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クリスマス編
92 新しい年に向かって
しおりを挟むリジーの勤める<フォレスト>は、12月31日の今日は早めに閉店し、年始は1月2日から開店する。
年末でもセール品を求めに来る客はいたが、午後になるとさすがに減ってきた。
「さあ、みんな、今年ももうひとがんばりよ!」
珍しく売り場に出ていた所長のシルビアが、大きな声を張り上げる。
「「はい!!」」
周りにいたスタッフたち、そしてリジーもその声に負けじと返事をする。
(今年も終わるんだ。ここに来てからは早かったなあ)
リジーは、あちこちでセールの文字が躍る、賑やかで明るい店内を見渡す。
「リジー、お客様よ!」
スーザンの方を見ると、ウエンディとシャロンの親子が手を振っている。
「ウエンディさん、シャロンさん! こんにちは!!」
「ハーイ! リジーちゃん! 昨日見せてもらったお花の絵ね、サイズをうちのリビングの壁に合わせてみたら丁度良いし、部屋のイメージにもぴったりな感じだったから、買いに来たわよ!」
「わあ、ありがとうございます!!」
リジーは展示してある美しい絵を振り返って、急いで慎重に持ってくる。
スーザンがイーゼルを運んで来てくれていたので、リジーは絵をイーゼルの上に飾った。
日差しの明るいテラスに溢れるほどの色とりどりの花、新年への希望を映すような絵だった。
「素敵な絵ですよね。気に入っていただけて、本当に嬉しいです!」
リジーは踊り出したくなるくらい嬉しくなり、ウエンディの手を握った。
ウエンディがにこにこしながら、目を光らせた。
「で、セール価格よね?」
「はい、そうです。550ドルのところ20%オフなので、440ドルになります!」
「ずいぶんお得ね、嬉しいわ!」
「リジー、お知り合い?」
そこへマリサが現れ、声をかけてきた。
「はい! マリサさん。ご近所のウエンディさんです。出勤前の散歩をしている時に、お話するようになって、とびっきりおいしいパンプキンパイを味見させていただいたこともあるんですよ!! もう、パイはサクサクで中のかぼちゃのペーストもつぶが残っていて食べ応えがあって、それでいてしっとりしていて、甘さも控えめで……」
話はパンプキンパイがいかにおいしかったかの説明にすり替わってきた。
「えーっと、リジーちゃん、わかったからパイの話はそのくらいで。パイを褒めてもらってうれしいけど、ちょっと褒めすぎよ。恥ずかしいわ」
ウエンディのほうからストップがかかり、リジーはハッとして握っていた手を離して押し黙った。
横でシャロンがおなかを抱えて笑い転げている。
「すみません!」
(あ~またやっちゃったかも。みんな私のこと呆れてるよね)
「コホン……」
気を取り直したマリサが軽く咳払いをする。
「失礼いたしました。私はこの店の店長のマリサです。いつもリジーが本当にお世話になっているようで、すみません」
(うわっ。謝られた~)
スーザンとシャロンが噴いたのがわかって、恥ずかしさにリジーは目線を下げた。
「いえいえ、リジーちゃんとお話するのは本当に楽しくて。私のほうがお世話になってるわ」
今度はウエンディがリジーの手を取ると、にっこりした。
「私も、ウエンディさんとお話するの大好きです!」
リジーも顔を上げる。
「まあ、ありがとう」
ウエンディとリジーは、手を取り合い微笑みあった。
「今年最後のお客様のようですし、リジーの知人の方ということで、こちらの絵をファミリー価格400ドルにさせていただきますわ」
マリサは店長らしいキリッとした態度だったが、女性らしい優しさのある表情を見せた。
「あら、本当に!? ありがとう! 店長さん」
「今後とも、リジーもこの店もよろしくお願いいたします。あ、くれぐれもファミリー価格の件は他の方々には内緒にしてくださいね。今回は特別ですから」
「もちろんですとも!」
ウエンディは弾んだ声を出した。
リジーは流れがわからず、キョトンとしていた。
「お支払いは小切手ですか? 現金ですか? それともカード?」
慣れてるスーザンが、すかさずスマートに尋ねる。
「小切手で」
それにはシャロンのほうが答えた。
「かしこまりました。お会計はあちらのレジでお願いします」
リジーも我に返ると背筋を伸ばし、ウエンディとシャロンを案内する。
ふたりが会計をしている間に、持ち帰るための箱を取りに行こうとリジーが振り向くと、そこにカイルがいた。
箱を手にしている。
ニコリともしないで箱をリジーの目の前へ寄越す。
「レスリーの『花籠のあるテラス』の箱だ」
「あ、ありがとうございます。カイルさん!」
リジーはカイルが売り場にいることに一瞬驚いたが、箱を受け取ると、絵を丁寧に拭いて箱に入れた。
さらにじわじわと嬉しさが込み上げて来る。
(絵が売れた! 良かった。嬉しい、ありがとうウエンディさん、シャロンさん。それに、マリサさん、スーザン、それにカイルさんも)
リジーは、<フォレスト>で仕事をするようになって、初めて絵を売り上げた。
「リジーちゃん、良い絵をすすめてくれてありがとう」
「おかげで、明るい新年が迎えられそうよ」
ウエンディとシャロンの言葉に、リジーは胸がいっぱいになった。
「こちらこそ、お買い上げ、ありがとうございました!!」
会計が終わり、ウエンディたちは絵を持ち帰ることになった。
車まで運ぶためリジーが絵を持ち上げようとすると、横からカイルに取り上げられた。
「俺が車までお持ちします」
カイルが多少柔らかい視線をウエンディに向ける。
「あら、ありがとう。助かるわ。じゃあ、お願いしますね」
「私が……」と言いかけたリジーは、カイルに耳元で素早く囁かれた。
「落としたり転んだりされたらかなわん」
「そ、うですね……ありがとうございます」
リジーは、カイルの申し出に素直に従うことにした。
初めての絵の売り上げで気持ちが浮かれすぎている。
こういうときは確かに注意が必要だ。
「リジーちゃん、またね! 来年うちの庭で会いましょう!」
「リビングに飾ったこの絵も見ていってね」
ウエンディとシャロンに優しく声をかけられ、
「はい、また来年。良い新年をお迎えください!」
リジーはそう挨拶しながら、今の感謝の気持ちを忘れないよう胸に刻み込んだ。
そしてふたりの乗った車を見送った。
「ご苦労だったな。朝の散歩も無駄じゃなかったな」
カイルにぼそりと呟かれる。
「カ、カイルさん……無駄って……」
「良かったね、リジー。絵が売れて」
「お疲れ様。最後までよく頑張ったわね」
いつの間にかスーザンとマリサもそばにいる。
「ファミリー価格にしてくださって、ありがとうございました、マリサさん。スーザン、カイルさんもフォローしてくださって、ありがとうございました」
「これでリジーも良い新年が迎えられるね!」
「うん!」
リジーは、スーザンの言葉に大きく頷いた。
注がれる3人の視線は、みな優しく、リジーはさらに幸せな気持ちになる。
感激して少し涙ぐむリジーの背中に、スーザンが手を当て、マリサには頭を撫でられた。
「ほら、早く店を終わらせて、片付けて帰るぞ」
言葉はぶっきらぼうだったが、カイルの声にも温かみを感じた。
(<フォレスト>に入って良かった。みんな親切で温かい)
店に戻ると、シルビアにも声をかけられた。
「お疲れ様、リジー。初の大きな売り上げおめでとう!」
「ありがとうございます!!」
「これからも、がんばって。さあ、みんなもお疲れ様~! 片付けて閉店よ。カウントダウンパーティを楽しむも良し、家でのんびりも良し、また来年2日から頼むわよ!!」
シルビアの明るい声が店内に響く。
黄色の華やかなツーピースが、際立っていた。
♢♢♢
「じゃあ、リジー、お疲れ様。良い新年を! また来年ね! 余裕があったら、ジョンとベイサイドエリアにでも行ってみたら? 花火がきれいだよ」
「うん、ありがとう、スーザン。本当に今年はすごくお世話になって感謝してる。来年もよろしくお願いします」
「はいはい、公私ともに面倒見てあげる!」
「……うん」
リジーは、スーザンにぎゅっと抱きしめられた後、駅で別れた。
リジーはそれからすぐにジョンのことを思い出すと、もうジョンのことしか考えられなくなった。
(早く帰らなくちゃ)
街行くすれ違う人々の楽しそうな顔も、年末の街の活気のある風景も、リジーにはまったく目に入らなかった。
小走りでアパートメントのある通りに戻って来たときには、薄暗くなっていた。
「!!」
目指す建物から、微かに灯りが漏れているのがわかった。
(あ、<スカラムーシュ>に灯りが点ってる! ジョン、帰ってるんだ!!)
リジーはいったん止まって、深呼吸をして息を整えてからまた駆け出した。
(新しい年をジョンと迎えられる!)
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