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クリスマス編
88 クリスマスフラワー~後編~
しおりを挟むリジーは駅からとにかく家へ向かって、最近ではないくらい急いで走った。
いつもはのんびり家並を見ながら歩く道を、わき目もふらずに通り過ぎる。
そんな悠長なことはしていられない。
「おや、リジー。息を切らしてどうしたんだい? おかえり?」
デイビッドが外にいてクリスマス用の飾りの電球をはずしていた。
「た、だいま、シンおじさん。おか……お母さんは、中に、いる?」
リジーは肩で息をしながら、途切れ途切れに喋った。
「ああ、キャシーは中で……」
デビッドとの会話もそこそこに、リジーは家の中に飛び込んだ。
「まあ、リジー! 慌ててどうしたの? 早くからどこに行ったのかと思ってたのよ」
息をハアハアさせながらリビングに飛び込んで来たリジーに、キャシーが驚いた声をあげる。
「た、ただ、いま、お母さん」
リジーは目を瞬きさせる母の横を通り過ぎて、まっすぐサイドボードへ向う。
サイドボードの上にあるメリーゴーラウンドのオルゴールを迷いもせずに手にとると、ゼンマイになっている金属の台座を回して、またサイドボードの上に置いた。
白い陶器の木馬がはじめはせわしく、そして徐々にゆっくりと回転する。
そこから流れて来た曲は<見果てぬ夢>、切ない調べだった。
(ジョンから貰った懐中時計と同じメロディー。どうしてだろう、この曲を聴くと自然と涙が……。これはきっとお父さんが残してくれた謎解きパズルのピース。欠けた部分がぴったりはまれば、すべての真実が見えてくる)
曲が鳴り終わった。木馬も止まり、静けさだけが残された。
(間違いない。ジョンはお父さんの義理の息子)
「思い出したの? 懐かしいわね。あなたが何度もフリードにゼンマイを巻かせて、よく聴いていた」
キャシーが懐かしい過去を思い出すように、穏やかな顔で目を細める。
リジーはコートのポケットに入れていた懐中時計を取り出した。
母が息を飲むのがわかった。
「この懐中時計は、ジョンがクリスマスプレゼントにくれたの」
「そう。ジョンから、その……聞いて……ない?」
キャシーが探るような、そして心配そうな目を向けて来た。
「ジョンがお父さんの再婚した人の子供だってこと!?」」
リジーの硬い口調に、キャシーの表情が見る見るこわばった。
「聞いてないよ!!」
リジーが声を張り上げたのと、デイビッドがリビングに現れたのはほぼ同時だった。
デイビッドがキャシーのそばに寄ると肩をそっと抱き寄せる。
「お母さん、知ってたんでしょ!? シンおじさんも! 知っていたのに私には何も教えてくれなかったんだ!」
ふたりが眉を寄せ、顔を見合わせたので、リジーは察した。
やはり、知らないわけはない。
「そうね。黙っていて悪かったわ。ジョンが、自分から話すと言っていたから。まかせてたの。あなたの方が先に真実に辿り着いてしまったのね」
キャシーが深いため息を吐く。
「今から戻る! ハーバーシティへ」
リジーの瞳から、涙は消えていた。
「ちょっと、どうするつもり?」
「どうもしない。ただ、ジョンと話をつける」
リジーの目は腫れてはいたが、瞳は強い光を帯びていた。
「さすが、キャシーの娘だな」
「デイビッド!」
「ジョンがもたもたしていたからこうなった。なるようにしかならないのに、うじうじとひとりで勝手に悩むのが好きな奴だからな。まあ、あまりジョンをいじめないでやってくれ、リジー」
「いじめないよ。悔しいの。早く話してくれていたら、ジョンがずっと楽だったのに」
リジーは目を伏せた。
「その懐中時計、見せて。懐かしい、フリードのだわ」
リジーが渡した懐中時計を、キャシーは丁寧に受け取ると表面のイニシャルを撫でた。
「あなたに話しておく」
そしてリジーの手に戻すと、いつもとは違う落ち着きのある声でキャシーが口を開いた。
「私の知っているジョンの事。ジョンは自分からは言わないかもしれないから。この話は、ジョンの後見人の弁護士さんから聞いたんだけど、フリードとジョンのお母さんね、ジョンがふたりにプレゼントしたチケットの劇を観に行った帰りに交通事故に遭って、ふたり一緒に亡くなったそうなの。だからジョンは、ふたりが亡くなったのは自分のせいだとずっと苦しんでいたそうなの。弁護士さんもジョンにはすごく同情していて、肩入れなさってたわ」
キャシーの言葉に、リジーはうなされていたジョンの苦しそうな姿を思い浮かべた。
(そうだったんだ。……ジョンは今もずっと苦しんでる)
「それから、この話は私から聞いたことはジョンには内緒よ。ジョンはね、ずっと前からあなたを自分の遺産相続人にしてるの」
「え? どういうこと?」
「実はフリードが亡くなったとき、相続の権利が子供のあなたにもあったんだけど、私が放棄したの。ごめんね、勝手に。別れた相手の残した財産を受け取るなんて、私が嫌だった。そうしたらしばらくしてジョンが直接会いに来た。自分の非じゃないのに謝られて相続するように懇願されたけど断った。その後ジョンの弁護士さんから連絡が来たのよ。ジョンがあなたを自分の遺産相続人にしたって。彼の決意を聞かされた。自分はずっとひとりで生きるつもりだったのかしらね。自分の未来の幸せのことを考えなかったのかしらね。ジョンのあなたに対する想いはどこまでも真剣よ」
リジーの瞳からはまた涙が次々溢れて来た。
脳裏には鮮やかな赤いポインセチアの花が思い浮かんで、なぜかずっとそれが残っていた。
リジーは、帰り支度を終わらせ、荷物を持ってリビングに入った。
「準備終わったの?」
キャシーが今にも泣きそうで寂しそうな笑みを浮かべている。
「お母さんたら、そんな顔しないでよ。またすぐ帰ってくるから。シンおじさん、お母さんのこと、よろしくお願いします」
横にいるデイビッドに告げる。
「任せて、リジー。また<スカラムーシュ>で。今度会う時は、私の本当の娘になってるかもね」
「デイビッド!」
キャシーがいつもの母親らしい顔つきに戻ったので、リジーは安心した。
「あ~あ、リジーにハグできなかったのが心残りだ」
「いやらしい!」
キャサリンが露骨に嫌な顔をする。
「冗談だったのに。キャシーもジョンも私を信用しなさすぎる」
「どの口が言うのよ」
デイビッドのおかげで、明るく出発できそうだとリジーは思った。
きっと母も寂しく思っている暇もないに違いない。
「お母さん、お父さんのオルゴールを持っていっても良い?」
「良いもなにも、そのオルゴールはあなたのだもの。好きにしていいのよ」
リジーはサイドボードのオルゴールを手にすると、底を返し見る。
金属のゼンマイの台座に色あせた紙が貼ってあった。
~私の愛する娘エリーゼへ 父より~
直線的な文字でそう書かれていた。
リジーは天井を仰ぎ見て、涙を堪えた。
「リジー、さあ、そろそろ列車の時間も気にしなきゃね」
「うん」
母親の声に力強く頷く。
リジーは荷物を持って、玄関に移動した。
「気を付けるのよ、リジー」
「大丈夫」
キャシーとケイトにそれぞれぎゅっと抱きしめられる。
リジーもふたりを力の限り抱きしめた。
「またね、リジー」
「おばあちゃん、色々大変だと思うけど、身体を大事にね」
「ありがとう。リジーもね」
「うん」
リジーは、ふたりの背後にいるデイビッドに近づくと、自分から抱きついた。
「リ、リジー!?」
デイビッドが突然のことに慌てて両手をあげている。
「ジョンには内緒だよ。シンおじさん、お母さんとおばあちゃんをよろしくお願いします」
「まかせてくれ、リジー。ふたりをずっと守るよ。もちろん、きみとジョンだって。家族だからな」
デイビッドは、優しくリジーの肩に手を回した。
「おじさん、がんばって。大丈夫だよ」
リジーは、デイビッドの耳元でこっそり囁いた。
◆◆◆◆◆◆
リジーは昨夜キャシーと、デイビッドとのことについても話をしていた。
『お母さん、結婚を迷ってるって言ってたけど、お母さんはシンおじさんが好きって顔してるよ』
『え!?』
『迷わなくても、流されたっていいんじゃない? おじさんは船乗りシンドバッド。思い切っておじさんの大船に乗ってみたら? おじさんがそれを望んでるんだよ』
『娘としてあなたの正直な気持ちはどう? 嫌、じゃない?』
母にしては自信のないような言い方だった。
『全然嫌じゃないよ。むしろシンおじさんと結婚してあげて。私、おじさん好きだし、おじさんにもお母さんにも幸せでいてほしい。ふたりが結婚すればもっと幸せになると思う! その、おじさんのお母さん好き好きビームが眩しすぎて、目のやり場に困ったというか、顔を背けたりしていたのはそういうことだから。祝福してないわけじゃないから、誤解しないでね!! ふたりの幸せが私の幸せだよ!』
『ありがとう、リジー』
母が幸せそうに目を潤ませた。
家族の幸せが、自分の幸せ。みんなそう思っている。
◆◆◆◆◆◆
リジーを見送りに、キャシーとデイビッドも家の外に出てきた。
「本当に駅まで送らなくていいの?」
「いいの。町並みを見ながら歩いて行きたいんだ」
「そう。相変わらずなのね」
「じゃあね、行ってきます!」
リジーはふたりに元気に手を振ると、背を向け歩き出した。
♢♢♢
キャシーは、リジーの後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。
なぜか今はそれほど寂しくない。背後に鬱陶しいが温かい気配があるからだ。
振り向くと砂糖のように甘い微笑みを返される。
「寂しいでしょ? 抱きしめてあげる?」
(心にあいた穴を、この人がいつも埋めてくれていた。もうずっと前から)
「人の弱みにつけこむつもり?」
「その通り」
「抜け目ないのね」
「ずるい大人だから」
「残念だけど、今は寂しくないの」
「え?」
「鬱陶しいあなたがいるから……」
キャシーはからかうような笑顔を向ける。
「……え、それじゃあ、何? このジレンマ! 僕がいるから寂しくないから、僕がきみを抱きしめられないって? キャシー、酷いよ~」
「ずるい大人ですから」
「ずるい大人は実力行使あるのみ」
デイビッドはニヤリとすると、すまし顔でキャシーを抱きあげる。
「もう誰にも遠慮なんかするもんか。きみを全力で捕まえる!」
デイビッドの瞳が青年のようにきらきら輝くのをみて、キャシーはもう観念した。
自分の迷いなど、この瞳の前では取るに足らない事のように感じた。
「……もう捕まってる」
キャシーの呟きはデイビッドの胸の中に消えていった。
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