吾輩は死後である

TADA

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吾輩は死後である

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 吾輩は死後である。名前はまだない。
 何で生き返ったかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした洞窟のような所でブツブツ誰かがつぶやいていた事だけは記憶している。
 吾輩はここではじめてアンデッドモンスターなるものを見た。しかもあとで聞くとそれはノーライフキングというアンデッドモンスターの中で一番高等な種族であったそうだ。
 このノーライフキングというのは強大な魔力と自侭な精神そして永遠の命をもち、時々気まぐれや些細な理由で人の国を滅ぼすという話である。しかしその当時は何という考えもなかったから別段恐ろしいとも思わなかった。
 ただ彼の腕の動きに誘われてスーと立ち上がった時、何だかフワフワした感じがあったばかりである。
 少し落ちついてノーライフキングの顔を見たのが、いわゆるアンデッドモンスターというものの見始めであろう。この時妙なものだと思った感じが今でも実は残っている。さすがにもう慣れただろうと思わせて若干残ってる。第一肌や肉をもって装飾されべきはずの顔がつるつるしてまるで骸骨だ。

 ていうか骸骨だよこれっ!

 吾輩は慌てて周りを見渡した。骸骨、骸骨、みーんな骸骨。身につけているものの差はあれど、みーんな骸骨。
 そう、吾輩とノーライフキングは洞窟内の祭壇のような一段高い台上にいて、周囲をそまつなボロに身を包んだ無数の骸骨にとり囲まれていたのである。


 ノーライフキングはその名の通り命もたぬ者たちの王である。つまりアンデッドモンスターの王である。
 王であるがゆえに王らしい装束を身に着けていて、頭には派手派手しい王冠、手には派手派手しい錫杖をもち、身を飾るのは派手派手しい黄金の刺繍がついた派手派手しい真紅のベルベットマントである。
 吾輩はどんな装束を身に着けているのかと、頭を動かし視線を下に落とすと、アゴのあたりでカチッと軽い乾いた音がした。若干いぶかしくも思ったが、疑念は視界に入った吾が姿の衝撃ですぐに忘却の彼方へと消え去ったのであった。

 全裸っ! そう吾輩は全裸っ! もう見事に丸出しなのであった。

 本来身につけているはずの服も皮膚も肉さえもなく、骨むき出しである。それはもう恥骨まで。恥骨が見えては恥じるしか無いのである。なぜかは知らないけど恥ずかしい骨なのである。
 しかもその骨が黄金色に輝いているのである。
 いやいやいや、これ全裸とか恥ずかしいとかそういうレベルじゃない。吾輩の体はどうなっちゃったの?
 驚きのあまり頭を抱えるとカチッと乾いた音がまたしたのである。そう、これは吾輩の骨と骨が触れ合った音であったのだと、この時ようやく理解できたのである。
 驚愕のあまり口を大きく開け、がらんどうの眼窩をノーライフキングに向ける吾輩。
 うーむ、我ながら表情に乏しいのである。
 その吾輩の感情を表情から不思議な力で読み取りでもしたのか、ノーライフキングがゆっくりとうなずく。ついでにアゴの骨も動いてカチッと乾いた音を立てた。

『我が声が聞こえるか? 我から生まれし子よ』
 耳も脳もないのに不思議と声が聞こえるのである。そういえば先ほどからカチカチと骨のなる音も聞こえていたのである。
『我が魔力から生まれし我が息子よ。お前には我が腹心として特別な力を授けた』
 呆然としている吾輩にノーライフキングが重ねて語りかけてきたのである。
 ふむふむ、脳がないので記憶もあやふやであるが、吾輩を息子と呼ぶからには親父殿で良いのであろう。
『親父殿、特別な力とは?』
 吾輩の反応に満足気にうなずく親父殿はアゴの骨をカタカタと鳴らしながら一気に語りだしたのである。

『まずは距離を問わず我と交信できる能力』
『おぉ、これは特別な能力だったのか』
『そして強固な黄金色の体。ありとあらゆる攻撃を跳ね返す』
『ワハハハハハ。じゃあ実質無敵!』
『そして我に迫るほどの強大な戦闘能力』
『すばらしいっ! 具体的にはどんな……』
『蹴れば粉砕、殴れば陥没、骨の髄まで蹴る殴ーる』
『グールっていうのは蹴ってはいけないので?』
「グール? いや? 構わず蹴れよ、蹴ればわかるさ」
『よ、よくわからないけど理解しましたっ! つまりは肉体攻撃系能力ですな』
『肉体? ま、まぁお前のゲンコツをいかんなく振るうが良い。お前はその能力を使い、周りに控えるスケルトン軍団を率いて、蹴って殴って人間どもを滅ぼすのだっ! 行け、我が息子よっ!』
『なにゆえっ!? イヤじゃっ! 断じてノォォォォォォォォォッ!』
 彼方を指差す親父殿。
 カタカタと骨を鳴らして、はっきりと拒絶の言葉を叩きつける吾輩。
 会話開始から決裂まで、この間わずか三十秒。
 こうして吾輩は生後約一分で魔力で繋がれた父親と敵対関係に入ったのであった。


『どうしても我に従えぬというのか、息子よ?』
 吾輩の頭に親父殿の言葉とともに、怒りや戸惑いなど混じり合った複雑な感情が流れ込んでくる。
『……人として生きて人として死んだ。だから死した後も人のままでいたい』
 吾輩の言葉に答えるかのように、親父殿の両掌の間に青白い稲妻が走り、それがやがて火花を散らし輝く球となった。
『ならばやむを得ん。せめて手向けとして我自ら葬ってやろう。滅ぶ人間の先導を務めるが良いっ!』
 親父殿の両手が押し出すように動く。
『受けてみよっ! スパーキングショット!』
 光球から撃ち出された無数の稲妻が迫りくる。吾輩は顔を覆うように両腕を交差させて防御姿勢を取ったのである。
 閃光と響音そして体を貫く衝撃を、骨だけの吾が身が感じる不思議。しかし実質無敵の吾が身には問題はなかったのである。
『あ、あれ? 全く効いてない? ワハハハハ、散弾ではなぁ!』
『ぬぅぅ、さすがに骨があるではないか。先に支配の呪文をかけておくべきだったわい』
『もう遅いわっ! のうなし親父っ!』
 言いながら吾輩はカタカタと骨を鳴らして親父殿に駆け寄って、両手を広げ、飛びつき、しがみついたのである。
『こう近づけば魔法での攻撃は無理だな、親父殿』
『ええい、離せ、離さぬか。離さぬとこうだっ!』
 親父殿の叫びとともに膨大な魔力が膨れ上がり、吾輩らの体はもろとも爆炎に包まれた。
 急激に膨れ上がった火球が激しい爆風を生じ、辺り一面全てをなぎ倒す。
 哀れなりスケルトン軍団、安らかに眠るのである。
『フハハハ、怖かろう? 我が身は炎に対して完全耐性を持っておるのだよっ! む? お前も無傷かっ!』
 爆炎を割って現れた、変わらずしがみついてる吾輩の姿に驚く親父殿。
『何を驚く? 親父殿がそう吾輩を作り上げたのであろうっ!』
『すっかり忘れとったわ。まさか脳が無いことがここまで影響するとはっ!』
 うーん、何やら○○老人をいじめてる気がしてきたのである。なんと言っても吾輩の親父殿らしいから、平和裏に収められるならそうしたいのである。

 吾輩は説得を試みた。
『親父殿、もうやめよう! 争いは止めて人里離れてふたりでのんびり過ごそう』
『聞く耳などもたん! 離せ、離せというのに。ええい、もはや親でも子でもないわっ!』
『舌の根も乾かぬうちに酷いことを言うっ!』
『乾く舌など、無いっ!』
 親父殿が発した決別の言葉に、吾輩が守ってきた最後の一線が決壊した。
『この……人でなしーっ!』
 親父殿の胸を両手で突き押して、空いた間合いを使って渾身の右後ろ回し蹴りを胸部に叩き込む。
 王冠が弾け飛び、胸骨は粉微塵に粉砕飛散し、手から力なく錫杖が落下する。
 うっわっ、蹴れば粉砕、ってそのまんまじゃないかっ! やりすぎぃっ!
 支えを失って転がり落ちた白い骸骨に吾輩は慌てて駆け寄って拾い上げた。

『……強くなったな息子よ、とても生後三分余りとは思えん』
『……返す手のひらもないくせに調子いいな親父殿。とても死にかけとは思えん余裕で冗談までつけて』
『いや、我はこの程度じゃ死なんぞ? 頭だけでも生きていけるのだ』
『そ、そうなのか……』
 思わぬ告白に絶句してしまう吾輩。そのスキに親父殿がとんでもないことを提案してきた。
『もはやこんな体では人類絶滅は諦めるしかあるまい。生きていく理由もあてもない。お前は責任とって我を介護するのだ』
『生きてる骸骨の介護などしたくないんだがっ!』
『まぁその錫杖の上に頭を載せて共に運んでくれればそれで良い』
『う……まぁその程度なら』
『ではよろしく頼むぞ。我がマントもやろう、いつまで裸もあれだろうしな。そうそう、ついでに王冠も被っていけ。あれは良いものだ』
『うむ……似合ってる?』
『似合っているぞ、息子よ。それでこれからどうするのだ?』
 親父殿の問いに、吾輩は用意していた答えを返す。
『人里離れてふたりでのんびり過ごそう』
『むむっ、まぁこうなっては否も応もない』
 錫杖の上で骸骨がカタカタとアゴの骨を鳴らした。
『じゃあ親父殿、行きますか』
『うむ、ではお前にふさわしい称号をやろう。今この時よりスローライフキングを名乗るが良い』


 こうして吾輩ことスローライフキングと親父殿の奇妙な共同生活が始まったのであるが、それはまた別の機会があれば。

 ありがたいありがたい。
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