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クリスマス編
60 繋がる想い
しおりを挟む後半まで、ジョン視点の過去のお話の続きです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ジョンは話を切り出すタイミングを見計らっていた。
店の中を見回すと、特に女の子が好きそうな可愛らしい小物、アクセサリー、食器、カラフルなリボン、ぬいぐるみなどが綺麗に並んでいる。
それから、店内の中心には、個別の透明なケースに詰まった量り売りのお菓子コーナーがあった。
何種類もの美味しそうなキャンディ、チョコレートバー、クッキー、自分が子供だったらさぞかし心が躍っただろう。
店は幸せな夢の世界のようだった。
『!』
次の瞬間、等身大のサンタクロースの人形がジョンの目に飛び込んできた。
そこは、華やかなクリスマスコーナー。
サンタクロースの周りには、スノウマンに小さなツリー、赤や緑、金や銀の様々なオーナメント。クリスマスに因(ちな)んだデザインのペーパーナプキン、色とりどりのキャンドルが飾ってあった。
『そのコーナーはね、一年中クリスマスなのよ。娘も私もサンタクロースが心の支え……いえ、大好きなのよ』
キャシーが透明感のある明るい声をかけてくる。
ジョンは息を潜めて、ゆっくりサンタクロースに近づいた。
サンタクロースの作り物の顔が、なんとなくフリードに見えて来るから不思議だ。
―――ジョン。
懐かしい声がする。フリードが自分を呼ぶ控えめな、けれどしっかりした優しい声。
『ここで、見守ってたんだね。父さん』
思わず口に出ていた。
『あなたは?』
気が付くと、こちらを凝視している青い瞳があった。
『初めまして。ジョン・ジエル・ランザーです』
ジョンは堂々と名乗った。
『あ、あなたが……フリードの……?』
キャシーが目を見開いて息を飲んだのがわかった。
その目にみるみる涙が浮かんだが、すぐ笑顔になった。
『よく、来てくれたわね!! 私がキャシー・リードよ』
『!……』
ジョンは、罵られるのを覚悟していたので、逆に驚いた。
『こんなに立派でかっこいい息子ができていたのね……すごいわ』
キャシーはジョンとサンタクロースを交互に見て、涙を手で拭いながら笑っている。
ジョンは神妙な面持ちでいた。
『申し訳ありません。母と僕は娘さんとあなたの家族の幸せを奪ってしまいました。どんなに謝っても許してもらえないと思います。どうかせめて父の遺産を受けとってください。それから、母の代わりに僕に何かできることがあれば言って下さい。償います』
謝罪しているにも関わらず、ジョンの心はなぜか温かくなって来る。
キャシーが笑顔を崩さず、柔らかな表情のままだったからだ。
『もう、済んだこと。それに、あなたが謝ることではないのよ。当事者じゃないもの。あなたは見た所、善良な人間に育ってる……それで十分。それが大きな遺産だわ』
『そんな、僕に償わせてください!』
『必要ないわ。私には未来がある。私は今の生活に満足しているし娘もいるから幸せよ。あなたはどう? 今幸せ? あなたは大切なものはある?』
ジョンはそう問われ、言葉が出なかった。
自分には、何も無い。
大切と思える物も、人も。
ただ毎日息をして生活しているだけ。
それに自分の幸せって……なんだろう。
『幸せに敏感になって。幸せに生きることに貪欲になって。未来を見て、あなたの大切なものを見つけて。それが私があなたにお願いしたい償いよ』
『……』
きっと自分が虚ろな目をしているのを見透かされたのだ。
大学には通っているが、自分の意思ではなかった。だから専門の研究にも身が入らない。
心はいつも虚しくて寒かった。
幸せ……。
父と母を同時に失ってから、忘れていた言葉だったかもしれない。
思い出したくなかったのかもしれない。
『あ、お兄ちゃん、待っててくれてありがとう!』
少女は店に戻ってくると、嬉しそうにジョンの腹のあたりに抱きついた。
『!?』
ジョンは少女の無邪気な接触にどうしていいかわからず、両手を宙に彷徨わせた。
呼び方が<お兄さん>から<お兄ちゃん>に昇格? している。
『お兄ちゃんのおなか硬い。お母さんは柔らかいのに』
『……』
ジョンは両手を上げたまま固まった。
『ま、リジー、お客様が困ってるでしょう。離れなさい!』
キャシーが赤面しながら、リジーを窘めた。
『お客様なの?』
少女は名残惜しそうにジョンの腹から離れた。
『そうよ』
『お兄ちゃんはローラースケートできる?』
少女はジョンに話しかけて来た。
『したことないんだ』
『じゃあ、スケートボードはできる?』
『友達から借りて少し滑ったことはあるよ』
ジョンは少女の腕や膝に無造作に貼ってある絆創膏を見た。
擦り傷が覆いきれてない。
『ローラースケートをする時は、気を付けるんだよ。お母さんが言ったみたいに長いジーンズの方が良いし、本当は上も長袖を着た方が転んでも擦り傷ができにくいよ』
ジョンは自分の少し袖を捲って着ている長袖シャツの肘をさすってみせた。
『わかった! お兄ちゃんは、サンタクロース好き?』
少女の質問はあちこち飛ぶ。
少女の丸い瞳はキラキラしていて、ジョンには眩しすぎる光だった。
『大好きだよ』
『良かったあ。じゃあ、特別にいいこと教えてあげるね。みんなには内緒なんだけど……』
少女はジョンを見上げてにこりとすると、今度はジョンの手を両手で包んだ。
ジョンは少女の手の温もりと柔らかさに、閉ざされていた何かが開いた気がした。
少女はジョンの手をその小さな手で握りしめて、自分の父親はサンタクロースなのだと熱心に話しかけてくる。
奈落の沼底に沈んでいたジョンの心は、徐々に浮上し始めた。
少女に救われた。
その時から……リジーの幸せを願うジョンの新しい人生がスタートした。
ジョンは大学を中退し、働くことを決意した。
奨学金制度を利用していたし両親の死亡保険もあったので、経済的に困窮してはいなかったが、別の意思のためだ。
ジョンは考えた。今すぐに、フリードの遺産を受け取ってもらえなくても、自分の死後なら受け取ってもらえるだろうと。
自分の遺産相続人をエリーゼに指定した遺言書の作成を、後見人の弁護士に依頼した。
自分の死後、すべてをエリーゼに。
自分が死ぬまで遺産の存在を彼女は知ることはない。
もしかすると、自分という存在すら知らずに、この先一生出会うこともなく終わってしまうかもしれない。
それでも満足だった。
その後少しして、キャシーからなぜか連絡があり、叔父と従弟が経営しているアンティーク家具の店の仕事をしないかと誘われた。
フリードの古い家具に対する思い入れを懐かしく思っていたジョンは、二つ返事で了承した。
数年して今度は、この街で就職し、ひとり暮らしを始めるエリーゼを頼むと連絡があり、突然成長したエリーゼがジョンの前に現れた。
夢で終わるはずだったことが現実になって、そして……。
◆◆◆◆◆◆
そして、彼女への想いが、お互いの想いが繋がった。
彼女のそばに、ずっと寄り添える唯一の男になることができた。
昨夜抱きしめた現実の彼女を思い出す。
シルクのような滑らかな髪、華奢な肩や腰、柔らかな頬に、唇……。
自分の身体に熱を感じ、思い巡らすのはそこまでにした。
ジョンはイムル・カイスの家を目指し、北へ向かって車を走らせていた。
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