連戦 ~新田義貞の鎌倉攻め~

四谷軒

文字の大きさ
8 / 12
破 久米川の戦い

08 鶴の頭

しおりを挟む
「その時こそ、おれたちの勝ちよ」
 そううそぶくと、新田義貞は、河越高重に聞いた。
「河越どの、その鶴翼の陣とやらはあの真ん中のが本陣なんだな?」
「……あ、ああ、そうだ」
「よしっ」
 義貞は親指で髭についた血を拭うと刀を振り上げた。
「つづけ! おれのあとにつづけ! 全軍、敵、鶴翼のを叩け!」
 義貞は近づいてきた幕府兵を蹴り飛ばして、そのまま敵中へと突入した。義貞の弟の脇屋義助も、迷わずその後を追った。
 それを見て呆気に取られていた河越高重だが、一瞬後に正気に戻り、そして笑った。
「……面白い奴だ。鶴翼の鶴の頭を叩くだと? 実に面白い! いいぞ、乗ってやろうではないか! 武蔵七党、つづけ!」
 おめき声を上げて、坂東武士の後継者たる武蔵七党も吶喊とっかんする。

 慌てたのは幕府軍である。
 ただひたすらに、幕府軍の真ん中に位置する――鶴の頭、本陣を衝こうとする新田軍。
 その勢いに、幕府軍総帥、桜田貞国は狼狽うろたえる。
「ばかな、鶴翼だぞ! 挟まれる前に、逃げるのが定石ではないか!」
 昨夜、義貞のが分かったと言っていたが、ここまでは予想していなかった。
 それどころか、今、鶴翼は右に左にと伸びきっており、貞国の号令を待ってから包囲攻撃をと、瞬間であった。
「……くっ、どうする」
 ここで貞国は、強引にでも全軍に挟み撃ちを命じるべきであった。あるいは全軍突撃を。
 だが貞国は躊躇した。
 何もせず、躊躇してしまった。
 そして、その隙を逃がすほど、新田義貞は愚かではなかった。
「かかれ!」
 義貞はまっしぐらに馬を飛ばして、本陣を猛襲する。
 義貞につづき、脇屋義助、河越高重らが雄叫おたけびを上げながら突撃する。
「死ねや! ここで幕府軍を破れば、多摩川ぞ! 武蔵野のぞ! 多摩川を越えて、相模さがみへ、鎌倉へ! 攻め入るぞ、者共! 死ねや!」
 死ねと叫ぶ義貞自身が敵中へ飛び込み、まさに死ぬ思いで右へ左へと刀を振るって、敵将を討たんとしている。
 それを見て、新田軍の将兵はたかぶるのだ。
 われもつづかん、と。

「これは……たまらん!」
 見る見るうちに、幕府軍は新田軍にいき、その過程で、長崎泰光の軍と加治二郎左衛門の軍は撃破されてしまった。
 こうなってしまっては、後がないのは幕府軍である。
 貞国自身までが討ち取られては、北条一門としての沽券こけんにかかわる。
「足利ならともかく……新田ごときに……!」
 貞国は無念ながらも、撤退を命じた。

 ……こうして戦いは終わった。
 義貞が叫ぶ。
勝鬨かちどきを上げよ!」
 新田軍は歓呼をもっこたえた。 

 次なる戦場は、多摩川、分倍河原ぶばいがわら
 その分倍河原にて、幕府軍、新田軍最大の激突が始まる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

紫房ノ十手は斬り捨て御免

藤城満定
歴史・時代
本所北割下水七十俵五人扶持小柳一郎兵衛が三男伝三郎は心鏡一刀流の腕前を買われて常日頃から南町奉行所年番方与力笹村重蔵に頼まれて凶賊や辻斬りなどの捕物出役の手伝いをする事がしばしばあった。その功績を認められて、南町奉行大岡越前守忠相様から直々に異例の事ではあるが、五十俵二人扶持にて同心としてお召し抱えいただけるというお話しがあったので、伝三郎は一も二もなく食い付いた。また、本来なら朱房の十手なのだが、数多の功績と比類を見ない剣術の腕前、人柄の良さを考慮されて、恐れ多くも将軍家から大岡越前守忠相様を介して『紫房ノ十手』と『斬り捨て御免状』、同田貫上野介二尺三寸五分、備前祐定一尺五寸、定羽織、支度金二十五両を下賜された。ここに後の世に『人斬り鬼三郎』と呼ばれる同心が誕生したのだった。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

処理中です...