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03 尊厳王フィリップ
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「時こそ至れり」
アーサーは失ったが、プランタジネット朝の大陸領の大半はフィリップ二世の手中に入った。
「今度はこちらから攻め入る」
フィリップはローマ教皇の命令を取り付け、それを大義名分としてイングランドを攻めようとした。
ところが、ジョンは教皇に領土を差し出すという奇手に出た。
教皇もイングランドを直接支配するわけにもいかず、ジョンに与えて、優位を示すことにした。
「イングランドこれすなわち教皇領」
これで、ジョンは教皇から土地を与えられた家臣とり、フィリップは大義名分を失ってしまう。
一方でジョンは海軍を整備していた。
次いで外交に目を向けた。
「フランドル伯はフィリップ二世と反目している。手を組もう」
フランドル伯フェランは当時、フィリップの侵攻により、その土地を失っていた。
「そして神聖ローマ皇帝」
時の神聖ローマ皇帝はオットー四世といい、ジョンの甥である。オットーは、ホーエンシュタウフェン家のフリードリヒ二世に帝位を狙われていた。そのフリードリヒを支持していたのが、フィリップである。
「フランドル、神聖ローマ帝国、そしてわがイングランド。この連衡により、フランスを追い詰める」
ジョンの海軍と外交は上手く機能し、フィリップがフランドルへ攻め入ったところを、イングラド海軍がフランス海軍を駆逐し、フィリップは撤退を余儀なくされた。
「時こそ至れり」
今度はジョンの台詞である。
ジョンがこの時考案したのは大規模二正面作戦である。
ジョンは南仏に進出し、一方でフランドル伯フェランと神聖ローマ皇帝オットー四世は連合して北仏に進撃するという、壮大な挟み撃ちである。
「散々やられてきたが、今こそ」
プランタジネット朝において長きにわたる、フランスとの確執。
「今こそ、このジョンが」
むろん、ジョンとて何の代償も払っていないわけではない。兄と同じく重税を課していた。
「これに勝てば」
今やフランスの領土となっている、大陸領が戻れば。
「プランタジネットの財は戻り、こうあくせく戦わずに済む」
ミラボーの速攻といい、今回の大規模挟撃といい、ジョンには戦略戦術の才能が有った。教皇に敢えて領地を差し出すという、外交の才も持ち合わせていた。
だが、ジョンの不幸は、その相手が尊厳王フィリップだったことにある。
*
ジョン王は国内の不満の声に「勝つためだ」と答え、艦隊を率いて、南仏へと向かった。
一方、神聖ローマ皇帝オットー四世はドイツの各諸侯を糾合しており、フランドル伯フェランはそのオットーの到着を待って、連合軍を形成し、フランスを攻めるとの書状が届いた。
「進軍!」
ガスコーニュに到着したばかりのジョンは、進軍を命じた。
「南北からの攻め。これによりフランスに時間を空費させる」
かつてはフィリップの姦計により、兄リチャードの王位を狙う企みの首謀者にされたジョンであるが、今やフィリップと互角の策戦を繰り広げるまで成長していた。
が、ジョンには二つ誤算があった。
ひとつは、オットーが予想以上にドイツ諸侯を集めるのに手間がかかったこと。
もうひとつは、フィリップの息子、王太子ルイの存在である。
やがてルイ八世となるこの王太子は、後世「獅子王」と称せられるほどの才気に満ちていた。
フィリップは南北からの攻めを知ると、王太子ルイに一軍を与え、南へと向かわせた。
「攻めよ。さすれば、ジョンは引きこもるであろう」
ルイとしても攻勢をかけることに異議は無かったが、フィリップが何故そのような指示をするか問うた。
「王たる予が出れば、なるほどジョンは決着をつけるために出て来よう。しかし……王太子が相手であれば、お前を引き付けることが己が役割と判じ、ガスコーニュに引きこもって持久戦に出る」
「そう簡単に行きましょうか」
「行く」
ジョンは南北挟撃により、フィリップに時間を空費させて、そのうちに南北双方から進撃して、フランスの土地を蚕食しようという腹である。
しかしその北の方、神聖ローマ帝国のオットーがドイツ諸侯糾合のため、逆に時間を空費している。
「これで神聖ローマ帝国とフランドル伯も南下していれば、まだジョンも攻めに出ようというものだが……そうでない以上、待ちに徹するほかあるまい」
挟撃が孤撃になってしまった場合、不利なのは逆にイングランドである。
「しかし」
ルイは根本的な疑問を口にする。
「いかに遅いとはいえ、神聖ローマ帝国はやって来る。それは」
「それは、予が相手する」
「父上が」
「うむ」
サラディンやリチャード獅子心王相手に、ただで戦っていたわけではない、とフィリップはうそぶいた。
王太子ルイは、父の指示通りポワチエでジョンと一戦を交えた。その後、ジョンはガスコーニュへと引き払った。
「強い。が、それほどの武将をこちらに引きつけておけば」
ジョンとしては、フィリップの武将としての才は中くらいと評価していた。なるほど、政略や謀略の才は長けている。だが、戦いでは負けが多い。
「兄には及ばない。それはこのジョンも同様であるが」
だが、オットーの率いる大軍にはかなうまい。
今、フランス軍の主力は王太子ルイの下にある。フィリップには、兵が残されていない。
「つまるところ、この南北両攻めの肝はここにある。フランスにとっては、あくまでも敵はイングランド。だから主力を当ててくる。だが、その隙に」
あとは甥のオットーが――神聖ローマ帝国皇帝が、フィリップを撃破すれば終わりだ。
そして一二一四年七月二十七日。
ブーヴィーヌ。
神聖ローマ帝国と、フランスは、激突する。
アーサーは失ったが、プランタジネット朝の大陸領の大半はフィリップ二世の手中に入った。
「今度はこちらから攻め入る」
フィリップはローマ教皇の命令を取り付け、それを大義名分としてイングランドを攻めようとした。
ところが、ジョンは教皇に領土を差し出すという奇手に出た。
教皇もイングランドを直接支配するわけにもいかず、ジョンに与えて、優位を示すことにした。
「イングランドこれすなわち教皇領」
これで、ジョンは教皇から土地を与えられた家臣とり、フィリップは大義名分を失ってしまう。
一方でジョンは海軍を整備していた。
次いで外交に目を向けた。
「フランドル伯はフィリップ二世と反目している。手を組もう」
フランドル伯フェランは当時、フィリップの侵攻により、その土地を失っていた。
「そして神聖ローマ皇帝」
時の神聖ローマ皇帝はオットー四世といい、ジョンの甥である。オットーは、ホーエンシュタウフェン家のフリードリヒ二世に帝位を狙われていた。そのフリードリヒを支持していたのが、フィリップである。
「フランドル、神聖ローマ帝国、そしてわがイングランド。この連衡により、フランスを追い詰める」
ジョンの海軍と外交は上手く機能し、フィリップがフランドルへ攻め入ったところを、イングラド海軍がフランス海軍を駆逐し、フィリップは撤退を余儀なくされた。
「時こそ至れり」
今度はジョンの台詞である。
ジョンがこの時考案したのは大規模二正面作戦である。
ジョンは南仏に進出し、一方でフランドル伯フェランと神聖ローマ皇帝オットー四世は連合して北仏に進撃するという、壮大な挟み撃ちである。
「散々やられてきたが、今こそ」
プランタジネット朝において長きにわたる、フランスとの確執。
「今こそ、このジョンが」
むろん、ジョンとて何の代償も払っていないわけではない。兄と同じく重税を課していた。
「これに勝てば」
今やフランスの領土となっている、大陸領が戻れば。
「プランタジネットの財は戻り、こうあくせく戦わずに済む」
ミラボーの速攻といい、今回の大規模挟撃といい、ジョンには戦略戦術の才能が有った。教皇に敢えて領地を差し出すという、外交の才も持ち合わせていた。
だが、ジョンの不幸は、その相手が尊厳王フィリップだったことにある。
*
ジョン王は国内の不満の声に「勝つためだ」と答え、艦隊を率いて、南仏へと向かった。
一方、神聖ローマ皇帝オットー四世はドイツの各諸侯を糾合しており、フランドル伯フェランはそのオットーの到着を待って、連合軍を形成し、フランスを攻めるとの書状が届いた。
「進軍!」
ガスコーニュに到着したばかりのジョンは、進軍を命じた。
「南北からの攻め。これによりフランスに時間を空費させる」
かつてはフィリップの姦計により、兄リチャードの王位を狙う企みの首謀者にされたジョンであるが、今やフィリップと互角の策戦を繰り広げるまで成長していた。
が、ジョンには二つ誤算があった。
ひとつは、オットーが予想以上にドイツ諸侯を集めるのに手間がかかったこと。
もうひとつは、フィリップの息子、王太子ルイの存在である。
やがてルイ八世となるこの王太子は、後世「獅子王」と称せられるほどの才気に満ちていた。
フィリップは南北からの攻めを知ると、王太子ルイに一軍を与え、南へと向かわせた。
「攻めよ。さすれば、ジョンは引きこもるであろう」
ルイとしても攻勢をかけることに異議は無かったが、フィリップが何故そのような指示をするか問うた。
「王たる予が出れば、なるほどジョンは決着をつけるために出て来よう。しかし……王太子が相手であれば、お前を引き付けることが己が役割と判じ、ガスコーニュに引きこもって持久戦に出る」
「そう簡単に行きましょうか」
「行く」
ジョンは南北挟撃により、フィリップに時間を空費させて、そのうちに南北双方から進撃して、フランスの土地を蚕食しようという腹である。
しかしその北の方、神聖ローマ帝国のオットーがドイツ諸侯糾合のため、逆に時間を空費している。
「これで神聖ローマ帝国とフランドル伯も南下していれば、まだジョンも攻めに出ようというものだが……そうでない以上、待ちに徹するほかあるまい」
挟撃が孤撃になってしまった場合、不利なのは逆にイングランドである。
「しかし」
ルイは根本的な疑問を口にする。
「いかに遅いとはいえ、神聖ローマ帝国はやって来る。それは」
「それは、予が相手する」
「父上が」
「うむ」
サラディンやリチャード獅子心王相手に、ただで戦っていたわけではない、とフィリップはうそぶいた。
王太子ルイは、父の指示通りポワチエでジョンと一戦を交えた。その後、ジョンはガスコーニュへと引き払った。
「強い。が、それほどの武将をこちらに引きつけておけば」
ジョンとしては、フィリップの武将としての才は中くらいと評価していた。なるほど、政略や謀略の才は長けている。だが、戦いでは負けが多い。
「兄には及ばない。それはこのジョンも同様であるが」
だが、オットーの率いる大軍にはかなうまい。
今、フランス軍の主力は王太子ルイの下にある。フィリップには、兵が残されていない。
「つまるところ、この南北両攻めの肝はここにある。フランスにとっては、あくまでも敵はイングランド。だから主力を当ててくる。だが、その隙に」
あとは甥のオットーが――神聖ローマ帝国皇帝が、フィリップを撃破すれば終わりだ。
そして一二一四年七月二十七日。
ブーヴィーヌ。
神聖ローマ帝国と、フランスは、激突する。
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