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クリスマス編
65 サンタクロースのいる町へ
しおりを挟む翌朝6時、リジーは身支度を整え、旅行鞄と軽食用に作ったサンドイッチを持って部屋を出る。
昨夜はジョンとの出来事が思い出されて頭に血が上がり、なかなか寝付けなかった。
寝付けなかった割には、なぜか朝は早くすっきり目が覚めた。
なので張り切って準備して、4人でつまむサンドイッチもたくさん作った。
階下に降りて行くと、すでにジョンがそこにいた。
顔を見るなりドキリと心臓は跳ね、頬に熱が上がってくる。
「おはよう、リジー。よく眠れた?」
ジョンは普段通りの穏やかな笑みで声をかけてきた。
「うん……おはよう、ジョン」
リジーはたどたどしく返事をする。
(本当はあまり眠れていないんですけど。あなたのせいで。なんでそんなに涼しい顔していられるの? 私は、真っすぐ顔を見られないくらい恥ずかしいのに)
今までの気安さとは違う感覚はあるが、ジョンの近くにいると心は安らぐ。
「あれ? そういえばシンおじさんは?」
「実は……」
ジョンが言いかけたとき、サムがやって来た。
「おっはよう、おふたりさん!」
「おはよう、サム」「おはよう」
「朝から仲良くハモってますね」
リジーはサムの大したことない軽口にも恥ずかしくなり、目を伏せた。
「あれ、シンドバッドさんはまだ? 寝坊?」
「逃げられた……」
ジョンが肩を落とし、大きなため息を吐く。
「なに~!?」
「朝、部屋に迎えに行ったら、もう荷物もなくて簡単なメモと部屋の鍵が置いてあった」
「うそだろ、おい」
「そうだったの?」
リジーは何がなんだかわからない。
ジョンはポケットから出した二つ折りのメモをふたりに見せた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
我が親愛なる息子ジョン、
我が親愛なる羊飼いサミュエル、
愛しき女神の娘エリーゼ、
もっとゆっくり話をしたかったが、長年の想いを成就させるため
先に出立することを許してくれ。近いうちにまた会おう。
リジー、今度会ったらハグさせてくれ。ジョンをよろしく。
君たち3人の幸せをいつも祈っているよ。
不肖の船乗り シンドバッド より
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「なんだこれ……。そんなに実家に行くのが嫌なのかね。ま、シンドバッドさんらしいか。根っからの旅人だしね」
サムが空を見上げながら遠い目をする。
(愛しき女神ってお母さんの事? 長年の想いを成就? ジョンは息子、サムは羊飼いって……ふたりをとても信頼してるんだね。私にジョンをよろしくって、普通は逆じゃないのかな)
とリジーは首をかしげる。
「仕方がない。じゃあ、出発するか。車を取ってくる」
ジョンが少し離れると、すかさずサムが
「何か良いことあった? もしかしてクロウとイチャイチャした?」
と、リジーの反応を確かめるようにを顔を寄せて聞いて来る。
「な、な、何も……」
「そうかそうか、ごちそうさま」
サムがニヘラ~っと眉を下げて、リジーの額を指でつつく。
「もう、からかわないでよ!」
平静を装おうとしても、頬が火の前にいるように熱くなってしまう。
リジーは、目に力を入れ、怖い顔を作って誤魔化そうとした。
♢♢♢
サムが先に運転すると申し出たので、ジョンは助手席に移動した。
車に乗ってほとんどすぐに後部座席でくたりと寝始めたリジーを、サムがチラと振り返る。
「げ、リジー、もう寝てるじゃないか? 疲れてるのかな」
サムがニヤニヤし始めた。
「もしや昨夜は何かお疲れなことでもして、寝不足とか?」
助手席のジョンを流し目で見る。
「何もない……」
「声がうわずってるよ~。リジーに、イチャついたのかって聞いたら真っ赤になってたぜ」
「!! ……そういえばおまえっ! いや、なんでもない」
ジョンはそこで押し黙った。
リジーに触れたことについて、今さらサムを問い詰めてもどうなるわけでもない。
「思いが通じ合って良かったじゃないか。もう自分の感情を押し殺すのは止めたんだろう? 思う存分世話やいて、甘やかして、好きなだけ可愛がってやれば? 睨むなよ。変な意味で言ってないし~」
「おまえが言うと下品に聞こえる」
ジョンの表情はなかなかゆるまない。
「あれ? 恋人同士になったわりには、まだ幸せ全開って感じじゃないね」
「……」
「いろんなことは後で考えれば? 結局なるようにしかならないし、今は楽しいクリスマス休暇なんだからさ。思い切り楽しんだら? リジーの寝顔見てみなよ。満ち足りた安らかな顔して、幸せそうだ。それで良いんじゃないか?」
サムの言葉にジョンも振り向き、身体を傾けたまま寝入っているリジーを見つめた。
そのあどけない無防備な寝顔に目を細める。
「そうだな、サム。……ありがとう……」
「え? ずいぶん素直なお言葉ですなあ。今年の冬は星が降るかもね」
♢♢♢
いつもの乾いた返事が無かったので、サムが隣を見ると、ジョンが寝入っている。
「おい、こっちもいつの間にか夢の中かよ? なんだよ、ふたりして~」
サムはしばらくの間、用心深く静かな運転を心掛けた。
サムは感慨深かった。
ジョンが自分の隣で寝るなんて。絶対に隙を見せないやつが。
よほど疲れていたのか、何かの枷が外れた安心感か、どちらにしても自分に心許してくれているのだろうと思うと、素直に嬉しかった。
ジョンの事は生涯の友と勝手に思っている。
(せっかくだから悪戯してやろうか……。いや、起きてから地獄を見るからやめておこう。でもなあ、こんなチャンスは滅多にない)
サムがよからぬ事を思いめぐらしている間に、ジョンはパッと目を開けた。
(感の良い奴め)
「け、もう起きたのか。残念……」
「何が残念なんだ?」
「いやいや、なんでもない」
「運転を交代するか?」
「まだいいよ。それより、ひとつ相談がある。同盟を結ぼう」
「は?」
「実は、アイリーンはああ見えて敬虔なクリスチャンなんだ。聖女様なんだよ」
「?」
「だから……」
サムは後部座席でリジーがまだ熟睡中なのを確認すると切り出した。
「彼女に宣言されたんだ。自分はカトリック信者だから婚前交渉はしないって……。だからおまえも付き合えよ。婚前交渉禁止同盟」
「馬鹿か」
「同じ状況に苦悩する仲間が欲しい」
「……」
ジョンは横目でサムの方を睨むと、大きく息を吐き出した。
(これは了承したって顔だな)
「サンキュー、クロウ。俺たち待てずに結婚早いかもね」
何か言われる前に先手を打つサム。
「まだ、唇にキスだってしてないんだぜ? 俺がどんだけ我慢してるかわかるだろ!!」
「……」
ジョンが呆気に取られている間に、サムは半ば強引に、ジョンに同盟を結ばせた。
「あ、ごめんね。すっかり寝ちゃって~。今どのあたりかな?」
リジーが眠そうな声をあげたので、サムはルームミラーに目をやった。
鏡の中のリジーが、まだ眠そうに目を瞬きさせている。
「ふたりが運転疲れたら、交代するからね」
寝ぼけ眼で提案されたが、
「却下」とサム。「いいから」とジョン。
即座にふたりから断られたリジーが、えっ? という顔をする。
「男がふたりもいるのに、女の子に運転させられないよ」とジョン。
「そうそう、まだ天国には行きたくないな」とサム。
「サム、馬鹿……」ジョンに窘められるサム。
リジーは少しムッとしたように、口を尖らせている。
「わかりました。運転はお任せします。じゃあ、おなかがすいたら言ってね。サンドイッチを作って来たんだ」
「おなか「すいた!」」
今度はふたりともそろって良い返事をした。
車の窓からは、だんだん建物が少なくなり、広い土の見えた平原が続くようになった。心なしか、空気も冷たく澄んできているきがした。
しばらく同じような風景を過ぎて、空はもう真っ暗だった。
それから数時間、道の先に明るいイルミネーションが見えてきた。
「うわ~! きれい、虹の都みたい」
リジーの感嘆する声があがる。
サムの故郷の町の灯りだ。
<サンタクロースのいる町 ノーザンクロス>という看板が見えた。
「サムの家族は有名人だね」
「この町ではね……」
見慣れた風景が何も変わらずそこにあった。石畳のメインストリートも、店先の看板も家々も。
今は、町が一番輝くクリスマスシーズン。
サムは故郷の町の匂いを感じていた。慣れ親しんだ空気、風が思い出される。
サムの家は、メインストリートの一番はずれだ。
家の前まで来ると、サムもさすがにこみあげるものがあった。
ただいまと伝える家族がこの中にいる。
メインストリートに面したおもちゃ屋の店舗は閉まっているが、ショウウィンドウは明るく、楽しげなおもちゃがツリーの下にたくさん飾ってある。
車を家の隣の空き地に停めると、3人は裏側の自宅の玄関先に向かった。
玄関ドアの両側には小さなモミの木の植木鉢があり、赤いリボンがいくつも結ばれている。
ドアに飾られたクリスマスリースには金色のベルや銀のボールが飾られ、柊の葉に赤い実が映えていた。
すでに夜9時を過ぎていたが、家の中からはがやがやとした声が聞こえる。
サムが呼び鈴を押す。
中から出てきた母親と姉妹たちの驚きの顔、そしてそれが喜びの表情に変わる。
「ただいま」
サムは照れて、少し強ばった笑顔を作った。
「「「おかえり、サム!」」」
サムは3年ぶりに実家に戻った。
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