茜色した思い出へ ~半次郎の、人斬り~

四谷軒

文字の大きさ
5 / 6

05 人斬り、中村半次郎

しおりを挟む
 赤松小三郎は、その日――慶応三年九月三日、私塾を出て、用足しに行こうとしたところ、ちょうど薩摩藩士・篠原国幹しのはらくにもとと行き会った。

「篠原君、篠原君」

ないですか」

 篠原もまた、赤松から兵学を学ぶ身である。寡黙な男だが、赤松に対しては口を開いた。

「実は薩摩に帰った有馬君に、ふみがあってね」

「有馬にでごわすか」

 この時点で篠原は、藩が赤松を斬ることにしたことを知らない。
 密命であり、また、には特に緘口かんこうするように、厳命が下っていた。
 赤松は懐中から書状を取り出す。
 そして、篠原君が郷里にふみを送る際ので良い、と手渡した。

「承知し申した」

 篠原は書状を押しいただき、すぐにでも送ると言った。

「そこまでせんでも」

「いえ、先生のためですから」

 篠原はきびすを返して藩邸へと戻っていった。
 赤松はその背を見送り、そして旅支度を整えるため、京の町へと買い物に出た。

 ――その日はとても晴れていて、温かく、夕暮れ時にはそれはそれは美しい茜色の空になるだろうと思われた。



 中村半次郎は、田代五郎左衛門を伴って、藩邸を出た。
 先行して、三人ほど斥候ものみに出してある。
 藩邸の門をくぐる時、半次郎はちらりと田代を見て、言った。

おいが斬る」

「…………」

「不満か? だが、他ならぬ先生、おいが斬るんでなければ、おいはそいつを斬る」

「……分かった」

 こうして半次郎と田代は刺客として京の町へと出た。
 ちょうど二人が出た直後、篠原が藩邸に帰ってきたが、二人はそれを知る由も無かった。



 西郷は大久保の手紙を見て、驚く。

「赤松先生のが目的……」

 大村益次郎の推論は、こうだ。
 幕府が赤松に。赤松はその理想のため、幕府へと向かう。を、

「そも、幕府軍はフランス式。英国式の赤松君は不要……どころか、有害な敵」

 ならば排除だろう、と大村は語ったという。
 そして大久保は最後にこう締めくくった。

「上田に戻るのであれば、上田に働きかけて、せめて隠居なり蟄居なり、先生を封印してもらうよう、私が動く。動くから」

 日本この国の将来のため、赤松を斬るな。

 西郷は立ち上がった。

「小野さんサア!」

 西郷は手下の小野強右衛門に命じて、急ぎ半次郎を止めるよう、走らせた。



 夕刻。
 東洞院通ひがしのとういんどおり

 半次郎は、斥候ものみの三人から、赤松がこの通りへ向かったことを聞き、田代と頷き合った。
 この、「洞院」の意味するところは、上皇や法皇のであり、古代、平安の御世には通りに多くのあり、また、竹田街道へ出る道であるため、非常に混雑していることで知られていた。
 だが、この日の夕刻、その混雑が嘘のように、通りは閑散としていた。
 まるで、これから行う暗殺にあつらえたようだ。
 そう思う半次郎は、視線の先に赤松の姿を認めた。

「いた」

 田代は返事をせず、黙って半次郎と通りの左右に分かれた。
 通りの左と右の双方から、赤松を追い詰める意図である。

「…………」

 歩みは重いが、止めるべくもなく、田代の方はむしろ気取られぬためであったが、二人はゆっくりと、ゆっくりと赤松との距離を縮めていく。
 あと数歩。
 そう思った時だった。

「中村君」

 赤松が振り向いた。

「先生……」

 半次郎は刀を握った。

「僕を斬る気かい」

「主命、ごわんど……」

 何を悠長なと言いたげな田代を、半次郎はめつける。

「そんな剣呑な気を洩らしちゃあ、駄目だ」

 いかに剣に疎い僕でも気づくよ、と赤松は笑った。

「でも、薩摩を裏切る形になる以上、こうなることは、ある意味、分かって当然だった」

 赤松は笑いながら、懐中に手を伸ばす。

「では」

 赤松が懐中から短銃を。
 撃鉄に指を。
 その瞬間。
 半次郎が、抜刀。

「……チェストォオ!」

 万感の想いを込めた、斬。
 短銃が、宙に飛んだ。
 茜色した、夕空に。
 赤松の、紅い血も。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

処理中です...