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クリスマス編
87 クリスマスフラワー~前編~
しおりを挟むクリスマスの翌日、リジーはなんとなく思い立ち、ひとりである場所へ向かっていた。
実家では、デイビッドの登場で予想外の展開に驚いたが、結局母キャシーはデイビッドからの激甘な愛情表現をさほど嫌がりもせず、ケイトも楽しそうだった。
結果、和気あいあいとした賑やかで温かいクリスマスを家族と過ごせた。
それでもジョンは……。
リジーは、列車の窓から見える風景を眺めていた。
今のリジーの心を占めていたのは、父親のことだった。
昨夜、ジョンが亡くなった両親のお墓参りに行ったことを聞いて、リジーもふと思いついたのだった。
(もうずっとお父さんにクリスマスプレゼントあげてなかった。お参りも5月のメモリアルデイにお母さんと一緒に行くだけだったし。サンタクロースなのに、お祝いして貰えなくて、寂しがってたかな。平気か……再婚した相手と一緒にいるんだから。でも、たまにはクリスマスプレゼントを届けるね。お父さん、待ってて)
リジーはとある駅で列車を下りた。
以前3人家族の時に住んでいた長閑な町。駅からタクシーに乗る。
駅前の花屋で、クリスマスが過ぎて既にセールになっていたポインセチアの花束を買った。
クリスマスは1日過ぎてしまったが、クリスマスといえばこの花しかない。
別名クリスマスフラワー。リジーは花束を抱きしめた。
公園のようなその霊園は、明るく開放的だった。
入口の鉄の門扉は大きく重々しいが、周りは比較的低いフェンスと生垣で仕切られていた。
リジーは、誰もいない静かな空間をゆっくり歩いて行く。
5月のメモリアルデイのころにはきれいな芝生が青々と茂っていて、とてもすがすがしい場所だが、さすがにこの時期は芝がくすんでいて寂しい。
ここは様々な人生を歩んだ人々の最期の場所。
白い墓石は神聖な感じがする。
リジーは父と女性の墓の場所へ、ゆっくり近づいていく。
(確かこの列の真ん中あたり……だったはず)
目指す先の白い墓石に、何か赤いものが色鮮やかに映えているのが見えた。
(え!? 何?)
近付いてみると目の前の父と女性の墓に、ポインセチアの花束が置かれている。
(どうして、誰が? この時期にお墓にお参りに来る人なんて。女性の親戚? それともお父さんの……?)
リジーの中に、わからない何かが湧いて来る。
花束にまぎれて、手のひらサイズのカードが添えてあることにリジーは気が付いた。
(メッセージカード?)
おそるおそるカードに手を伸ばす。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
父さんと母さんへ、
メリークリスマス!
永遠に愛をこめて ジョン
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
リジーはその場に茫然と立ったまま、頭の中がぐるぐる回り出した。
「ジョン……!?」
いつも口にする、いつも想っている大好きな人の名前を呟く。
(よくある名前だから、同じ名前の人? ……そうじゃない、このきちんとした筆跡は見たことがある)
嬉しくて何度も何度も眺めたあのカードと同じ筆跡だった。
(何? どういうこと? ジョンは私のお父さんにも挨拶に来てくれたの? そんなにいろいろ話したっけ? お母さんに聞いてた?)
リジーは混乱して、立っていられなくなり、その場にしゃがみこんだ。
(違う、おかしい。だって、このメッセージは、まるで自分の両親に宛てたみたいじゃない!?)
(自分の……両親?)
「嘘!?」
(ジョンの両親は亡くなってる。私のお父さんも、再婚した人と一緒に……ここに……。まさか、お父さんが再婚した相手って、ジョンのお母さん? だったの?)
リジーはその事実が、まだ信じられなかった。
(何か、見落としてる大事な証があるはず。……思えば、ジョンは最初から私にものすごく親切で、優しくて、過保護なくらい世話を焼いてくれて、責任を取るとまで言ってくれて)
何かおかしいとは思いながらも、気にして来なかった。
母親に頼まれていたから、デイビッドの親戚だから、という表面的なものがあったから。
けれど、それ意外の、想像すらできない理由があったのだ。
(それは……私がフリード・ランザーの娘だったから!? だからジョンは……)
『……責任とか償いとか関係ない!』
(償い……。確かにあの時苦しそうにジョンはそう言った。違和感のある言葉だった。お母さんに頼まれたからだけじゃない、もう一つの何か引っかかっていたもの……。それがこの真実なの? 好きって告げた途端、頑なに拒まれたのは、このせい? お母さんから私のことを頼まれて、責任感の強いジョンのことだから、最初はきっと罪滅ぼしとか償うつもりで、私に親切にしてくれたんだ。父親に去られた私に、同情していた? そんな償いも同情もいらなかったのに。親の事情なんて知らないよ。ジョンだって私の面倒なんて見ないって、断ればよかったのに……)
リジーは抱えていたポインセチアの花束に無意識に力を込めていた。
『アパートメントに戻ったらきみに話さなければならないことがある』
ジョンの憂いのある辛そうな表情が浮かぶ。
(……もしかして、あなたを苦しめていたのって……)
リジーはハッとした。自分はその時なんて思ったか。
ジョンの辛そうな顔を見て、彼の憂いを取り去ってあげたい、そばで支えて受け止めると決意したことを思い出す。
(ずっと、償おうと思ってたの?)
リジーの瞳からは涙が溢れて来た。
(どんな想いで……。これまでジョンと過ごした日々を思い出すんだ。そこに、ジョンの想いの真実があったはず。私がお父さんの娘だから償いのために、お父さんの代わりに愛してくれているんじゃない。わかってる)
『償いとか関係ない!! きみが好きだよ。愛してる』
(そう言ってくれたジョン。ずっとわたしの幸せばかりを考えていてくれた。私のそばにいることが幸せと言ってくれた。私をいつも大切にしてくれて、蕩けるくらい甘くて、真剣に心配してくれて、いつも私を一番に考えてくれて、まっすぐに想ってくれている)
『きみより大切なものはない』
(ジョンの揺るぎない気持ちが痛いほどわかるのに、私が悩む必要なんて、全然ないよ。出会いのきっかけなんて、そんなことはどうでも良いこと。今、お互いに心が通い合っているんだから、それで良い)
リジーは、自分の手にしていた同じ花を、墓石に並べて捧げた。
(もし最初に知っていたら、当然複雑な思いやしこりはあって、避けたり距離を置いたりしたかもしれない。でも、最終的にはやっぱり誠実で優しいジョンを大好きになっていたと思う。ジョンのことをきっとすべて知っていたお母さんたちだって、みんなジョンを受け入れて見守って、大切に思ってるんだから。何も心配することなんてなかったんだよ)
(そう、怖がらないですべてをそのまま、ありのまま受け入れれば良いんだよ……ジョン。あなたが私自身を受け入れてくれたように私もあなたのすべてを受け入れる!)
リジーは、自分の決意も新たにした。
「お嬢さんだったのかい?」
「!!?」
リジーは突然声をかけられ、飛び上がった。
「あ~、驚かせて悪かったね。私はこの霊園の管理会社の者だよ」
リジーが振り向くと、穏やかな雰囲気の白髪交じりの初老の男がいた。
男は作業用のジャケットにジーンズといういでたちだった。
手袋をして、バケツを持っている。
「毎年、この時期にポインセチアの花束が置いてあるから、気になっていたんだよ」
「毎年? ……置いていたのは私じゃありません」
「そうかい……。お、今年は花束がふたつか。喜んでいるだろうね。お嬢さん、お墓で泣くもんじゃないよ。きっと天国で仲良く暮らしている。神様に気に入られて、早く呼ばれたんだろうね。天からお嬢さんのことを見守ってくれている」
「はい、そうですね……」
リジーは涙を拭うと、空を見た。
気を付けてお帰り、と言うと男は離れて行った。
リジーはジョンに無性に会いたかった。
償いなんていらない。ただそばにいて、ただ愛してくれるだけでいい。
早くそう言いたかった。
今日も下げている胸のペンダントと、コートのポケットの中にある懐中時計を握り締める。
「あ……オルゴール」
リジーは実家のリビングのサイドボードに置いてある、メリーゴーラウンドの形をしたオルゴールをその時ようやく思い出した。
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