珠光 ~一一の珠、一一の光~

四谷軒

文字の大きさ
6 / 6

06 こころを継ぐ者

しおりを挟む
 珠光は、郷里の生活を楽しんだ。
 昼下がり、農作業の一段落に。
 例の農民が、仲間を連れて、やって来る。

「珠光坊、茶をば賜われ」

 おどけていう農民に皆どっと笑い、そして珠光の点てた茶を味わうのだ。

 そうこうするうちに、古市ふるいちという豪族の若者が「茶をくれ」と庵に上がり込んで来た。

「おれは、播磨法師はりまほうしだ」

 播磨法師。
 まだこの時は出家の身だが、やがて家督を継ぎ、古市澄胤ふるいちちょういんと名乗ることになる。
 そして、珠光から「こころの文」という手紙を貰うまでになった、茶の数寄者となる男である。

「旨い」

 播磨法師は片手でばんばんと膝を叩いて、感歎の意を示した。

「茶というのは、唐物で飲み、名画とか見て、楽しめばいいと思うておった」

 実際、古市家は淋汗茶湯りんかんちゃのゆという、夏風呂淋汗と茶の湯、それに庭に滝を流し木を植えて花を飾って、さらに名画を鑑賞して香を聞いて、そして名物の茶器に茶を入れて飲んで楽しむ催し物をしていた。
 だが播磨法師はそれとはちがう、珠光の茶に関心を示した。

「最初は、つまらん茶だと馬鹿にするつもりだった」

 がははと笑ってから、播磨法師はがばと頭を下げて、珠光に弟子入りを申し込んだ。

「この茶は。おれにはわかる。唐物を使う奴より、ずっと

 播磨法師は、言葉にできないがでわかると、どんと胸を叩いた。

か……」

 こうして、播磨法師は珠光の一番弟子になった。
 それは播磨法師が古市澄胤という大名になっても変わらずつづくことになる。



山城やましろへ行くことになった」

 ある日、澄胤はそう言って、珠光へ別れを告げに来た。
 当時、山城国は、山城国一揆という、国人たちの連合体により席巻され、幕府は手を焼き、そこで、山城に影響力を持つ古市家に、白羽の矢が立ったという。

「いや、茶はつづける。ただ」

 そう言って、澄胤はちらりと後方を振り返ると、そこには一人の男が立っていた。

「お初にお目にかかります。村田と申します」

 村田は興福寺の尊教院、その下部(寺男)を務めているという。

「師よ。村田は師の子ぉいうらしい」

 澄胤は気まずそうに言った。
 澄胤はこの時、大和の守護代とも言うべき立場である。
 それにより村田がこのような境遇であることを知り、師の弟子として、どうするべきかと思い悩んでいたが、会ってみると馬が合い、茶についてもことを発見した。

「ひとつ、師に会わせてみるか」

 折りしも山城への出陣を命じられており、大和から離れる前に、この件を何とかしておこうと一念発起した。
 澄胤としては、珠光が出家の身でありながら女に手を付けても、何とも思わぬ。
 村田にも聞いたが、村田も特に今の境遇に不満はないし、珠光が大金持ちでもないので、今さら子と名乗っても、という心境である。
 そして当の珠光はというと――
 笑っていた。

「師よ?」

「いやいや、今さらながら、道賢の子と会えるとは思わなんだ。まこと、人の生きる道は、異なもの味なもの」

 珠光は村田を養子にした。
 今の自分がこうして、野の庵において茶を愉しみ、澄胤のような有為の弟子を得て、過ぎ越すことができるのも、道賢のおかげだ。
 そういう、道賢のこころが嬉しかった。
 だからこうして、道賢に報いたかった。



 村田は宗珠と名乗ることになった。
  宗珠は、実父・道賢のように名物や唐物を用いる茶を好んだ。
 だがそれもいいと珠光は思う。

「そのこころがそう命じているのなら、それもまたし。それもまた、茶」

 珠光は敢えて否定せず、宗珠の茶を見守った。
 宗珠はそれに感謝したが、ある時、それでは珠光の茶は、どうなるのかと聞いた。

「そういう茶がやりたいという者が出れば善し。出なければ、それまで」

 そう言って珠光は莞爾として笑うのだった。

 やがて珠光は亡くなり、一番弟子であった古市澄胤も戦死した。
 宗珠は武野紹鴎たけのじょうおうという弟子を得たが、それでも気になるのは、やはり珠光の茶である。

「この珠光の茶碗を継ぐ者。それはいるのだろうか」
 
 宗珠は持っていた唐物の大体は紹鴎に託した。
 ただ、珠光茶碗だけは、奈良の町の商人に渡した。
 それは、この茶碗を欲しいと思う者が現れたら売って欲しいという願いと、師父である珠光と実父である道賢の郷里なら、そういう者が現れるのではないか、という仄かな希みである。
 そして時は経ち。



「この茶碗、ええのう」

 ひとりの若者が、その茶碗を手にすることになる。
 かつて、宗珠から茶碗を売ることを託された商人は、売買の証文を作るから、名を教えてくれと若者に聞いた。

「宗易いいます」

 のちの利休である。



【了】
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...