堅い表情を崩さず、そこまでうまくいくものでしょうかと反論を試みた。
「たとえば、鞆《とも》のあのお方とか、このことが知れると、相当……お怒り召されるのでは」
「鞆ォ?」
光秀は大仰に目と口を丸の形にして、驚いたふりをする。
「そんなん、もう旬が終わっとるわ。お呼びでない! 鞆の足利義昭の言うことなんぞ、誰が聞くか!」
足利幕府第十五代将軍、足利義昭。
彼は支持してくれた織田信長から次第に距離を置き、やがては敵対し、あろうことか信長包囲網まで形成して信長を追い詰めたため、追放された。
そして今、瀬戸内海の鞆の津にいた。
現在では広島県福山市のこの港は、瀬戸内海の海上の要衝であり、この時代においては毛利家の影響下にあった。
「あんな人の言うこと聞かない阿呆に用はない……いや言うことは聞くか、今は、毛利の」
その独白のような光秀の台詞を聞いて、利三は得心して引き下がった。
毛利の傀儡の足利義昭が来たところで、その後も毛利に掣肘を加えられることになる。
しかも、長年世話になった信長を裏切った義昭のこと、毛利の介入に我慢したところで、最後は後足で砂をかける真似をされかねない。
「そんな公方はいらない。そんな厄介者はいらない」
ましてや、光秀はもう六十を越える老人だ。光秀が義昭を御せたとしても、光秀の嫡子、光慶はまだ十代の若者だ。
到底、義昭には敵うまい。
光秀は、この年齢に至って、これからの明智のことを考えるようになっていた。
そこを、信長からの家康饗応役の突然の解任からの中国攻め援軍、さらにそこからの京への召喚という展開である。
「ふざけるんや、ない」
最後の京への召喚において、ついに光秀は激昂した。
そして本能寺の変である。
光秀としては、誰から命じられたわけでもなく、あくまでも自衛のための挙だったが、いつの間にやら天下の帰趨を定める戦いと化していた。
「フン。けどな、明智さえ良ければ、ええねん。結果として、天下餅を食う、ちゅうこともええけどな」
どちらかというと戦術家、つまり状況を利用することに長けていた光秀は、本能寺、妙覚寺、二条御新造(信忠が逃がれて抗戦した寺院)と戦ううちに、明智の家を伸ばす方策を考え、思いついた。
「……見とれ」
利三が退室し、今や、ひとりきりとなった安土城城主の間で、ひとりごちた。
かつての主、織田信長がそうしたごとく、明智光秀はすっくと立ち上がった。
「これより京に戻り、大坂方面に圧をかける……今頃は貞興の策があたり、津田の信澄と織田の信孝、相撃っておるやもしれんのう」
かっかっか。
光秀は哄笑する。
余人は知らねども、今、光秀は得意だった。
本能寺の変からこっち、北を攻め、南を煽りと忙しかったが、それもどうやら終いのようだ。
「もうすぐや……もうすぐ……明智の言いなりになる『御輿』が手に入る。そしたら、細川も従う。すなわち、明智の京畿の『割拠』は盤石になる」
光秀は最初から天下をわがものに、とは考えていなかった。
織田家を倒したところで、その全てを貰えるとは思っていない。
山城、近江、丹波、大和、摂津、和泉のような京畿を支配して割拠するのがせいぜいとわきまえている。
「あとは……柴田やら羽柴やらが、それぞれの任地で自立やろ。ほンで元々攻めていた大名どもと、せいぜいせめぎ合うがええわ」
だが明智はちがう。「金のなる木」である京、堺などを押さえている。何より、京には帝がいるし、その辺に重きを置いた「政権」を構築してしまえば、誰もおちおち明智を攻めようとは思うまい。
その明智にしたところで。
「……見とれ。『御輿』を手に入れたら、あとは守りの一手や。最悪、『御輿』と共に、近江なり丹波なりに籠もればええんや。もう、わいも年齢や。合戦も、あと一回か二回が限界やろ」
一説によると、この時すでに六十七歳であった光秀は、己の限界を知っていた。
となれば、後事を託す明智を継ぐ嫡男、光慶にいかに多くを、大過なく残すかである。
それには、「御輿」を戴いて、細川を抱き込み、光慶を支える柱となってもらうことが肝要だ。
そして今。
「今……『御輿』が来る。これで、これで明智は生き延びる。勝つ。そう、これは勝利や、明智の……ああ、早う来んかのう、明智の公方さまが。そして細川が従えば、明智の勝ちや」
*
「それはおそらく、平島公方のことです」
京。
長谷川宗仁の隠れ家。
近江藤堂村に、「ほとんど一瞬」しか滞在しなかったねねは、どのような手段を使ったか不明だが、今こうして故・織田信長の側近にして京の豪商、長谷川宗仁の隠れ家に至っていた。
両脇に福島正則と藤堂高虎を従えて。
そして宗仁にここ数日の光秀の動き──特に伊勢貞興を中心とする動き──を確認させて、ねねはここ一連の騒動について、答えを得たように思い、まずそれを語った。
「平島公方、でっか」
宗仁はやれやれと顔を掻いた。
元々、京の町衆であった宗仁は、公方、つまり足利将軍家の跡目争いに翻弄されてきた京の歴史を知っている。
そしてその直近の足利将軍家の跡目争いといえば。
「つまり……足利義昭どのと将軍職を争った、足利義栄どのの、『平島公方』家っちゅうことですな」
「そうです」
ねねのその言葉に、宗仁は、はあとため息をした。
平島公方。
元は、第十代足利将軍・足利義稙と、第十一代足利将軍・足利義澄の争いだった。
「元は」と書いているが、この義稙と義澄の争いも根が深く、さらなる「元」が存在するが、今ここでは割愛する。
その争いは義澄の子・足利義晴という第十二代足利将軍により、収束するかに見えた。
だが義稙の子・義維を担ぎ出され、かつ、義維は義澄の実子にして義稙の養子であるという事実が、さらに混迷を深める。
そしてこの義維の系統の足利家は、阿波の平島という地を根城にしたため、こう呼ばれる。
「平島公方」
と。
その後さらに争いがあり、第十三代足利将軍・足利義輝が暗殺されるに及び、二人の足利家の連枝が、将軍にと立った。
ひとりが、足利義昭であり、もうひとりが、足利平島公方家、足利義栄である。
このとき義栄は、上洛はできなかったが、第十四代足利将軍になることに成功した。
が、義昭が明智光秀の周旋により織田信長の支援をとりつけたことにより、状況が変わった。
「今こそ、上洛の時」
信長の助力により、義昭は上洛に成功し、一方の義栄はかねてからの病(腫れ物)もあり、尾羽打ち枯らして阿波へ落ち延び、そこで失意のうちに没した。
今では、義栄の弟の義助が足利平島公方家を受け継ぎ、細々と過ごしているとの話である。
「しかし」
宗仁は突っ込む。
その平島公方を追い落としたのは織田信長であり、他ならぬ光秀は、その片棒を担いでいたではないか、と。
「そないな明智ィに、うかうかと平島公方が従うのでしょうか」
ねねはその宗仁の言葉に、眉ひとつ動かさず答えた。
「宗仁どの」
「はい」
「……今、平島公方の世話をしている方は、どなたですか?」
「どなたって……」
宗仁はその名を思い浮かべて愕然とした。
「長宗我部元親……」
その長宗我部元親は、明智光秀の腹心、斎藤利三の妹を妻としている。
その縁を使って、光秀は平島公方を京に呼び寄せようとしているのではないか。
そしてその長宗我部からの「縁」で縛り上げてしまえば。
「そうすれば、あの、言うことを聞かない足利義昭よりは、よっぽどやりやすい公方さまの誕生です。おまけに、長宗我部も仲間にできる」
「…………」
宗仁は舌を巻いた。
光秀の策にではない。
ねねの智謀に対してだ。
しかもねねの読みは、まだ終わりではない。
「ただ、平島公方を呼んだところで、以前の幕府ほどしっかりした幕府ができるわけではありません。足利はこれまで、その力の無さから数々の争乱を招きました。そんな足利に、それも、ほぼ無名に近い方の足利に、誰が従いましょう」
「そ、それは」
たしかにそうだった。
織田信長という、これ以上ない、不世出の英傑がいたからこそ、足利義昭は「君臨」できた。
ならば、平島公方・足利義助とやらは、どうか。
「……『御輿』以上の動きは、できないでしょうね。むしろへたに才知があったりしたら、それこそ明智に掣肘を加えられ、何もできなくされるでしょう」
でも、とねねはつづける。
「それでも、明智にとっては、あの元幕臣にとっては、『御輿』として使えると判じたのです。実際に平島公方がどれほどの威光を誇るかは、わかりません。ただ、明智が『御輿』扱いできるということが大事」
「安土は貰たで」
城代たる蒲生賢秀が、信長の妻妾を連れて脱走し、空となった城──金銀財宝は残された城──を、うまうまと入手して、ほくほく顔だった。
そして誰よりもこの近江制圧に貢献した腹心の手を取った。
「利三、お前のおかげや」
「恐れ入ります」
斎藤利三はうやうやしくうなずいた。
光秀は満足そうに微笑み、そして何気なく「近江はお前にやる」と呟いた。
「……それがしに近江を」
「適材適所や。今、伊勢の貞興は『例の件』で、大坂に長宗我部にと大忙しや」
「……本来なら、長宗我部に縁を持つそれがしが『例の件』をやるべきでした」
利三は頭を下げる。
どこまでも義理堅い男である。
光秀は、もうええもうええと手を振った。
「適材適所言うたやろ。ここで北ににらみを利かせるんは、利三、お前が適任や。しかし伊勢貞興、あの元幕臣の方が、長宗我部の方に居るお方には」
そこまで言ってから、光秀はにんまりと笑った。
「……適任やで。元……幕臣なら、わいの本気が知れるっちゅうもんや」
しかし利三は堅い表情を崩さず、そこまでうまくいくものでしょうかと反論を試みた。
「たとえば、鞆《とも》のあのお方とか、このことが知れると、相当……お怒り召されるのでは」
「鞆ォ?」
光秀は大仰に目と口を丸の形にして、驚いたふりをする。
「そんなん、もう旬が終わっとるわ。お呼びでない! 鞆の足利義昭の言うことなんぞ、誰が聞くか!」
足利幕府第十五代将軍、足利義昭。
彼は支持してくれた織田信長から次第に距離を置き、やがては敵対し、あろうことか信長包囲網まで形成して信長を追い詰めたため、追放された。
そして今、瀬戸内海の鞆の津にいた。
現在では広島県福山市のこの港は、瀬戸内海の海上の要衝であり、この時代においては毛利家の影響下にあった。
「あんな人の言うこと聞かない阿呆に用はない……いや言うことは聞くか、今は、毛利の」
その独白のような光秀の台詞を聞いて、利三は得心して引き下がった。
毛利の傀儡の足利義昭が来たところで、その後も毛利に掣肘を加えられることになる。
しかも、長年世話になった信長を裏切った義昭のこと、毛利の介入に我慢したところで、最後は後足で砂をかける真似をされかねない。
「そんな公方はいらない。そんな厄介者はいらない」
ましてや、光秀はもう六十を越える老人だ。光秀が義昭を御せたとしても、光秀の嫡子、光慶はまだ十代の若者だ。
到底、義昭には敵うまい。
光秀は、この年齢に至って、これからの明智のことを考えるようになっていた。
そこを、信長からの家康饗応役の突然の解任からの中国攻め援軍、さらにそこからの京への召喚という展開である。
「ふざけるんや、ない」
最後の京への召喚において、ついに光秀は激昂した。
そして本能寺の変である。
光秀としては、誰から命じられたわけでもなく、あくまでも自衛のための挙だったが、いつの間にやら天下の帰趨を定める戦いと化していた。
「フン。けどな、明智さえ良ければ、ええねん。結果として、天下餅を食う、ちゅうこともええけどな」
どちらかというと戦術家、つまり状況を利用することに長けていた光秀は、本能寺、妙覚寺、二条御新造(信忠が逃がれて抗戦した寺院)と戦ううちに、明智の家を伸ばす方策を考え、思いついた。
「……見とれ」
利三が退室し、今や、ひとりきりとなった安土城城主の間で、ひとりごちた。
かつての主、織田信長がそうしたごとく、明智光秀はすっくと立ち上がった。
「これより京に戻り、大坂方面に圧をかける……今頃は貞興の策があたり、津田の信澄と織田の信孝、相撃っておるやもしれんのう」
かっかっか。
光秀は哄笑する。
余人は知らねども、今、光秀は得意だった。
本能寺の変からこっち、北を攻め、南を煽りと忙しかったが、それもどうやら終いのようだ。
「もうすぐや……もうすぐ……明智の言いなりになる『御輿』が手に入る。そしたら、細川も従う。すなわち、明智の京畿の『割拠』は盤石になる」
光秀は最初から天下をわがものに、とは考えていなかった。
織田家を倒したところで、その全てを貰えるとは思っていない。
山城、近江、丹波、大和、摂津、和泉のような京畿を支配して割拠するのがせいぜいとわきまえている。
「あとは……柴田やら羽柴やらが、それぞれの任地で自立やろ。ほンで元々攻めていた大名どもと、せいぜいせめぎ合うがええわ」
だが明智はちがう。「金のなる木」である京、堺などを押さえている。何より、京には帝がいるし、その辺に重きを置いた「政権」を構築してしまえば、誰もおちおち明智を攻めようとは思うまい。
その明智にしたところで。
「……見とれ。『御輿』を手に入れたら、あとは守りの一手や。最悪、『御輿』と共に、近江なり丹波なりに籠もればええんや。もう、わいも年齢や。合戦も、あと一回か二回が限界やろ」
一説によると、この時すでに六十七歳であった光秀は、己の限界を知っていた。
となれば、後事を託す明智を継ぐ嫡男、光慶にいかに多くを、大過なく残すかである。
それには、「御輿」を戴いて、細川を抱き込み、光慶を支える柱となってもらうことが肝要だ。
そして今。
「今……『御輿』が来る。これで、これで明智は生き延びる。勝つ。そう、これは勝利や、明智の……ああ、早う来んかのう、明智の公方さまが。そして細川が従えば、明智の勝ちや」
*
「それはおそらく、平島公方のことです」
京。
長谷川宗仁の隠れ家。
近江藤堂村に、「ほとんど一瞬」しか滞在しなかったねねは、どのような手段を使ったか不明だが、今こうして故・織田信長の側近にして京の豪商、長谷川宗仁の隠れ家に至っていた。
両脇に福島正則と藤堂高虎を従えて。
そして宗仁にここ数日の光秀の動き──特に伊勢貞興を中心とする動き──を確認させて、ねねはここ一連の騒動について、答えを得たように思い、まずそれを語った。
「平島公方、でっか」
宗仁はやれやれと顔を掻いた。
元々、京の町衆であった宗仁は、公方、つまり足利将軍家の跡目争いに翻弄されてきた京の歴史を知っている。
そしてその直近の足利将軍家の跡目争いといえば。
「つまり……足利義昭どのと将軍職を争った、足利義栄どのの、『平島公方』家っちゅうことですな」
「そうです」
ねねのその言葉に、宗仁は、はあとため息をした。
平島公方。
元は、第十代足利将軍・足利義稙と、第十一代足利将軍・足利義澄の争いだった。
「元は」と書いているが、この義稙と義澄の争いも根が深く、さらなる「元」が存在するが、今ここでは割愛する。
その争いは義澄の子・足利義晴という第十二代足利将軍により、収束するかに見えた。
だが義稙の子・義維を担ぎ出され、かつ、義維は義澄の実子にして義稙の養子であるという事実が、さらに混迷を深める。
そしてこの義維の系統の足利家は、阿波の平島という地を根城にしたため、こう呼ばれる。
「平島公方」
と。
その後さらに争いがあり、第十三代足利将軍・足利義輝が暗殺されるに及び、二人の足利家の連枝が、将軍にと立った。
ひとりが、足利義昭であり、もうひとりが、足利平島公方家、足利義栄である。
このとき義栄は、上洛はできなかったが、第十四代足利将軍になることに成功した。
が、義昭が明智光秀の周旋により織田信長の支援をとりつけたことにより、状況が変わった。
「今こそ、上洛の時」
信長の助力により、義昭は上洛に成功し、一方の義栄はかねてからの病(腫れ物)もあり、尾羽打ち枯らして阿波へ落ち延び、そこで失意のうちに没した。
今では、義栄の弟の義助が足利平島公方家を受け継ぎ、細々と過ごしているとの話である。
「しかし」
宗仁は突っ込む。
その平島公方を追い落としたのは織田信長であり、他ならぬ光秀は、その片棒を担いでいたではないか、と。
「そないな明智ィに、うかうかと平島公方が従うのでしょうか」
ねねはその宗仁の言葉に、眉ひとつ動かさず答えた。
「宗仁どの」
「はい」
「……今、平島公方の世話をしている方は、どなたですか?」
「どなたって……」
宗仁はその名を思い浮かべて愕然とした。
「長宗我部元親……」
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その縁を使って、光秀は平島公方を京に呼び寄せようとしているのではないか。
そしてその長宗我部からの「縁」で縛り上げてしまえば。
「そうすれば、あの、言うことを聞かない足利義昭よりは、よっぽどやりやすい公方さまの誕生です。おまけに、長宗我部も仲間にできる」
「…………」
宗仁は舌を巻いた。
光秀の策にではない。
ねねの智謀に対してだ。
しかもねねの読みは、まだ終わりではない。
「ただ、平島公方を呼んだところで、以前の幕府ほどしっかりした幕府ができるわけではありません。足利はこれまで、その力の無さから数々の争乱を招きました。そんな足利に、それも、ほぼ無名に近い方の足利に、誰が従いましょう」
「そ、それは」
たしかにそうだった。
織田信長という、これ以上ない、不世出の英傑がいたからこそ、足利義昭は「君臨」できた。
ならば、平島公方・足利義助とやらは、どうか。
「……『御輿』以上の動きは、できないでしょうね。むしろへたに才知があったりしたら、それこそ明智に掣肘を加えられ、何もできなくされるでしょう」
でも、とねねはつづける。
「それでも、明智にとっては、あの元幕臣にとっては、『御輿』として使えると判じたのです。実際に平島公方がどれほどの威光を誇るかは、わかりません。ただ、明智が『御輿』扱いできるということが大事」
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これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
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