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03 前哨戦
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当時、朱元璋は、宋の韓林児の臣下だった。
朱元璋としては、韓林児の臣下であれば、元からの攻撃は主である宋に向かうという意図があった。
ところが。
「張士誠が韓林児を攻めている?」
張士誠も、朱元璋と陳友諒の争いの隙を衝いて、韓林児の勢力を呑みにかかった。
「出る」
朱元璋は主である韓林児の救出を決意する。
「愚かな」
劉基は止めた。
陳友諒が兵を集めている。
「たかが小僧のために、留守にするとは何事か」
朱元璋から「わが子房」と敬われた劉基ならではの諫言である。
だが朱元璋はそれを振り切り、韓林児救出に向かった。
*
「こうなった以上、陳友諒は必ずや攻めてくるに相違ない」
劉基は陳友諒の攻撃の道筋を予測した。
「まずは長江を下って鄱陽湖に出る。すると南昌」
南昌は鄱陽湖の南端のさらに奥。
ここなら、朱元璋が軍を返したとしても、至るまでに日数がかかる。
劉基は南昌の守将の名を思い出す。
「朱文正と鄧愈だと!?」
唸った。
朱文正は朱元璋の甥である。貧農の出で家族と死に別れた朱元璋にとって一族は宝であり、その宝を南昌に置いているということは。
「決して見捨てないということか。それに鄧愈」
こんな話がある。
鄧愈は元軍から攻められた時、援軍が来るまで持ちこたえ、その援軍と挟み撃ちにして元軍を打ち破った。さらに元軍を追撃し、拠点を三つも奪い取ったという。
「実績というだけではない。そういう運もある男」
他にも鄧愈の武勇談は尽きない。だが、そういう男がいるというだけで、兵は勇気づけられる。
「つまり、計算づく。恐るべき主を持ったものだ」
おそらく、陳友諒の間諜がいることを警戒してか。
それは打ち合わせなどしていない、本物の動き、本物の言葉であり、芝居などではない。
これらを、全て考えた上で実行するという、朱元璋は大した玉である。
「であれば、この劉基がすべきことは」
劉基は康茂才を呼んだ。
そして何事かを指示すると、諸将の前に「朱元璋よ、この大事なときに」と罵った。
*
南昌。
陳友諒の大艦隊の登場に驚倒する南昌の者たちだったが、鄧愈が「籠城を」と進言すると、朱文正はそれを容れ、南昌は防衛の構えを取った。
朱文正は、ここは用兵巧者の鄧愈に全て委ねるのが得策と判じた。
「鄧将軍、ぜひ、全軍の指揮を」
「お任せを」
鄧愈も心得たもので、指示を下しながらも、重要事項については、必ず朱文正に事前の許可を得ていた。
「陳友諒艦隊、迫ります」
「よし、おれが出る」
鄧愈は拱手して朱文正に出撃の許可を求めた。
朱文正は鷹揚に頷いた。
「火竜槍用意」
宋金戦争当時に火槍なる火薬の兵器が導入されたと言われる。やがてそれは蒙古襲来という洗礼を経て、火竜槍という火砲が開発されていた。
「撃て」
轟音と共に、火箭が走る。
さしもの巨艦も焼けてはたまらずと、回頭していく。
「やったか」
前線視察に来た朱文正が鄧愈に問うと「いえ」と答えられた。
「まずは小手調べでしょう。油断は禁物」
「そうか」
やはりここは朱元璋に来てもらわねばと、朱文正は思った。
そして、それまで鄧愈を含めた将兵を支えるのが、己の役割であると強く思った。
朱元璋としては、韓林児の臣下であれば、元からの攻撃は主である宋に向かうという意図があった。
ところが。
「張士誠が韓林児を攻めている?」
張士誠も、朱元璋と陳友諒の争いの隙を衝いて、韓林児の勢力を呑みにかかった。
「出る」
朱元璋は主である韓林児の救出を決意する。
「愚かな」
劉基は止めた。
陳友諒が兵を集めている。
「たかが小僧のために、留守にするとは何事か」
朱元璋から「わが子房」と敬われた劉基ならではの諫言である。
だが朱元璋はそれを振り切り、韓林児救出に向かった。
*
「こうなった以上、陳友諒は必ずや攻めてくるに相違ない」
劉基は陳友諒の攻撃の道筋を予測した。
「まずは長江を下って鄱陽湖に出る。すると南昌」
南昌は鄱陽湖の南端のさらに奥。
ここなら、朱元璋が軍を返したとしても、至るまでに日数がかかる。
劉基は南昌の守将の名を思い出す。
「朱文正と鄧愈だと!?」
唸った。
朱文正は朱元璋の甥である。貧農の出で家族と死に別れた朱元璋にとって一族は宝であり、その宝を南昌に置いているということは。
「決して見捨てないということか。それに鄧愈」
こんな話がある。
鄧愈は元軍から攻められた時、援軍が来るまで持ちこたえ、その援軍と挟み撃ちにして元軍を打ち破った。さらに元軍を追撃し、拠点を三つも奪い取ったという。
「実績というだけではない。そういう運もある男」
他にも鄧愈の武勇談は尽きない。だが、そういう男がいるというだけで、兵は勇気づけられる。
「つまり、計算づく。恐るべき主を持ったものだ」
おそらく、陳友諒の間諜がいることを警戒してか。
それは打ち合わせなどしていない、本物の動き、本物の言葉であり、芝居などではない。
これらを、全て考えた上で実行するという、朱元璋は大した玉である。
「であれば、この劉基がすべきことは」
劉基は康茂才を呼んだ。
そして何事かを指示すると、諸将の前に「朱元璋よ、この大事なときに」と罵った。
*
南昌。
陳友諒の大艦隊の登場に驚倒する南昌の者たちだったが、鄧愈が「籠城を」と進言すると、朱文正はそれを容れ、南昌は防衛の構えを取った。
朱文正は、ここは用兵巧者の鄧愈に全て委ねるのが得策と判じた。
「鄧将軍、ぜひ、全軍の指揮を」
「お任せを」
鄧愈も心得たもので、指示を下しながらも、重要事項については、必ず朱文正に事前の許可を得ていた。
「陳友諒艦隊、迫ります」
「よし、おれが出る」
鄧愈は拱手して朱文正に出撃の許可を求めた。
朱文正は鷹揚に頷いた。
「火竜槍用意」
宋金戦争当時に火槍なる火薬の兵器が導入されたと言われる。やがてそれは蒙古襲来という洗礼を経て、火竜槍という火砲が開発されていた。
「撃て」
轟音と共に、火箭が走る。
さしもの巨艦も焼けてはたまらずと、回頭していく。
「やったか」
前線視察に来た朱文正が鄧愈に問うと「いえ」と答えられた。
「まずは小手調べでしょう。油断は禁物」
「そうか」
やはりここは朱元璋に来てもらわねばと、朱文正は思った。
そして、それまで鄧愈を含めた将兵を支えるのが、己の役割であると強く思った。
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