いつの日か、きみとサンタクロースと

名木雪乃

文字の大きさ
91 / 95
クリスマス編

91 ふたりの幸せな時間

しおりを挟む

 サムとアイリーンのお話です。

―――――――――――――――――――――

 12月31日、サムはアイリーンと駅前で待ち合わせをしていた。

 数日前にハーバーシティには戻って来ていたが、<タコガーデン>が思いのほか忙しかったのとシフトの関係で、アイリーンと会う時間が取れていなかった。

 毎晩電話で会話をし、彼女の心地よい声は耳にしていたものの、ようやく会えた本人を目の前にすると嬉しい気持ちは抑えられない。

「アイリーン! 会いたかったよ! 休暇明けから柄にもなく必死で働いちゃってさあ。ごめんね。今まで会えなくて」

 サムは目の前のモスグリーンのコートを着た温かそうなアイリーンを思い切り抱きしめていた。

「ちょっと、止めてよ……」

 アイリーンは頬を染めてはいたが、引き気味だった。

「あれ? 何? この温度差……。帰って来てすぐに会えなかったから拗ねてるの?」
「ち、違うわよ。あなたは無駄に目立つから、こんなに人がいるところでは……」

 アイリーンがサムの腕の中でもごもご言う。

「人が多いから誰も俺たちのことなんか気にしないと思うのに。じゃあ、俺の部屋に行こうよ。そこならいいの?」
「嫌よ。部屋には行かない」
「どうして? 俺、きみの嫌がることなんてしないけど」

(まあ、キスくらいはするかもしれないけどね)

 サムはすました顔をする。

「わかってるけど、緊張する……」
「え? ……」

 サムはアイリーンに気付かれない程度に小さく笑っていた。

(なんだろう、仕事をバリバリやってキャリアを積んだような、見た目は気の強そうな雌ライオンなのに。このギャップは……。心が捕まれる)


「俺がプレゼントしたブレスレットしてくれてたんだ。嬉しいよ」

 手首を持ち上げ口付けると、アイリーンは慌てたように手を離そうとした。

「ちょっと会わなかっただけなのに、このよそよそしい反応。寂しいなあ」
「あなた、べたべたしすぎなのよ」
「みんなこのくらいやってるだろ?」

(付き合っていたあの大男からはこんなことされなかったの? ……嫉妬深いな俺も)

「俺もこれは大事にしてたよ。きみだと思って」

 下げていたチェーンを服の中から出してアイリーンから預かった指輪を見せる。
 アイリーンの顔つきが柔らかくなった気がした。

「これ、返したくないなあ。俺が指輪を贈るまで持ってていい?」
「え?」
「じゃあ、通りを歩こう」
「ええ……」

 アイリーンはほっとしたような表情をした。

「でも、手は離さないよ」
「……」

 アイリーンは、それは嫌がらなかった。


「きみからのクリスマスプレゼントも、さっそく使わせてもらってるよ。ありがとう。爽やかな良い香りだね。今日も少しつけてるんだけど、わかった?」
「ええ。気に入ってくれたのなら、良かったわ。……それで、実家でのクリスマスは楽しかった? ジョンもリジーもいて、賑やかだったでしょうね」
「うん、あいつらがいると退屈しないね。俺の姉妹たちはさっそくジョンに色目使うしさ。ばあちゃんまで」
「おばあさま?」
「ああ、魔王の生気を吸う魔女みたいだったよ。ジョンは魔女にひっつかれても嫌な顔しないし、リジーはリジーでジョンにひっついてるばあちゃんに文句のひとつも言わないで逆ににこにこ見てたし。だからばあちゃん、やりたい放題だったな。まあ、すげー嬉しそうだったけどね」
「リジーは心が広いのね」
「鈍いとも言うがな。でもそういうところばかりじゃないからな。本能で人の気持ちを感じ取ってる」
「……」
「相変わらずドジは踏んでたぞ。木登りして滑り落ちたり」

「あなたは、リジーには惹かれなかったの?」
「……気になる?」

 サムは眉をあげておどけるとアイリーンの顔を覗き込んだ。

「き、気にならないけどっ。なんとなく聞いただけ」

 アイリーンが慌てたように視線を逸らす。


「俺の好みのタイプとはちょっと違ったし、なんだか知らんけど、最初から魔王のガードが凄まじかったから対象外」
「ジョンの?」
「ああ。リジーに指一本でも触れた奴は許さない。すべてを、命すら賭けてリジーを守る覚悟をしてるようだった。だから、突然現れたあの子はいったい何者かと思ったよ。妹にしては全く似てないし。妹なのかと聞いたら魔王に違うとキレられた。最初から魔王のすべての意識を注がれている女の子……。惹かれるどころじゃない、逆にリジーに嫉妬したよ。言い方が悪いが俺がようやく懐柔したジョンを最初から何の苦労もなく手懐けてたからさ。でも、しばらく様子を見てたら、なんだかいつの間にか納得してた。あのふたりにはきっと運命的なものがあるんだろうってね。きみも前にそんなようなことを言ってたよね。きみと俺もそんなだったらいいなと思ってるよ」

 聡明な緑の瞳がサムを見上げていたが、目が合うと、また少し伏せられた。


「サム、私はリジーと違ってひねくれた人間よ。今日だってあなたに会えて嬉しいのに、それを顔に出すのが恥ずかしくてひた隠しにして、我慢して……。だから逆にそっけない態度になってしまって、顔もこわばっていた筈よ。こんな私なのに……」
「なるほど、そういうことだったのか。可愛いなあ、素直じゃないところ。でも白状しちゃうなんてもろに俺の好みだよ。俺は、意地っ張りでひねくれたきみみたいな女の子をとろけさせるのが好きなの。わかる?」
「……」
「心配しなくても、俺はこう見えても一途だから」
「な、なにも心配してるわけじゃないから」

 少し頬を赤らめたアイリーンを見て、気を良くしたサムは打って出る。


「俺の家で、ジョンがリジーに激しいキスをしてるのを偶然見ちゃってさ、参ったよ。リジーがその後ぐったりしてジョンが慌ててた。アイリーンはどっちが良い? その、激しいのと優しいのでは……」

 サムはとびきり甘い顔を向けてみた。

「や、優しいの……」

 アイリーンの驚くほど素直な返答に、サムは心からの笑みを乗せる。

「心得ておくよ」

(そろそろキスはしてもいいってことかな?)

 サムは繋いでいる手をぎゅっと握ってみた。
 アイリーンが艶やかな顔に戸惑いを見せる。

(あれ? だめ?)

「アイリーンは、何をしている時が一番楽しい?」

 サムは少し様子を窺おうと話題を変えた。

「……ひとりで部屋でコーヒーを飲みながら本を読んでいる時」

(残念、俺と一緒の時とは言ってくれなかったか……)

「へえ……」
「基本ひとりが好きなの」
「俺に誘われるのは迷惑って暗に言ってる? まあ、それでも俺は……」
「ずっと、ひとりがいいわけじゃないから!」

 アイリーンがきっぱりした口調で付け加えた。
 少ししょぼんとしたサムだったが、その一言ですぐに復活し、アイリーンの柔らかな手をしっかりと握りなおす。

「私、4人姉弟の一番上で、下に弟3人なの。家は毎日騒がしくて全然落ち着けなかった。男3人て地獄よ。だから高校を卒業してすぐに、ひとりになりたくて家を出てこの街に来たの」
「あははは……。そうか。俺たち似たもの同士だったわけだ」
「似たもの同士?」

 サムは大笑いをしながら、アイリーンの肩を抱き寄せた。
 
「きみの気持ちわかるよ。俺は女姉妹3人だって言わなかったっけ? 俺も煩わしかったよ」
「そうだったのね」

 アイリーンも穏やかな笑みをみせる。

「だから、俺もひとりは好きだし、静かな所にいたいとも思う。俺の故郷に、今は使われていない古びた石造りの教会があるんだ。今度、そこへ連れて行くよ。静かで心が洗われる……俺がすごく好きな場所」
「素敵ね。静かな所は好きよ。連れて行って」

 アイリーンはサムの背中に腕をまわし、ようやく綺麗な笑顔を見せた。



「サム、……その、聞いておいて……しないの? かしら……」

 アイリーンの言葉が聞き取れないほどとぎれとぎれだったので、「へ?」とサムはとぼけた反応をする。

「もう、いい……!」

 アイリーンがほんのり赤く染まった顔を勢いよく背ける。

「ん? 何?」

 サムは気になってアイリーンの前に回り込むと、そのさらに食べごろのリンゴのようになった顔を覗き込んだ。
 アイリーンはサムをチラリと見上げただけで視線を合わせず、何かまだ物言いたげな顔をしている。
 その表情がやたらと煽情的に見え、感が働いたサムはアイリーンの肩を抱きながら耳元で囁いた。

「キスしたい。ここじゃだめ?」
「え!?」

 ふたりはいつの間にか<スカラムーシュ>の前まで歩いて来ていた。

 サムはアイリーンの返事を待たずに彼女の肩を抱いたまま<スカラムーシュ>の内玄関までサッと移動すると、ゆっくり顔を寄せる。
 壁に両腕をついて囲っているので、逃げ場の無いアイリーンが目を見開いている。

「優しくできる自信がなくなった……。きみが好きだよ」

 サムはできるだけ優しく言ったが、アイリーンの少しひんやりした手が頬に触れて来ると、身体の奥から湧き上がる獣的な衝動に支配された。
 サムは逃さないように、アイリーンの顔を両手で挟むと、そのふっくらした唇に自分のを素早く重ねた。
 拒まれてはいないと思ったら、貪欲になる。

(吸血カラスの気持ちが今ならわかる。冷静ではいられない。抑えが効かなくなるな)

 サムはアイリーンの潤いのある柔らかな唇を、舌を口内をすべて、自分が満足するまで味わい尽くした。


「あれ? 俺、狼になっちゃった?」
「何をとぼけたこと……。優しいのは最初だけだったわね……馬鹿……」

 肩で息をしながらサムを軽く睨むアイリーンの表情は、とろけるように甘く柔らかい。

(怒ってはいないみたいだ、良かった)

「ごちそうさま……」

 サムは安心してニッコリとアイリーンに笑いかけると、頬を上気させた彼女を優しく包み込んだ。


 リジーとジョンが<スカラムーシュ>に帰って来る1時間前の事だった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

処理中です...