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04 天下静謐(てんかせいひつ)こそ、織田信長の願い
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「明日、朝廷に参内しよう」
信長と信忠はごろ寝をしていた。
まるで、幼き日にお父と一緒に寝た夜のようだと信忠は感慨にふけっていた。
顔を横に向けると、信長が白髪の混じった鬢を見せながら、語り出していた。
「ことここに至っては、もはや朝廷にハッキリと申し上げるべきだな。臣、斯波信忠に征夷大将軍位を、とな」
それには明智光秀の口舌も必要だ、と信長は付け加えた。
「光秀にはそのまま、来たるべき織田幕府と朝廷との繋ぎをやってもらう」
それが、光秀の隠居後の仕事になる。
将兵の命を預かる立場から離し、政治に外交という、誤っても信長が訂正できる立場に置く。
「そこからは、ゆるゆるだ」
光秀の心身の状況を見て、出家なり何なり勧めていく。
「だが、まずは京に来てもらう」
信忠は訝しんだ。
「光秀には、中国攻めの秀吉への援軍を命じてあるのでは」
「あの光秀が、この折りに京に来いと言って素直に来るタマか」
家康の饗応の失態を贖うという名目のため、光秀は中国攻めへと向かわせた。しかしそのあと、森蘭丸に命じ、京に来いと伝えてあるという。
「光秀の自慢の兵を検分したいと言ってな。そこで光秀が上洛したら、信忠、お前がその兵を預かれ」
「預かれと言われましても」
他の将の兵を預かれと言われても、にわかにできることではない。
ましてや、相手はあの明智光秀だ。
その兵は……。
「元は、誰の兵だ?」
信長がにやりと笑った。
信忠が目を見開く。
明智光秀の兵は、元は佐久間信盛の兵だった。
信盛追放時に、その兵はそのまま光秀の配下となった。
信盛は今は亡い。
高野山で死んだ。
「だが、信盛の子はどうだ?」
「……佐久間信栄は、おれの臣じゃ」
「だろう」
信長は、感覚に従って信忠に斯波家の家督を与えたが、あとになって、そこからいろいろと考えたのではないか。
そう信忠が聞くと、信長は「そうだ」と憚ることなく答えた。
「ちなみに佐久間だけではない。津田信澄を京に戻す。お前の補佐に戻す」
津田信澄は信忠の配下で戦ったこともある。有能であるし、何より光秀の女婿だ。今この時、これほどうってつけの人材もおるまい。
「さらにだ」
信長は人の悪い笑みを浮かべた。
「奇妙、お前の忠の字を、授けた男がいるな」
「細川忠興」
「そうだ」
もうここまで来たら、信長の言わんとするところが分かる。
細川忠興は、光秀の盟友である細川藤孝の息子だ。
その忠興の妻は、お玉という。
キリシタンであり、のちに細川ガラシャとして知られる彼女は、明智光秀の娘だ。
「その忠興に、光秀の持っている幕臣としてのつながりを受け継いでもらう」
光秀は、伊勢貞興のような幕臣を家来として召し抱えている。そういう、旧幕府から連綿とつづく、統治の仕組みを知る人間を抱えている。
「さしもの光秀も、自身の娘御の相手を無下にはすまい。これなら光秀も納得しよう。何しろ、受け継ぐ相手の大元は奇妙、お前だ。のちの将軍よ。これで、わがこと成れり」
天下布武。
それにより、天下を静謐《せいひつ》にする。
信長は、そういう願いを抱いていた。
そのために戦いつづけていた。
こうして、老いるまでに。
「それももう終わる。お前に渡す。おれは光秀と共に、それを見守らせてもらおう」
信長と信忠はごろ寝をしていた。
まるで、幼き日にお父と一緒に寝た夜のようだと信忠は感慨にふけっていた。
顔を横に向けると、信長が白髪の混じった鬢を見せながら、語り出していた。
「ことここに至っては、もはや朝廷にハッキリと申し上げるべきだな。臣、斯波信忠に征夷大将軍位を、とな」
それには明智光秀の口舌も必要だ、と信長は付け加えた。
「光秀にはそのまま、来たるべき織田幕府と朝廷との繋ぎをやってもらう」
それが、光秀の隠居後の仕事になる。
将兵の命を預かる立場から離し、政治に外交という、誤っても信長が訂正できる立場に置く。
「そこからは、ゆるゆるだ」
光秀の心身の状況を見て、出家なり何なり勧めていく。
「だが、まずは京に来てもらう」
信忠は訝しんだ。
「光秀には、中国攻めの秀吉への援軍を命じてあるのでは」
「あの光秀が、この折りに京に来いと言って素直に来るタマか」
家康の饗応の失態を贖うという名目のため、光秀は中国攻めへと向かわせた。しかしそのあと、森蘭丸に命じ、京に来いと伝えてあるという。
「光秀の自慢の兵を検分したいと言ってな。そこで光秀が上洛したら、信忠、お前がその兵を預かれ」
「預かれと言われましても」
他の将の兵を預かれと言われても、にわかにできることではない。
ましてや、相手はあの明智光秀だ。
その兵は……。
「元は、誰の兵だ?」
信長がにやりと笑った。
信忠が目を見開く。
明智光秀の兵は、元は佐久間信盛の兵だった。
信盛追放時に、その兵はそのまま光秀の配下となった。
信盛は今は亡い。
高野山で死んだ。
「だが、信盛の子はどうだ?」
「……佐久間信栄は、おれの臣じゃ」
「だろう」
信長は、感覚に従って信忠に斯波家の家督を与えたが、あとになって、そこからいろいろと考えたのではないか。
そう信忠が聞くと、信長は「そうだ」と憚ることなく答えた。
「ちなみに佐久間だけではない。津田信澄を京に戻す。お前の補佐に戻す」
津田信澄は信忠の配下で戦ったこともある。有能であるし、何より光秀の女婿だ。今この時、これほどうってつけの人材もおるまい。
「さらにだ」
信長は人の悪い笑みを浮かべた。
「奇妙、お前の忠の字を、授けた男がいるな」
「細川忠興」
「そうだ」
もうここまで来たら、信長の言わんとするところが分かる。
細川忠興は、光秀の盟友である細川藤孝の息子だ。
その忠興の妻は、お玉という。
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「その忠興に、光秀の持っている幕臣としてのつながりを受け継いでもらう」
光秀は、伊勢貞興のような幕臣を家来として召し抱えている。そういう、旧幕府から連綿とつづく、統治の仕組みを知る人間を抱えている。
「さしもの光秀も、自身の娘御の相手を無下にはすまい。これなら光秀も納得しよう。何しろ、受け継ぐ相手の大元は奇妙、お前だ。のちの将軍よ。これで、わがこと成れり」
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