上 下
22 / 95
出会い編

22 幸せのスープ

しおりを挟む

 話が前後してしまいましたが、カイルとマリサがバーでお酒を飲む前の、リジー側のお話です。

------------------------------

 
 部屋に戻って少ししてから、リジーは<フォレスト>に電話をかけた。

 マリサからスーザン、シルビアまで心配してくれたようで、代わるがわる話をして、その度に大丈夫だと答えた。
 カイルの『いい加減休ませてやれ!!』という怒鳴り声が電話の奥から聞こえた。
 お大事にと言われ、電話は終わった。

 リジーは鏡を見て、長いため息を吐き出した。
 情けない包帯顔の自分が鏡に映る。さすがに落ち込む。

(どうして自分はうっかり者なんだろう。せっかくカイルさんの好意でヒルズの家を見せてもらったのに。舞い上がってしまって……。目先の事しか見えないただの馬鹿。好意を迷惑で返してしまった。お店も休むから、階段の時のように、またお店の人たちにも迷惑がかかる)


 リジーは額の痛みに眉をしかめた。

(そういえば、カイルさんのシャツを私の血で汚してしまったんだ。謝るのを忘れてた。あとでクリーニング代を出すか、弁償しなきゃ)


 いつも怖い印象で言葉もきついが、カイルが本当は優しい人なのだと、今回の事でリジーは再確認した気がした。
 トラックに乗ったときに、自分が落としたパンプスをわざわざ下に降りて、拾ってくれた。
 街路樹にぶつかってよろけた自分を受け止めてくれた。
 服に血が付くのを気にすることもなく、ずっと支えてくれていた。

(カイルさん、ありがとう)

 ベッドに横になり、クッションを抱きしめるが、さっぱり癒されなかった。
 額は痛いし、落ち込んでるし、寂しかった。

(まだこの時間にお母さんに電話したら、だめだよね。心配かけちゃう)



♢♢♢


 その日にかぎって客が次々と訪れて、ジョンはリジーの様子を見に行く余裕が全くなかった。
 最後の客の応対が終わったころには外は暗くなり、店を閉める時間になっていた。

 リジーは大丈夫だっただろうか。

 まずはリジーの部屋へ行こうとジョンが店のドアに向かうと、白い亡霊のようなものが見えた。

「!?」

 すぐにリジーだとわかる。ラフな部屋着に白いカーディガンを羽織っている。
 それに白い包帯を巻いているからか。でもさすがに少し驚いた。

「リジー、具合はどう? ごめん、忙しくて様子を見に行けなかった」
「ううん。来ちゃってごめんね、ちょっと痛くて。少し一緒にいても良い?」

 顔を見られたくないのか、リジーは俯いたまま言った。

「いいよ。おいで……」

 軽く頭を撫でる。2度めともなると、不安にもなるだろう。
 昼間の元気はなかった。

「店を閉めるからもう少しだけ待っていて」

 ジョンはリジーをソファに座らせた。
 そして、ランプのあかりをひとつだけ残して消して回った。



♢♢♢



 リジーは心細さに負け、とうとうジョンを頼ってしまった。
 ジョンに『おいで』と優しく頭を撫でられたときは、すごく安心した。
 そしてジョンの腕に支えられ部屋の前まで来ると、また寂しくなった。
 もっと一緒にいたかったが、ジョンも疲れているのにそんなわがままは言えない。

「夕飯は何か食べた?」
「ううん、食欲なくて……」
「少しでも何か食べたほうが良いんだけどな。食料はある?」
「あまり。いつも常備しているジャガイモと人参と玉ねぎがあるくらい」
「そうか、じゃあ、待ってて」

 ジョンは自分の部屋へ行くと、何かが入っていそうな紙袋を持ってすぐ戻って来た。

「少しだけ部屋にお邪魔してもいいかな。リジーの常備野菜とこの袋の中の物で、スープを作るよ」
「スープ? 作れるの!?」
「意外?」
「うん」
「これでも簡単な料理ならできるよ。母親が仕事で遅い時は、僕が食事を用意してたから」
「すごい。嬉しい! ありがとう」


 キッチンはきれいにしているが、逆に料理していないと思われそうだとリジーは恥ずかしくなった。事実あまりしていない。
 ジョンに促され、ベッドに横になっていたリジーは、小気味よい材料を刻む音や炒める音、鍋の蓋のあたる金属音に安心して、うとうとしていた。



(ここは実家だっけ? お母さん? 良い香りがする。おでこには痛みがあるけど、幸せな……音と匂い……)


「リジー、起きてる? さあ、できたよ、スープ。少しだけでも食べて」
「お母さんじゃない、ジョン!?」

 リジーは丸い瞳を見開いて瞬きした。

「なに驚いてるの?」

 ジョンが面白いものでも見たように、明るく微笑んでいる。

「スープ、良い匂い! 幸せの匂いがするよ」

 リジーは少し元気が湧いて来るのを感じた。

「幸せの?」
「一緒に食べていってくれるでしょう?」
「……きみがそうしたいなら」

 ジョンとテーブルを囲む。リジーは嬉しくなった。

 ジョンの幸せのスープは、トマトとコンソメ味で、ショートパスタが入っていた。さいころ大に刻んだベーコンとジャガイモ、人参、玉ねぎが柔らかく煮込んである。

「すごく美味しい。ジョン、すごい!」

 リジーはふうふうと熱いスープを冷ましながら、じっくり味わった。

「よかった。しばらくで作った。サムが熱を出して、ふらふらでやって来た時以来かな。自分の家の方が近いくせにあいつ、わざわざ僕の部屋に来た」
「辛い時は誰かのそばにいると安心するもんね」
「それから熱が下がらなくて3日間も僕のベッドを占領したんだ、あいつは」
「ジョンはその間どこで寝たの?」
「店のソファ……。さすがに3日はきつい」

 リジーは額の痛みを忘れてクスクスと笑った。
 この街に来て、初めて心温まる手料理を食べた。
 美味しいスープで幸せな気持ちになる。復活できそうだった。

(ジョンのお嫁さんになる人は幸せだな……)

 ふと、そんなことが頭に浮かんで、胸の奥にチクリと痛みが走る。

「痛むの?」

 眉を寄せたリジーを見て、ジョンが心配そうにきいてくる。

「胸が……」
「え?」
「ううん、大丈夫だよ」

 慌てて誤魔化した。

(胸が痛いなんて……益々ジョンに心惹かれている。スーザンには突き進んだらと応援されたけど、きっと、私はジョンにとっては恋愛の対象外。迷惑ばかりかけている妹のような存在に違いないよね。実際、そんな目で見られているような気がするし)

 ジョンと至近距離で目が合う。リジーは、この状況が急に恥ずかしくなり顔を伏せた。
 優しく微笑まれた深い眼差しが、リジーの脳裏から離れなくなっていた。
しおりを挟む

処理中です...