4 / 6
04 年明けこそ鬼笑う
しおりを挟む
さて、南北朝の終結という話題には欠かせない男がいる。
楠木正成の末子、楠木正儀である。
父・正成、兄・正行のような派手さは無いものの、言葉を発することも、感情を出すことも滅多にない正儀は、この時代を生き抜き、やがては北朝の管領・細川頼之との協力により、時代を南北朝の終結へと導くことになる。
「…………」
正儀は、主・後村上帝の勅命を仰ぎ見て、そしてそれを丁寧にしまったあと、命令を下した。
「出陣」
四條畷の戦いにおいて兄を失って、楠木家の家督、そして南朝の軍事指導者としての地位を継承してそのまま初陣し、北朝の名将・高師直と激戦を繰り広げた男・正儀が馬を進める。
それにならって、楠木党の面々も揃って馬を進める。
「…………」
後村上帝の勅命は、簡潔であった。
――京を攻めよ、と。
後村上帝は義良親王と呼ばれた頃から、北畠親房について陸奥へと赴き、そこで親房と苦楽を共にしてきた、戦友ともいうべき間柄だった。
そのため、後村上帝は、親房亡き今、何としてもその念願である南朝復興をかなえるため、必死だった。
それは正儀にも分かる。
正儀とて、親房の想いは分かる。
できうることなら、かなえてやりたい。
だが。
「……これでいいのか?」
その呟きは、誰にも拾われないまま、空に散った。
西で足利直冬が派手に耳目を集めておき、一方で楠木正儀が南から攻め入る。
その作戦は、北畠親房が考えたものだった。
見事な策だ。
しかし。
「京は落とせるかもしれない。しかし、それから……どうする?」
正儀の基本戦略は、兵站(兵糧の供給)を確保し前進していくことを旨としている。
その基本戦略によるならば、京を陥落せしめたところで、兵站が確保されなければ、奪還されるのみ。
事実、これまで正儀は二度ほど京を陥しているが、その二度とも兵站を確保できずに奪還を許している。
「そもそも、帝は、京を陥したあと、いかがなさるおつもりか」
京を抑えたことによる強みを活かして、和平へとつなげるのか。
それとも、京よりさらに勢力を拡大し、戦火を広げるのか。
そのあたりがはっきりしない。
というか、何も考えていないように見受けられる。
「もし准后が生きていれば……」
それは言っても詮無きこと。
正儀はひとつ頭を振ると、これから起こるであろう戦いに意識を集中した。
――稀代の名将・足利尊氏との戦いに。
*
楠木正儀の南からの攻勢を受け、足利尊氏は、あっさりと京から退いた。
換言すれば、尊氏としては、大事な玉――後光厳天皇を取られるわけにもいかず、安全策を採って、近江まで退いた結果である。
ただそれは一戦した結果ではないので、南朝としては、京にいつでも戻れる態勢のまま、いわば近江に駐留しているかたちに見えた。
「好機である」
播磨にて弟である足利義詮と対峙していた足利直冬は、麾下の桃井直常に、越前から南下して、京に入るよう命じた。
近江に盤踞する尊氏を警戒しての、北からの侵攻だが、直常は特に抵抗らしい抵抗も受けず、坂本からの入京を果たす。
これに対し尊氏は京へ兵を進めることはなく、それどころか、上野の勢多まで退いてしまう。
それを知った直冬は、義詮との対峙にある程度の将兵を残し、自身は数千の別動隊を率いて、京に入った。
時あたかも一三五五年一月。
年明けこそ鬼笑う。
その、北畠親房の死に際しての言葉が、かなった。
かのように――見えた。
楠木正成の末子、楠木正儀である。
父・正成、兄・正行のような派手さは無いものの、言葉を発することも、感情を出すことも滅多にない正儀は、この時代を生き抜き、やがては北朝の管領・細川頼之との協力により、時代を南北朝の終結へと導くことになる。
「…………」
正儀は、主・後村上帝の勅命を仰ぎ見て、そしてそれを丁寧にしまったあと、命令を下した。
「出陣」
四條畷の戦いにおいて兄を失って、楠木家の家督、そして南朝の軍事指導者としての地位を継承してそのまま初陣し、北朝の名将・高師直と激戦を繰り広げた男・正儀が馬を進める。
それにならって、楠木党の面々も揃って馬を進める。
「…………」
後村上帝の勅命は、簡潔であった。
――京を攻めよ、と。
後村上帝は義良親王と呼ばれた頃から、北畠親房について陸奥へと赴き、そこで親房と苦楽を共にしてきた、戦友ともいうべき間柄だった。
そのため、後村上帝は、親房亡き今、何としてもその念願である南朝復興をかなえるため、必死だった。
それは正儀にも分かる。
正儀とて、親房の想いは分かる。
できうることなら、かなえてやりたい。
だが。
「……これでいいのか?」
その呟きは、誰にも拾われないまま、空に散った。
西で足利直冬が派手に耳目を集めておき、一方で楠木正儀が南から攻め入る。
その作戦は、北畠親房が考えたものだった。
見事な策だ。
しかし。
「京は落とせるかもしれない。しかし、それから……どうする?」
正儀の基本戦略は、兵站(兵糧の供給)を確保し前進していくことを旨としている。
その基本戦略によるならば、京を陥落せしめたところで、兵站が確保されなければ、奪還されるのみ。
事実、これまで正儀は二度ほど京を陥しているが、その二度とも兵站を確保できずに奪還を許している。
「そもそも、帝は、京を陥したあと、いかがなさるおつもりか」
京を抑えたことによる強みを活かして、和平へとつなげるのか。
それとも、京よりさらに勢力を拡大し、戦火を広げるのか。
そのあたりがはっきりしない。
というか、何も考えていないように見受けられる。
「もし准后が生きていれば……」
それは言っても詮無きこと。
正儀はひとつ頭を振ると、これから起こるであろう戦いに意識を集中した。
――稀代の名将・足利尊氏との戦いに。
*
楠木正儀の南からの攻勢を受け、足利尊氏は、あっさりと京から退いた。
換言すれば、尊氏としては、大事な玉――後光厳天皇を取られるわけにもいかず、安全策を採って、近江まで退いた結果である。
ただそれは一戦した結果ではないので、南朝としては、京にいつでも戻れる態勢のまま、いわば近江に駐留しているかたちに見えた。
「好機である」
播磨にて弟である足利義詮と対峙していた足利直冬は、麾下の桃井直常に、越前から南下して、京に入るよう命じた。
近江に盤踞する尊氏を警戒しての、北からの侵攻だが、直常は特に抵抗らしい抵抗も受けず、坂本からの入京を果たす。
これに対し尊氏は京へ兵を進めることはなく、それどころか、上野の勢多まで退いてしまう。
それを知った直冬は、義詮との対峙にある程度の将兵を残し、自身は数千の別動隊を率いて、京に入った。
時あたかも一三五五年一月。
年明けこそ鬼笑う。
その、北畠親房の死に際しての言葉が、かなった。
かのように――見えた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小日本帝国
ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。
大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく…
戦線拡大が甚だしいですが、何卒!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる