いつの日か、きみとサンタクロースと

名木雪乃

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出会い編

06 ジョンの大事なもの

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 リジーは初仕事を無事に終え、アパートメントに向かって通りをよろよろ歩いていた。
 足が痛い、怠い。靴擦れも痛い。
 リジーは自分は体力はある方だと思っていたが、甘かったと反省する。



 アンティークショップ<スカラムーシュ>の灯りが外に漏れている。
 疲れた身体に癒しを与えてくれそうな光。

 ドアには閉店の札がかかっていたが、光に集まる虫のように条件反射的に中を覗いてしまっていた。

 中にいたジョンと目が合う。
 ジョンの瞳が大きく見開かれた。

(あ、まずい。どうしよう~)

 リジーがおたおたしている間に、ジョンが近づいて来てドアを開けた。


「おかえり、リジー。今、仕事帰り? 初出勤だったかな。お疲れ様」

 ジョンの何気ない言葉にホッとする。

「ただいま、ジョン。ごめんなさい、覗いたりして。もうお店終わり……ですよね」
「僕はまだ仕事があるから、開けてはいるけど。中を見る?」
「癒されたくて……。というかアンティーク大好きなんです。見ていいんですか」
「どうぞ、自由に見ていいよ」
「わあ、ありがとう」

 店の中に入ると、リジーは懐かしさを感じるような心地よい光に包まれた。

(なんだろう、この安らぎ。疲れが飛んでゆく感じ)


 仕事先のモダンな家具とは違う落ち着きのある木製の家具たち。
 リジーは家具を撫でながら、木の肌触りを楽しみながらゆっくり見て回った。

 デザインの違う椅子が4脚置いてある濃い茶色のどっしりしたテーブルが目に入った。

 ~どうぞ腰かけて一休みしてください~と、テーブルの上にメモが置いてあった。

 引き寄せられるように座る。目を閉じてテーブルに伏して腕を伸ばした。


 すごく、懐かしい感じがする……。

 ひんやりしているのに、どこか温もりがある。


 リジーは朝からの緊張が緩ゆるみ、いつの間にかテーブルに伏したまま意識を失った。




「リジー、そろそろ店を閉めたいから、起きて……」

 ジョンの声にハッと頭をあげると、頬のあたりが冷たい。
 しかも目線を落とすとテーブルの上に小さな水たまりがあった。

「はっ!? や、よ……」

(よ、よだれ!!)

「どどどど、どうしよう……。ごめんなさい」

 リジーは恥ずかしさのあまり、頭からつま先まで一気に身体の中の血が沸騰した気がした。
 慌ててポケットからピンクの花柄のレースのハンカチを取り出すと、立ち上がって頬とテーブルを拭いた。

(ありえない! どうしよう、売り物のテーブルによだれを垂らすなんて)

 ジョンは背を向けていたが、肩が揺れている。

「すみません、売り物になんてこと。あの、このテーブル買います!」
「そのテーブルは、売り物じゃなくて商談用だから気にしなくていいよ」

 ジョンは特に怒った感じもなく、目元を指で軽く拭っている。

「そんな……。買わせてください!」

 リジーは食い下がった。

 すると、ジョンは瞬きもせずにじっとリジーを見据えた。

「気に入ったの? 気に入ったのなら譲るけど、ただ悪いと思ってそう言ってるなら譲れないよ。このテーブルは、僕個人のとても大事な物なんだ」

(ジョンの大事な物……)

 リジーは息が詰まった。

「す、すみません。軽々しく買うなんて言って」

リジーはうなだれた。ジョンの初めて見る真剣な表情が怖かった。

「どうやってお詫びすれば……」

 俯いて、顔があげられなかった。
 唇を噛み締める。


「お詫びはいらない。……それじゃあ、手伝って。きみが暇なときでいいから、店の在庫の家具の乾拭からぶき。わかった?」

「へ? あ、はい、わかりました! 喜んで!!」

 リジーはようやく顔をあげることができた。
 ジョンが穏やかな表情に戻っていたので、リジーは胸をなでおろした。

「じゃあ、店を閉めるから、外に出てくれる?」

「はい」


 ふたりは連れだって店の外に出た。



「あの、昨日はパンをありがとう。とてもおいしかったです。ハワイアンブレッドのおいしさの秘密って、もしかしてパイナップルが入ってます?」

 階段を上がり切って別れる間際、リジーは昨日の問いかけを思い出して言った。

「よくわかったね。パイナップルジュースで練ってるそうだよ。僕はわからなくてクリスティさんに聞いたんだ」
「パイナップルだって主張しないくらいの微かな香りがいいですよね。まるまるひとつ食べても全然飽きなくて! 帰ってすぐ食べて、夕食にも食べちゃいました」

「え? あれを3つ、昨日食べきったの?」

 ジョンの驚く顔を見て、リジーは顔がひきつった。

「昨日はとてもお腹が空いていて……。いつもはそんなに食いしん坊じゃないですから!」

 慌てて弁解したが、手から鞄が落ちた。
 ジョンはクスクスと笑いながらリジーの鞄を拾い上げた。

「手は正直だね」

「な……」

 ジョンから鞄を受け取りながら、リジーは恥ずかしさに熱くなった顔をそむけた。

「ごめん、笑って。食欲があるのはいいことだと思うよ」
「……」

(全然フォローになってないですから。もう、やだ……)

「おやすみ、リジー」

 ジョンに視線を戻すと、彼は目を細めて微笑んでいる。

「あの、ちゃんとお手伝いしますから! おやすみなさい、ジョン」

 リジーはジョンを目に映しながら、なんとか言い切った。



(今日は朝から晩まで疲れた……)

 リジーは部屋に入ると、すぐにバスルームに向かった。





♢♢♢♢♢♢



 自分の部屋に戻ったジョンは、不思議な感じを覚えた。

 こんなに自分は穏やかに心から笑う人間だっただろうか。

 オーナーから笑顔で仕事をするように教えられ、そうしてきた。

 笑顔を作るのは慣れていた。

 リジーの焦った顔や慌てる仕草、ほんわかした笑顔が自然と思い出される。

(あの日からもう何年経つのだろう。……会うこともないと思っていたのに、また彼女が僕の前に現れた。彼女は一瞬で僕を温かい光の世界へ連れ出してしまう。あの時もそうだった)


 『お兄ちゃん……』


 あの手の温もりに救われた。

 彼女の幸せを見守りたい。

 そっと支えて行ければ……。それで良い。

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