岩倉具視――その幽棲の日々

四谷軒

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01 岩倉村

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 岩倉具視いわくらともみは下級の公家の生まれである。本来であればそのまま、凡百の公家らと混じり合い融け合い、そしてそのまま歴史の影に消えていく存在であったかもしれない。

 しかし――時代は幕末であった。

 岩倉は志向としては帝を上位とし、諸外国を追い払うべきとする尊王攘夷であったが、一方で徹底したリアリストとして、直接的な尊王を避け――まずは徳川家への圧力をかけ、時には公武合体策として、皇女和宮を将軍家へ降嫁させるべく尽力し実現した。
 また、攘夷と言っても、直接的な攘夷、拒絶ではなく、まず諸外国の実力を把握し、しかるのちに対抗策を練るという現実的な方針を支持した。

 しかし――それは、一般的な尊王攘夷論者からは手緩てぬるいものであり、特に和宮降嫁は看過できないものとして、突き上げを食らい、とうとう――洛外へと事実上の追放の憂き目に遭い、しかも出家までさせられる破目になった。



「――というわけで、麿まろは出家したゆえ友山ゆうざんと号する」

 岩倉は、洛外の岩倉村の大工から屋敷を貰い受け、そこに幽棲することにした。勅命により洛中に入ってはならないことになっているので、今少し洛中に近くても良いのだが、そうすると尊攘派の浪士なり何なりが来やすくなり、身の安全が図れないと言うことで、婿の具綱ともつなが周旋したこの屋敷に移った。
 付き従うは、妻の槇子まきこと二人の息子、具定ともさだ八千麿やちまろ(幼名、後に具経ともつねを名乗る)である。
 岩倉は重々しく家族に法名「友山」を告げると、悔しさに打ち震えた。

 何故に、麿がこのような目に遭わねばならないのか。
 だが、麿のことをきっと、きっと分かってくれる者が居るはず。
 そういう者がこの岩倉村に至りて、麿を宮中へ戻してくれる。

 そう思った岩倉は、感極まり、つい、先年亡くなった志士・斎藤監物の遺作とも言うべき七言律詩「兒島高徳こじまたかのり」が口に出る。

「――踏み破る~千山万岳せんざんばんがくの煙~」

 岩倉の趣味は謡曲であった。
 それを耳にした岩倉の家族は、岩倉の心中を察したのか、そそくさと出て行った。
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