いつの日か、きみとサンタクロースと

名木雪乃

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クリスマス編

62 流れる時間の中で

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 前半はジョン視点、後半はキャシー視点のお話です。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 程なくイムルが戻って来た。
 キャシーと共にリビングに戻って歓談していたジョンは、イムルを出迎えた。

 イムルは白髪交じりの茶色の短髪を綺麗に切りそろえ、がっしりした体格で若々しい。

「お久しぶりです。イムルさん」

 ふたりはしっかりと握手を交わした。
 イムルはジョンの背中にその大きな手を回す。

「やあ、ジョン、今年も来てくれたんだね。また会えて嬉しいよ。わしの書斎に行こう。シェーラ、コーヒーをふたり分持ってきてくれ」

 

 ジョンはイムルのあとについて行き、1階の一番奥の部屋へと入った。
 中は、壁一面書棚になっていてイムルが買い集めただろう秘蔵の本がずらりと並んでいた。
 どっしりとしたオーク材のデスクの前にある、茶色の革張りの肘掛椅子にイムルは座った。

「その椅子に座りなさい」

 ジョンが勧められた椅子も、革張りで重厚感があった。

「はい。また蔵書が増えましたね」
「そうだろう? 今度は図書館でも開くかな。わははは」

 イムルは朗らかに笑う。

「どうだい、人生楽しんでるか?」
「はい、おかげさまで好きなようにやってます」
「それは良いことだ。で、うちの放蕩息子からは、連絡はあるかね?」
「はい、定期的に買い付けた家具や小物を送ってくれています」
「そうか? あやつが迷惑をかけてすまない。きみには苦労させてばかりだ」
「いえ、何も苦労はしていません。毎日飽きませんし、今はリジーもいてくれます」
「おー、そうだったね。リジーが自立して店の2階にいたんだったね」
「はい。ひとりで生活して、仕事も頑張っていますよ」
「そんなに年月が流れていたのか……」

 イムルが何か感慨深いような遠い目をする。

「はい」
「……きみを見てると、本当に想像力がかきたてられる」
「そうですか?」
「神秘的な東洋の風貌、しっかりした眉、涼し気な目つき、天涯孤独、若さ、誇り高き騎士のようだ。わしには無いものばかり」
「僕にはそんな物語の主人公的な要素はありませんよ。相変わらずロマンチストですね」
「そうでなけりゃ人生はつまらんよ。少なくともわしはな。この年齢になると、もう心躍ることなんて少ない。おもしろい本に出会った時くらいだよ。段々と外に行くのも、見知らぬ人間に会うのも億劫になる。こうして訪ねてきてくれて、本当に嬉しいよ」

 ノックの音がして、シェーラが書斎に入って来た。

「コーヒーを持ってきましたよ」

「ありがとうございます」

 ジョンは、それを受け取りに立ち上がった。


「ありがとうシェーラ。ミーガンと呼ばれるのとどっちが好きかな」

 イムルの問いに、シェーラはちょっと首をかしげた。

「そうですね、今度はスカーレット・オハラとでも呼んでもらいましょうか」

 ジョンは思わず噴きそうになったのを堪えた。
 穏やかなミーガンとは対照的な名前が出てきたからだ。

「わかった。じゃあそうしよう、スカーレット」

 イムルもクッと笑いながら答える。

「イムル。やっぱり私はシェーラで良いことにしますよ。イムルの妻ですから。こんな大人げない遊びにつき合わされて、やっとこの名前に慣れたんですからね」
「そうか、そうか、悪かったな」
「チョコレートパイが焼きあがってますから、良い時にリビングに来てください」

 シェーラが退室すると、しばらくはイムルと静かな時間を過ごす。
 ジョンはイムルと<スカラムーシュ>で起った出来事や在庫の品々の話をしたり、イムルの本の話をしたりする。
 毎年繰り返すイムルとの大切な交わりだった。


 ジョンとイムルは、女性3人が待ち構える賑やかなリビングに戻ると、シェーラ特製のチョコレートパイに舌鼓を打った。
 イムルの好物で、パイ生地の中にチョコレートクリームとマシュマロが入っている。

「とてもおいしいです」

 ジョンの口の中でチョコレートとマシュマロがとろけ、優しい甘みが広がる。

「そうでしょ、心を込めて作ったんですもの」
「このパイだけはおまえさんの腕をみとめよう」

 イムルは上機嫌で、パイにかじりついている。

「まあ、このパイだけはなんて、失礼ね」

 シェーラがイムルを軽く睨んだ。

「そうよ、イムル叔父さん。シェーラ叔母さんにかなう料理人はこの町にはいないわよ」
「あら、ありがとう。キャシー」
「贅沢なこと言うと罰が当たりますよ。トーマス」

 名前遊びに参加していない姉ケイトが、弟イムルを本名で呼びたしなめる。
 弟は肩をすくめてみせた。

「シェーラ、あれを。ジョンへのクリスマスプレゼントだ」
「はい」

 シェーラは、リビングのサイドボードの中から片手に乗るほどの大きさの紫色の透明なごつごつした石を取り出し、イムルに渡した。

「わしらの手のかからない孫ジョンに、クリスマスプレゼントを贈ろう。紫水晶の原石だ。わしらにもプレゼントを持ってきてくれたそうだな。ありがとう」

 イムルから差し出された石を、ジョンは両手で丁寧に受け取った。

「ありがとうございます。とても嬉しいです」

 自分を家族のように思ってくれている。
 ジョンは自分は幸せだと、心から思うことができた。

 手を持ち上げ、石を光に透かすと、透明の奥の部分に未知の世界が見えるようだった。
 その美しさに感動する。

 自分に向けられる4人の瞳はとても優しく、温かい。
 優しい人たちとの出会いは、すべてフリードが自分に残してくれたものだ。
 改めて自分に関わってくれている人たちへの感謝の気持ちが胸に広がる。

 それからジョンは、心を温かい想いで満たしてイムルの家を後にした。


♢♢♢


 キャシーはイムルと共にジョンを外まで送り、その車が見えなくなるまで彼方を見ていた。

「イムル叔父さん、本当に感謝してるわ。ジョンの事」
「キャシー、実際支えられているのはわしたちだよ。こうして必ず毎年訪ねてきてくれる。穏やかなのに、オニキスのような瞳に強い意志がうかがえる。ジョンと知り合えて良かったよ。デイビッドよりずっと頼りになると思うときがある。フリードは良い子を残してくれた。今となっては、きみの前で言うのはなんだが、彼に感謝してるくらいだ」
「ふふふ、フリードったら私たちの前から去った後で、みんなに感謝されてるなんて。そういう運命だったのかしらね」
「なかなかできる芸当じゃないぞ」
「そうね。ねえ、ジョンへのクリスマスプレゼント、素敵だったわ。紫水晶の原石……」
「私のお守りみたいなものだった。あの子に持っていてほしかった。持っていると幸せになれるという代物だ。私は十分幸せだからもう必要ない。ジョンにはまだまだ必要だろう」
「ええ、自分で幸せをつかむ力も持っている子だから、人一倍幸せになれるわね」

「ジョンもいいが、リジーの方はどうだ?」
「あの子も、大丈夫。ジョンが付いていてくれるし、それにフリードの血を引いているんだもの。……今の所、心配してほしいのは私のほうよ。残りの人生まだ長いわ。雑貨屋だけじゃときめきが足りないかも」
「もう十分耐えたんだ。そろそろ神様が褒美を下さるだろう」
「それを期待しているの」

 キャシーはおどけて見せた。

「……わしが言うのもどうかと思うが。なあ、キャシー、そろそろデイビッドの長年の想いに報いてやってくれないか」
「! 叔父さん……」
「あれは、いつまで経ってもきみを求めて放浪しているようだ。もうそんな若くもない。親としてはできれば結婚して落ち着いて欲しいと思っている」
「私では申し訳なくて。だって子供ももう産めないし」
「デイビッドが、わしらが望んでいるのは未来の子供じゃない。今のキャシーなんだ」
「……」

 キャシーは、イムルが家の中に入ってからも、そこから動けなかった。


◆◆◆◆◆◆


 ジョンがキャシーの雑貨屋を初めて訪ねて来て、3ヶ月ほど経った後だっただろうか。
 後見人である弁護士から、キャシーのもとにジョンがリジーを遺産相続人にしたという連絡があった。
 フリードの遺産相続の件で、その弁護士とは一度面会したくらいだった。40代くらいの、ジョンと同じ東洋系の真面目そうな目の細い男だった。

 その後も、ジョンが大学を辞めて働きたいと言っているとか、引っ越すとか、なにかにつけて、弁護士から連絡が来た。
 そのことをたまたま家に来ていたデイビッドに話すと、目を吊り上げた。

『キャシー、鈍感にもほどがある。その弁護士はそのジョンとやらにかこつけてきみを口説くどこうとしている!! そいつはきみ目当てで連絡して来てる。僕が窓口になる!』

 といきり立った。

『まさか、仕事に熱心なだけでそんな感じしないけど?』
『ダメだダメだ!! その子の面倒は私が見る! 働きたいと言ってるならうちの従業員にする』
『それ、良いかも!! ジョンを助けてあげたかったの。とても孤独な目をしてたから』

 そう言うと、デイビッドは今度は目を光らせた。

『それは、同情? それとも……惚れた?』
『馬鹿なの? 呆れた。私は彼の母親くらいの年齢なのよ! ジョンは真面目な子だから、あなたの馬鹿さ加減と、いい加減な所を少しは見習っても良いかもね。ジョンを雇えば相乗効果が出るかしら』

『心配なんだ。きみが誰かのものになりそうで』
『心配ご無用よ。誰のものにもならないし。もちろんあなたのものにもね! こんなおばさん、誰も欲しがらない』
『僕は欲しい。きみが欲しい。もうずっと言ってる気がする』
『私にはリジーがいるの。あの子がいるのに、そんな……』
『なら、リジーが独立したら結婚してくれる?』
『独立まで何年かかると思ってるのよ! あなたは見た目も良いし、モテるんだから、若い女の子と結婚して早く子供を設けて。あなたには幸せになって欲しいの』
『またその話。子供はいらない。リジーがいるし』
『もう、話にならない。……じゃあ、ジョンのことはお願いするわ。今度会わせるから』
『キャシー! 僕は真剣だ。それに執念深い。逃げられると思わないでくれ。リジーが自立するまでは待つ。そうしたら、覚悟して』


◆◆◆◆◆◆


 以前、そんな会話をしたこともあった。

 リジーが自立した。デイビッドはまだ覚えているのだろうか。
 時が経てば、諦めてくれると思っていた。

 キャシーはデイビッドの幼いころの顔をふと思い出す。

『キャシー、ぼくは船乗りシンドバッドだよ。大きくなったら世界中を回って財宝を集めて帰って来るから。そしたらぼくのお嫁さんになってね』

(財宝なんて、いらないのに)

 音もなく流れる時間の中で、誰もが未来に向かって生きている。
 結婚した後で後悔したと思われるのが嫌で、そんな未来を心配して、キャシーはデイビッドからずっと逃げて来た。
 年を取るつれて、自分が傷つくことにさらに臆病になる。
 彼の気持ちを受け入れる決心を鈍らせる。

 デイビッドはどんなに冷めた態度をとっても、自分を見捨てることなく、いつも強い想いを真っすぐに示してくれた。
 自分の負の感情のはけ口になってくれていた。
 諦めてくれるのを願いながらも、自分に執着してくれるのが心地よくて、試すようなことを言っても、それでも懲りずに好意を寄せてくれるのが嬉しくて。
 どこか安心できた。
 そんな自分のずるい気持ちは、デイビッドに申し訳ないと思う。

 フリードのことを恨まずに良い思い出にできたのは、デイビッドのおかげだとキャシーは気が付いていた。
 
(デイビッド、こんな私で良いと、本当に今でも思ってる?)


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 さっぱり主人公リジーの出番がありませんが、次話からはまた出てきます(汗)


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