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クリスマス編
61 母親と君子
しおりを挟むジョンとリジーの母キャシーのイムル家でのお話です。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ジョンは、イムルの家の前に車を停めた。
薄い水色の外壁の家で、三角の寄棟のポーチとガレージが繋がっている一軒家だった。
白い格子の上げ下げ窓にはフリルの付いたレースのカーテンがかけてある。
玄関ドアには大きな赤いリボンのクリスマスリースが飾られていた。
イムル一家は、キャシーの紹介とはいえ、どこの誰ともわからない東洋人の容貌の自分を、最初から温かく受け入れてくれた。
そして、その変わらぬ交わりに感謝の気持ちを新たにする。
ジョンが呼び鈴を鳴らす前に、玄関のドアが開いた。
「ジョン! お久しぶりね!」
そこには、イムルの妻シェーラではなく、リジーの母キャシーが立っていた。
「!? なぜ、あなたがここに……」
まさかここでキャシーに対面することになるとは思っていなかったジョンは、茫然としていた。
「私はイムルの姪なのよ。いてもおかしくないでしょ? さあ、入って。ジョン、すっかり大人の男になったわね。顔色も良いし……良かった」
キャシーは何か感づいているだろうか。
家の外観は可愛らしいが、中に入ると異国情緒漂う舶来品に迎えられる。
ペルシャ絨毯や宝石の付いた金のランプ、ピラミッド型の置物や異形の木彫りの人形など、どれも飾られているクリスマスツリーより目を引くものだった。
「ジョンが来たわよ!!」
リビングルームのモスグリーンのソファには、キャシーの母ケイトが姿勢良く静かに座っていた。
「ケイトさん、ご無沙汰していました。お元気そうで嬉しいです」
「ジョン、何年ぶりかしら。いつもリジーがお世話になっているわね」
ケイトは笑顔でソファから立ちあがると、背筋を伸ばして、腕を広げジョンを軽く抱きしめた。
ケイトとは、リジーと出会ったあの日に挨拶しただけだったが、キャシーとは別に、クリスマスには欠かさずメッセージカードを送ってきてくれていた。ジョンにとっても優しい祖母のように思える存在だった。
「いいえ、僕は何も。リジーは慣れない街でよく頑張っていると思います」
「まあ、ジョン。よく来てくれたわね」
イムルの妻シェーラが甘い香りのするキッチンの方から姿を見せた。
そのままジョンに手を伸ばし、軽く腕に触れる。
「シェーラさん、お久しぶりです。お変わりないようで良かったです」
「イムルは今、近所に散歩に行ってるけど、すぐ戻ると思うから」
目じりに皺を寄せたシェーラは、毎年穏やかな優しい笑顔で迎えてくれる。
「今、おやつ用のチョコレートパイを焼いていたのよ。ジョン、いいときに来たわね」
「それは楽しみです。これ、クリスマスプレゼントです。こっちはリジーからのプレゼントです。置いておきますね」
ジョンは持っていたふたつの箱を、クリスマスツリーの下に置いた。
「まあ!! ありがとう! イムルも喜ぶわ。リジーからもあるの? 嬉しいわ」
シェーラは青い目を細めてジョンを見つめた。
「シェーラ叔母さん、ちょっと先にジョンと話がしたいの。2階に行っても良いかしら?」
「もちろんよ。2階のサンルームで話したら?」
「ありがとう。お借りするわね」
ジョンはキャシーについて来るよう目配せされた。
キャシーの後ろから2階への階段を上がる。
天窓から太陽の光が降りそそぐサンルーム。観葉植物の緑色が目に優しく映る。
そこに置いてある白木製のテーブルセットに向かい合わせに座った。
キャシーは、初めて会った時から変わらない。
人を明るい光で包み込むような、大らかな雰囲気を持っている女性だった。
ふとリジーのことを思い出し、胸に手を当てる。
写真を見た時から、おそらく自分の唯一の拠り所だった。
自分のすべてを彼女に渡してもよいとさえ思った。
今は彼女と共に生きる幸せが欲しい。
許されるだろうか……。
「ジョン、リジーがハーバーシティでお世話になって、感謝してる。ありがとう。あなたがあの子のそばにいてくれて本当に安心だわ」
キャシーの温かい微笑みはジョンの心を急に締め付ける。
自分はキャシーの信頼を裏切っているのではないかと思われてきて、いたたまれなくなった。
でも、もう諦められない。
リジーへの抑えきれない想いは、もう止められない。
一度あふれ出てしまった想いは、さらにとめどなく流れてゆく。
「お伝えしたいことがあります。僕は、リジーを愛しています。すみません、あなたに彼女の事を頼まれていたのに……。彼女も僕に好意を寄せてくれていると知って、自分の気持ちに嘘がつけなくなりました。彼女のそばにいて、共に生きることをどうか許してください」
ジョンは素直な気持ちを言葉にした。
「そうなるんじゃないかと思ってたわ。あなた……<あしながおじさん>ていう物語を知ってる?」
キャシーは穏やかな笑みを浮かべている。
「……?」
(<あしながおじさん>? 孤児の娘が学費を出してくれた後見人に手紙を書く話だったような。僕がリジーを遺産相続人にしたことを言ってるのか)
ジョンはすぐには言われている意味を理解できなかった。
「あなた、格好つけすぎよ。どうせ結末を知らないでリジーの<あしながおじさん>になろうとしていたでしょ? 結局、物語でも<あしながおじさん>は後見人をしていた主人公と結ばれるのよ」
「!……」
「許すも何も、リジーはもう判断のつく年齢だし、私の思い通りにするつもりもない。あなたとリジーが共にいたいなら、それを見守るわ。あなたはもっと自分の幸せに欲張りでいいのよ」
キャシーの言葉はジョンの心に静かに降り積もる。
「……ありがとうございます」
それだけ言うのが精一杯だった。
「まだフリードとの関係をリジーに言ってないのよね。あなたの所為ではないんだから、あなたは何も気に病むことはないのよ。リジーも知ったとしてもあなたを憎んだり、恨んだりはしないと思う」
「はい……」
「そんなに深刻に考えないで」
サンルームの光の中でキャシーは眉を上げて微笑んでいる。
「そうね、ひとつお願いするとすれば、あの子をあまり骨抜きにしないでね。自分で自分の道を歩き始めたばかりで、自立してがんばろうとしてる。あなた、あの子にはかなり甘そうだから。その、恋人同士になっても、ある程度は節度を守ってね」
「わかりました」
ジョンは姿勢を正し、頷いた。
「ふふふ、また、聖人君子みたいに真面目に考えたでしょ? リジーが成人するまではあれこれ待つとか。もうキスくらいはしたの?」
母親にニヤリとされ、君子は平静を保てず顔色を変えた。
「なにもお利口さんに待つ必要はないけど、程々にね。あなたがものすごく忍耐強いのは知ってるけど、写真だけの10年と手を伸ばせば届くところにいる2年は違うわよ~。しかも相思相愛なら酷だろうし。まあ、リジーの気持ちは尊重してね」
「母親のあなたが僕をけしかけてどうするんです」
「その辺はデイビッドに確認済みよ。あなたを気に入っていても性格的に善良でも、女ったらしなら、さすがに娘は託さないから。でも、女の影がまったく無いっていうのもどうなのって思ったけどね」
「……」
ジョンは何も言えなくなる。
「リジーをよろしくね。私の娘なのに、あの調子だから。どれだけフリードの血を引いたんだか。まあ、あんなにほわっとしてるけど、あれで頑固なところもあるのよ。そうそう、あの子、本人の気が付かない所で地味にモテてたみたいだから、横から攫われないようにね」
「誰にも渡しません」
脳裏にウィルバートの姿が甦ったジョンは、強い口調になった。
「結婚は早くても良いわよ。子供はできれば結婚してからのほうが良いかしら。でも、早く孫の顔は見たいわね~。あら、気が早かった?」
「……」
ジョンは赤くなったり青くなったり、キャシーに翻弄されっぱなしだった。
「え……っと…、先に謝っておきます」
「あらあら。母親を前にして、とうとう開き直ったわね。でも、愛に飢えた孤独なカラスの前に天然のほんわか子リスを差し出したのは私だったわ」
「リジーのことはずっと大切にします」
「お願いね。あ、それと、もう知ってるかもしれないけど、あの子、私と同じで着やせするタイプだから」
そう言うと、キャシーは腰に手を当て胸をはってみせた。
「……」
(もう、勘弁してください……)
ジョンが目を泳がせ絶句する様を見て、キャシーは楽しんでいるようだった。
おそらくリジーの前向きな明るい性格は、母親から受け継いだのだろうとジョンは思うのだった。
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