21 / 95
出会い編
21 鬼の厄日
しおりを挟む前話の詳細を、カイル視点、一人称で回想します。
------------------------------
カイルは、馴染みのバー<サーカス>のカウンター席でマリサと共に飲んでいた。
(全く、今日という日は朝から晩まで、とんだ厄日だ。隣の酔っ払いを家まで連れて帰るかと思うと、気が滅入る。それもこれも俺のちょっとした気まぐれのせいだから文句も言えない)
♦♦♦♦♦♦
午前中予定していた配達は、高級住宅街ヒルズに納期の遅れた椅子を1脚だけ届けるという簡単なものだった。だからひとりで行くつもりだった。
それなのにどういうわけか、俺の頭に新米の小娘リジーのことが浮かんできた。
今まで会った女たちとは毛色の違う小動物のような娘。ちょこまか動くがコーヒーサーバーもうまく扱えないくらい不器用、階段で転んで瘤を作るうっかり者。仕事のミスはまだしていないようだが、自分のことには無頓着なのか。
シルビアは癒されると言っていたが、俺は苛立つ。俺に怯えているかと思うと強い目線を返してくる。笑いかけてもくる。何も考えてないただの馬鹿か。
何をやってるのか気になって、つい観察したくなる。
娘は家並みを見るのが好きだと言っていた。いまだに早く出勤しては、店の周辺を散策している。
ヒルズあたりを見せてやったら、娘が喜ぶんじゃないかという余計なことを、がらにもなく思いついてしまった。
それが始まりだった。
『マリサ、あいつを配達の手伝いに連れて行っても良いか?』
こちらに背を向けて何やらスーザンを話をしている娘を指差した。
『え? リジーを? そうね、まだ配達の同行はしたことなかったわね。今日は暇だし、いいわよ。リジー!』
ヒルズに行けると聞いた娘は、飛び上がらんばかりに大喜びした。
『ありがとうございます!! カイルさん!』
俺とふたりだけでもいいのか? ニコニコしながら小走りで俺について来る。
これからピクニックにでも行くのかというほどの浮かれようだ。そんなに嬉しいのか。
そんなに喜びを全身で表されると、俺が好かれてるのではないかと錯覚しそうになる。
やめてくれ。
トラックに乗るのは初めてだと言う。
小柄な娘は座席まで上がるのに難儀している。
『手を貸せ!』
先に乗った俺は座席の上から娘の小さな手を掴んで引っ張り上げた。
『うわ、高い。あっ!』
『どうした?』
『すみません、カイルさん……片方の靴が脱げちゃいましたっ!』
『なに!? …………わかった、俺が拾う』
どこまでも世話の焼ける小娘だ。
納品は滞りなく終了し、配達先の家を後にした。
『少しなら、家を見て歩いてもいいぞ』
『え? いいんですか? ありがとうごさいます! カイルさん!!』
俺の言葉に、娘が丸い瞳をキラキラさせた。俺には縁遠い眩しさだ。
それにしても、俺の名前をむやみに呼び過ぎだ。
娘はヒルズの家並みを、目から光線を出すんじゃないかと思うくらい熱心に見ていた。
丸い目を輝かせ、頬を程よい具合に紅潮させ……この俺がつい見惚れてしまうほどだった。
この娘がうっかり者だということを、俺の方がうっかり忘れていた。のほほんと娘を観賞している場合ではなかった。
豪邸を見るのに夢中になって、周りがすっかり見えなくなっていた娘は……。
『待て! 止まれ!!』
遅かった。娘は街路樹の餌食となった。
今どき、三流ドラマでさえ使われなくなった定番シーンを、やすやすとやってのけるこの娘はどこのコメディ女優だ!?
『!!!?』
街路樹に頭からぶつかって、よろける娘を間一髪で受け止めた。
ぐったりする柔らかい身体。
揺れる栗色の髪から漂う甘い香り。
情けないが、もたれかかる娘の重みに耐えかね胸に抱きとめたまま、木の根元に座り込んだ。
この体勢では、いくら小娘でも女だと意識してしまう。
毎朝一番に出勤していた俺より早く出勤してきて、会社の鍵を持っている俺が来るのを待っている娘。
そして、毎朝機嫌よく、不機嫌な俺へニコニコと挨拶をしてくる。
~おはようございます。カイルさん!~
いつも無駄に元気で明るい娘。
心を動かされないわけがない。
娘が望むなら、これからもずっと守ってやってもいい。
『う、い、痛い』
娘の肩を抱いて支えていた。意識はあるようだ。
娘の額が赤く腫れあがり、切れた皮膚から少量だが血が垂れている。木の粗い皮で擦ったか。
娘は自分の手で額を触ると、血の付いた自分の掌を見て手を震わせた。
『たいした傷じゃない。大丈夫だ』
手を押さえてやるが、娘の歪んだ顔から見る見る血の気が引いていく。
『い、いや……うっ……』
甲高い声を上げそうになったので、とっさに娘の口を手で塞いだ。
『!……』
『落ち着け! 黙れ! 静かな高級住宅街で騒ぐ奴があるか! 俺が捕まる!!』
押し殺した声で必死に告げると、血の付いた顔の娘が目を潤ませてこくこくと頷いた。
ホッとして娘の口を塞いでいた手を離す。
娘の頬と唇は柔らかく、なぜか自分がいたいけな少女をいたぶる罪深い犯罪者のような気持ちにさせられた。
今日は厄日だ……。
娘に手を貸してやり、なんとかトラックに戻る。
娘をまた座席へ引っ張りあげた。
すがるような目で手を伸ばしてくる娘の仕草に動揺した。
足を見ると、今度は靴は脱げなかったようだ。全く……。
トラックは怪我人を乗せるには最悪の乗り物だ。揺れが半端ない。
助手席で娘がタオルで額を押さえ、痛みに顔をしかめている。
具合が悪そうだが、意識があるなら大丈夫か……。
『まずは病院へ行くぞ。知ってるドクターはいるか?』
『いないので、カイルさんの知っている病院でいいです』
娘に声をかけると、返事があったので安心する。
『わかった』
途中マーケットの駐車場に寄り、水道でタオルを濡らしてきてやった。
ハイランド医院に着いた。建物は古いが医者の腕は良いとの評判で、俺も何度かかかったことがある。
俺に劣らず目つきの悪い初老の医者だ。
予診に出て来た看護師が、娘を見るなり微かに反応した。
『あらまあ、あなたは……クロウさんとこの。また派手にぶつけたわね。今度はどうしたの?』
娘は額の痛みとおそらく乗り物酔いで、よろよろとしていた。
馴染みか? 今度は、って? クロウだと!?
処置室に来た医者がギョロリとした目で娘を見た。
『あれ? 嬢ちゃん、またきみかね』
『コ、コリンズ先生!? なぜここに~?』
娘が今さら驚いたように声を上げる。
『何を寝ぼけたことを……ここはわしの病院だからな』
看護師が娘の頭を押さえ、医者が手早く額に薬を貼り付ける。
押し黙った娘に代わって、俺が怪我した状況を説明してやった。
『おや、クロウじゃない……』
『はあ?』
どう見ても俺は別人だろう。もうろくしてるのか?
『こいつ、大丈夫ですか? 頭の検査とかしなくても……』
『まあ、今日一日くらいは様子を見てやんなさい。だが、この前の階段の時に比べたらこのくらい大丈夫だ。青あざになりそうだがな。額に傷ありでは、クロウも仰天しそうだな。嬢ちゃんどうする? クロウに迎えに来てもらうか?』
階段の時もここに来たのか。だから、看護師も医者も……。
だが、待ってくれ、事情が呑み込めないのは、さっきからクロウ、クロウって、何なんだ。
『いいえ、心配をかけたくないので、呼ばないでください』
『これで帰って見つかったら、どちらにしても心配するだろうがな。感の良いあの男を出し抜くなんざあ、嬢ちゃんには無理だ』
医者が意地悪く笑う。娘が包帯を巻かれながらひきつった顔をしている。
俺がここにいるのに、クロウを迎えにって、なんだよ!
『俺が家まで送る!』
医者と看護師がぽかんとこっちを見た。
クロウと対面してやる。
どんな男か見定めてやる。ろくでもない男なら俺が娘をもらう。
おそらく、同じ人物だろう。
以前マリサがチンピラに絡まれているところをカラスを連れた男に助けられたと言って、一時期熱をあげていた。カラスの羽のような黒髪の冷めた男で、マリサが見向きもされない、悔しいと散々ぼやいていた。そんな男がこんな小娘の心配を?
いや、まあ、俺も人のことは言えないが。
血相を変えて物凄い勢いで外に出てきた男は、ろくでもない男ではなさそうだった。
しかも、心底娘を心配しているようだった。胸くそ悪い。
娘も明らかに男を意識しているのがわかる。
俺の心は急速に冷えて行った。
♦♦♦♦♦♦
胸くそ悪い、と呟きながら、カイルはウイスキーをあおった。
「今日は飲むピッチが早いんじゃな~い? 弟くん?」
マリサの目はすでに虚ろだった。
「おまえこそ、飲むのはもう止めろ!」
(こいつにクロウの話をするんじゃなかった……)
0
あなたにおすすめの小説
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
恋と首輪
山猫
恋愛
日本屈指の名門・城聖高校には、生徒たちが逆らえない“首輪制度”が存在する。
絶対的支配者・東雲財閥の御曹司、東雲 蓮の「選んだ者」は、卒業まで彼の命令に従わなければならない――。
地味で目立たぬ存在だった月宮みゆは、なぜかその“首輪”に選ばれてしまう。
冷酷非情と思っていた蓮の、誰にも見せない孤独と優しさに触れた時、みゆの心は静かに揺れはじめる。
「おめでとう、今日から君は俺の所有物だ。」
イケメン財閥御曹司
東雲 蓮
×
「私はあなたが嫌いです。」
訳あり平凡女子
月宮 みゆ
愛とか恋なんて馬鹿らしい。 愚かな感情だ。
訳ありのふたりが、偽りだらけの学園で紡ぐカーストラブ。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。
みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。
同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。
そんなお話です。
以前書いたものを大幅改稿したものです。
フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。
六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。
また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。
丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。
写真の花はリアトリスです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる