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出会い編
22 幸せのスープ
しおりを挟む話が前後してしまいましたが、カイルとマリサがバーでお酒を飲む前の、リジー側のお話です。
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部屋に戻って少ししてから、リジーは<フォレスト>に電話をかけた。
マリサからスーザン、シルビアまで心配してくれたようで、代わるがわる話をして、その度に大丈夫だと答えた。
カイルの『いい加減休ませてやれ!!』という怒鳴り声が電話の奥から聞こえた。
お大事にと言われ、電話は終わった。
リジーは鏡を見て、長いため息を吐き出した。
情けない包帯顔の自分が鏡に映る。さすがに落ち込む。
(どうして自分はうっかり者なんだろう。せっかくカイルさんの好意でヒルズの家を見せてもらったのに。舞い上がってしまって……。目先の事しか見えないただの馬鹿。好意を迷惑で返してしまった。お店も休むから、階段の時のように、またお店の人たちにも迷惑がかかる)
リジーは額の痛みに眉をしかめた。
(そういえば、カイルさんのシャツを私の血で汚してしまったんだ。謝るのを忘れてた。あとでクリーニング代を出すか、弁償しなきゃ)
いつも怖い印象で言葉もきついが、カイルが本当は優しい人なのだと、今回の事でリジーは再確認した気がした。
トラックに乗ったときに、自分が落としたパンプスをわざわざ下に降りて、拾ってくれた。
街路樹にぶつかってよろけた自分を受け止めてくれた。
服に血が付くのを気にすることもなく、ずっと支えてくれていた。
(カイルさん、ありがとう)
ベッドに横になり、クッションを抱きしめるが、さっぱり癒されなかった。
額は痛いし、落ち込んでるし、寂しかった。
(まだこの時間にお母さんに電話したら、だめだよね。心配かけちゃう)
♢♢♢
その日にかぎって客が次々と訪れて、ジョンはリジーの様子を見に行く余裕が全くなかった。
最後の客の応対が終わったころには外は暗くなり、店を閉める時間になっていた。
リジーは大丈夫だっただろうか。
まずはリジーの部屋へ行こうとジョンが店のドアに向かうと、白い亡霊のようなものが見えた。
「!?」
すぐにリジーだとわかる。ラフな部屋着に白いカーディガンを羽織っている。
それに白い包帯を巻いているからか。でもさすがに少し驚いた。
「リジー、具合はどう? ごめん、忙しくて様子を見に行けなかった」
「ううん。来ちゃってごめんね、ちょっと痛くて。少し一緒にいても良い?」
顔を見られたくないのか、リジーは俯いたまま言った。
「いいよ。おいで……」
軽く頭を撫でる。2度めともなると、不安にもなるだろう。
昼間の元気はなかった。
「店を閉めるからもう少しだけ待っていて」
ジョンはリジーをソファに座らせた。
そして、ランプのあかりをひとつだけ残して消して回った。
♢♢♢
リジーは心細さに負け、とうとうジョンを頼ってしまった。
ジョンに『おいで』と優しく頭を撫でられたときは、すごく安心した。
そしてジョンの腕に支えられ部屋の前まで来ると、また寂しくなった。
もっと一緒にいたかったが、ジョンも疲れているのにそんなわがままは言えない。
「夕飯は何か食べた?」
「ううん、食欲なくて……」
「少しでも何か食べたほうが良いんだけどな。食料はある?」
「あまり。いつも常備しているジャガイモと人参と玉ねぎがあるくらい」
「そうか、じゃあ、待ってて」
ジョンは自分の部屋へ行くと、何かが入っていそうな紙袋を持ってすぐ戻って来た。
「少しだけ部屋にお邪魔してもいいかな。リジーの常備野菜とこの袋の中の物で、スープを作るよ」
「スープ? 作れるの!?」
「意外?」
「うん」
「これでも簡単な料理ならできるよ。母親が仕事で遅い時は、僕が食事を用意してたから」
「すごい。嬉しい! ありがとう」
キッチンはきれいにしているが、逆に料理していないと思われそうだとリジーは恥ずかしくなった。事実あまりしていない。
ジョンに促され、ベッドに横になっていたリジーは、小気味よい材料を刻む音や炒める音、鍋の蓋のあたる金属音に安心して、うとうとしていた。
(ここは実家だっけ? お母さん? 良い香りがする。おでこには痛みがあるけど、幸せな……音と匂い……)
「リジー、起きてる? さあ、できたよ、スープ。少しだけでも食べて」
「お母さんじゃない、ジョン!?」
リジーは丸い瞳を見開いて瞬きした。
「なに驚いてるの?」
ジョンが面白いものでも見たように、明るく微笑んでいる。
「スープ、良い匂い! 幸せの匂いがするよ」
リジーは少し元気が湧いて来るのを感じた。
「幸せの?」
「一緒に食べていってくれるでしょう?」
「……きみがそうしたいなら」
ジョンとテーブルを囲む。リジーは嬉しくなった。
ジョンの幸せのスープは、トマトとコンソメ味で、ショートパスタが入っていた。さいころ大に刻んだベーコンとジャガイモ、人参、玉ねぎが柔らかく煮込んである。
「すごく美味しい。ジョン、すごい!」
リジーはふうふうと熱いスープを冷ましながら、じっくり味わった。
「よかった。しばらくで作った。サムが熱を出して、ふらふらでやって来た時以来かな。自分の家の方が近いくせにあいつ、わざわざ僕の部屋に来た」
「辛い時は誰かのそばにいると安心するもんね」
「それから熱が下がらなくて3日間も僕のベッドを占領したんだ、あいつは」
「ジョンはその間どこで寝たの?」
「店のソファ……。さすがに3日はきつい」
リジーは額の痛みを忘れてクスクスと笑った。
この街に来て、初めて心温まる手料理を食べた。
美味しいスープで幸せな気持ちになる。復活できそうだった。
(ジョンのお嫁さんになる人は幸せだな……)
ふと、そんなことが頭に浮かんで、胸の奥にチクリと痛みが走る。
「痛むの?」
眉を寄せたリジーを見て、ジョンが心配そうにきいてくる。
「胸が……」
「え?」
「ううん、大丈夫だよ」
慌てて誤魔化した。
(胸が痛いなんて……益々ジョンに心惹かれている。スーザンには突き進んだらと応援されたけど、きっと、私はジョンにとっては恋愛の対象外。迷惑ばかりかけている妹のような存在に違いないよね。実際、そんな目で見られているような気がするし)
ジョンと至近距離で目が合う。リジーは、この状況が急に恥ずかしくなり顔を伏せた。
優しく微笑まれた深い眼差しが、リジーの脳裏から離れなくなっていた。
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