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クリスマス編
91 ふたりの幸せな時間
しおりを挟むサムとアイリーンのお話です。
―――――――――――――――――――――
12月31日、サムはアイリーンと駅前で待ち合わせをしていた。
数日前にハーバーシティには戻って来ていたが、<タコガーデン>が思いのほか忙しかったのとシフトの関係で、アイリーンと会う時間が取れていなかった。
毎晩電話で会話をし、彼女の心地よい声は耳にしていたものの、ようやく会えた本人を目の前にすると嬉しい気持ちは抑えられない。
「アイリーン! 会いたかったよ! 休暇明けから柄にもなく必死で働いちゃってさあ。ごめんね。今まで会えなくて」
サムは目の前のモスグリーンのコートを着た温かそうなアイリーンを思い切り抱きしめていた。
「ちょっと、止めてよ……」
アイリーンは頬を染めてはいたが、引き気味だった。
「あれ? 何? この温度差……。帰って来てすぐに会えなかったから拗ねてるの?」
「ち、違うわよ。あなたは無駄に目立つから、こんなに人がいるところでは……」
アイリーンがサムの腕の中でもごもご言う。
「人が多いから誰も俺たちのことなんか気にしないと思うのに。じゃあ、俺の部屋に行こうよ。そこならいいの?」
「嫌よ。部屋には行かない」
「どうして? 俺、きみの嫌がることなんてしないけど」
(まあ、キスくらいはするかもしれないけどね)
サムはすました顔をする。
「わかってるけど、緊張する……」
「え? ……」
サムはアイリーンに気付かれない程度に小さく笑っていた。
(なんだろう、仕事をバリバリやってキャリアを積んだような、見た目は気の強そうな雌ライオンなのに。このギャップは……。心が捕まれる)
「俺がプレゼントしたブレスレットしてくれてたんだ。嬉しいよ」
手首を持ち上げ口付けると、アイリーンは慌てたように手を離そうとした。
「ちょっと会わなかっただけなのに、このよそよそしい反応。寂しいなあ」
「あなた、べたべたしすぎなのよ」
「みんなこのくらいやってるだろ?」
(付き合っていたあの大男からはこんなことされなかったの? ……嫉妬深いな俺も)
「俺もこれは大事にしてたよ。きみだと思って」
下げていたチェーンを服の中から出してアイリーンから預かった指輪を見せる。
アイリーンの顔つきが柔らかくなった気がした。
「これ、返したくないなあ。俺が指輪を贈るまで持ってていい?」
「え?」
「じゃあ、通りを歩こう」
「ええ……」
アイリーンはほっとしたような表情をした。
「でも、手は離さないよ」
「……」
アイリーンは、それは嫌がらなかった。
「きみからのクリスマスプレゼントも、さっそく使わせてもらってるよ。ありがとう。爽やかな良い香りだね。今日も少しつけてるんだけど、わかった?」
「ええ。気に入ってくれたのなら、良かったわ。……それで、実家でのクリスマスは楽しかった? ジョンもリジーもいて、賑やかだったでしょうね」
「うん、あいつらがいると退屈しないね。俺の姉妹たちはさっそくジョンに色目使うしさ。ばあちゃんまで」
「おばあさま?」
「ああ、魔王の生気を吸う魔女みたいだったよ。ジョンは魔女にひっつかれても嫌な顔しないし、リジーはリジーでジョンにひっついてるばあちゃんに文句のひとつも言わないで逆ににこにこ見てたし。だからばあちゃん、やりたい放題だったな。まあ、すげー嬉しそうだったけどね」
「リジーは心が広いのね」
「鈍いとも言うがな。でもそういうところばかりじゃないからな。本能で人の気持ちを感じ取ってる」
「……」
「相変わらずドジは踏んでたぞ。木登りして滑り落ちたり」
「あなたは、リジーには惹かれなかったの?」
「……気になる?」
サムは眉をあげておどけるとアイリーンの顔を覗き込んだ。
「き、気にならないけどっ。なんとなく聞いただけ」
アイリーンが慌てたように視線を逸らす。
「俺の好みのタイプとはちょっと違ったし、なんだか知らんけど、最初から魔王のガードが凄まじかったから対象外」
「ジョンの?」
「ああ。リジーに指一本でも触れた奴は許さない。すべてを、命すら賭けてリジーを守る覚悟をしてるようだった。だから、突然現れたあの子はいったい何者かと思ったよ。妹にしては全く似てないし。妹なのかと聞いたら魔王に違うとキレられた。最初から魔王のすべての意識を注がれている女の子……。惹かれるどころじゃない、逆にリジーに嫉妬したよ。言い方が悪いが俺がようやく懐柔したジョンを最初から何の苦労もなく手懐けてたからさ。でも、しばらく様子を見てたら、なんだかいつの間にか納得してた。あのふたりにはきっと運命的なものがあるんだろうってね。きみも前にそんなようなことを言ってたよね。きみと俺もそんなだったらいいなと思ってるよ」
聡明な緑の瞳がサムを見上げていたが、目が合うと、また少し伏せられた。
「サム、私はリジーと違ってひねくれた人間よ。今日だってあなたに会えて嬉しいのに、それを顔に出すのが恥ずかしくてひた隠しにして、我慢して……。だから逆にそっけない態度になってしまって、顔もこわばっていた筈よ。こんな私なのに……」
「なるほど、そういうことだったのか。可愛いなあ、素直じゃないところ。でも白状しちゃうなんてもろに俺の好みだよ。俺は、意地っ張りでひねくれたきみみたいな女の子をとろけさせるのが好きなの。わかる?」
「……」
「心配しなくても、俺はこう見えても一途だから」
「な、なにも心配してるわけじゃないから」
少し頬を赤らめたアイリーンを見て、気を良くしたサムは打って出る。
「俺の家で、ジョンがリジーに激しいキスをしてるのを偶然見ちゃってさ、参ったよ。リジーがその後ぐったりしてジョンが慌ててた。アイリーンはどっちが良い? その、激しいのと優しいのでは……」
サムはとびきり甘い顔を向けてみた。
「や、優しいの……」
アイリーンの驚くほど素直な返答に、サムは心からの笑みを乗せる。
「心得ておくよ」
(そろそろキスはしてもいいってことかな?)
サムは繋いでいる手をぎゅっと握ってみた。
アイリーンが艶やかな顔に戸惑いを見せる。
(あれ? だめ?)
「アイリーンは、何をしている時が一番楽しい?」
サムは少し様子を窺おうと話題を変えた。
「……ひとりで部屋でコーヒーを飲みながら本を読んでいる時」
(残念、俺と一緒の時とは言ってくれなかったか……)
「へえ……」
「基本ひとりが好きなの」
「俺に誘われるのは迷惑って暗に言ってる? まあ、それでも俺は……」
「ずっと、ひとりがいいわけじゃないから!」
アイリーンがきっぱりした口調で付け加えた。
少ししょぼんとしたサムだったが、その一言ですぐに復活し、アイリーンの柔らかな手をしっかりと握りなおす。
「私、4人姉弟の一番上で、下に弟3人なの。家は毎日騒がしくて全然落ち着けなかった。男3人て地獄よ。だから高校を卒業してすぐに、ひとりになりたくて家を出てこの街に来たの」
「あははは……。そうか。俺たち似たもの同士だったわけだ」
「似たもの同士?」
サムは大笑いをしながら、アイリーンの肩を抱き寄せた。
「きみの気持ちわかるよ。俺は女姉妹3人だって言わなかったっけ? 俺も煩わしかったよ」
「そうだったのね」
アイリーンも穏やかな笑みをみせる。
「だから、俺もひとりは好きだし、静かな所にいたいとも思う。俺の故郷に、今は使われていない古びた石造りの教会があるんだ。今度、そこへ連れて行くよ。静かで心が洗われる……俺がすごく好きな場所」
「素敵ね。静かな所は好きよ。連れて行って」
アイリーンはサムの背中に腕をまわし、ようやく綺麗な笑顔を見せた。
「サム、……その、聞いておいて……しないの? かしら……」
アイリーンの言葉が聞き取れないほどとぎれとぎれだったので、「へ?」とサムは惚けた反応をする。
「もう、いい……!」
アイリーンがほんのり赤く染まった顔を勢いよく背ける。
「ん? 何?」
サムは気になってアイリーンの前に回り込むと、そのさらに食べごろのリンゴのようになった顔を覗き込んだ。
アイリーンはサムをチラリと見上げただけで視線を合わせず、何かまだ物言いたげな顔をしている。
その表情がやたらと煽情的に見え、感が働いたサムはアイリーンの肩を抱きながら耳元で囁いた。
「キスしたい。ここじゃだめ?」
「え!?」
ふたりはいつの間にか<スカラムーシュ>の前まで歩いて来ていた。
サムはアイリーンの返事を待たずに彼女の肩を抱いたまま<スカラムーシュ>の内玄関までサッと移動すると、ゆっくり顔を寄せる。
壁に両腕をついて囲っているので、逃げ場の無いアイリーンが目を見開いている。
「優しくできる自信がなくなった……。きみが好きだよ」
サムはできるだけ優しく言ったが、アイリーンの少しひんやりした手が頬に触れて来ると、身体の奥から湧き上がる獣的な衝動に支配された。
サムは逃さないように、アイリーンの顔を両手で挟むと、そのふっくらした唇に自分のを素早く重ねた。
拒まれてはいないと思ったら、貪欲になる。
(吸血カラスの気持ちが今ならわかる。冷静ではいられない。抑えが効かなくなるな)
サムはアイリーンの潤いのある柔らかな唇を、舌を口内をすべて、自分が満足するまで味わい尽くした。
「あれ? 俺、狼になっちゃった?」
「何をとぼけたこと……。優しいのは最初だけだったわね……馬鹿……」
肩で息をしながらサムを軽く睨むアイリーンの表情は、とろけるように甘く柔らかい。
(怒ってはいないみたいだ、良かった)
「ごちそうさま……」
サムは安心してニッコリとアイリーンに笑いかけると、頬を上気させた彼女を優しく包み込んだ。
リジーとジョンが<スカラムーシュ>に帰って来る1時間前の事だった。
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