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第三話
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次に連れて来られたのは、水族館だった。
僕は結構魚が好きだ。小さい頃は親に水族館によく連れて行ってもらった。でも、二十代も半ばを過ぎると、1人で水族館に入る気にはなれなくて、しばらく行った覚えはない。
魚を飼おうかとペットショップで見たこともあったけど、結局迷って決められなかった。
「マグロって泳いでないと死んじゃうんだって」
マグロの泳いでいる大きな水槽の前で千秋さんは言った。
「それ、聞いたことあります」
「死ぬまでずっと泳いでいるのってすごいよね」
「そうですね」
気の利いたことが言えない自分が嫌になる。
「こう、ずっと敬語だね」
「え?」
「タメ口でいいのに。さんもつけなくていいよ」
そんなこと言われても。
「ち、千秋さじゃなくて千秋」
って言ったら顔が火照ってきた。
「顔真っ赤。まあ、少しずつね」
千秋さんは笑った。
「すみません。じゃなくてごめん」
「いいよ。いいよ。無理しなくて」
なんだか自分が情けない。
「こうは何の魚が好き?」
「えーと、チンアナゴとか」
「ぶはっ。面白い」
「す、すみませ」
「謝んなくていい」
と言われてしまった。
「おれ、私はね、モンガラカワハギ」
「えええっ」
モンガラカワハギとは、まだら模様でちょっとふっくらしている魚だ。口元がフグに似ていて、タラコ唇のようになっている。かわいいというより、ちょっとブサイク気味な魚なので、意外で驚いたのだ。
「マンボウとかもいいよね」
千秋さんは特に気を悪くしてはいないようだ。マンボウは僕も好きだった。
「魚好き?」
「あ、はい」
「良かった」
にこにこと笑う千秋さんから目が離せない。
「どうしたの?」
ついじっと見てしまって、僕は慌てて水槽に目を戻した。
「私に見とれちゃった?」
僕は答えられなかった。
「うふふ。冗談だよ」
気の利いたこと言えればいいのに。そしたら、もっと進展したかもしれない。って何考えてんだ。今日会ったばかりなのに。
「すみません。付き合わせて」
「何で謝るの? お、私が連れてきたのに」
「だって、その、僕つまんないから」
「そんなことないよ。楽しいよ」
千秋さんは笑って言った。
「ほら、あっち深海魚コーナーだって」
とまた、引っ張られる。千秋さんは僕に気遣ってくれてるのかななんて思った。
僕の好きなチンアナゴも見られた。
「チンアナゴ面白いよね」
「あ、はい」
「どこが好きなの?」
「なんかかわいいじゃないですか」
「お辞儀してるみたいで?」
「はい」
千秋さんは何故か僕をじっと見てきた。
「ずっとそういう表情してればいいのに」
「え?」
「笑った方がいいよ」
僕はさっきまでうまく笑えていなかっただろうか。最初は緊張していたけど、千秋さんといると、つられて普段の自分が見えてくる。
この距離感が心地いいと感じた。千秋さんもそう思ってくれるとうれしいな。
「あれ、千秋じゃん」
という男の人の声で僕たちは振り返った。カップルで来ている男の人だった。
「こんにちはー」
千秋さんが返事をした。誰だろう? 千秋さんの知り合いだろうか。
「またそんな格好でうろうろして」
「何? なんか文句ある?」
「それでデート?」
「関係ないでしょ」
千秋さんはあしらうようにさっさと行ってしまう。僕は慌てて追いかけた。
「今の人って」
元彼とかじゃないよなと思ったけど、聞けなかった。
「ちょっとした知り合い。行こう」
千秋さんは気にした素振りも見せず、すぐに魚を見出した。僕は気になったけど、そもそも今日出会ったばかりで千秋さんの交流関係なんて知るよしもなかった。
そんな格好って千秋さんの何がおかしいんだろう。洋服も髪型も似合ってるのに。ちょっともやもやしてしまった。
水族館はあっという間に見終わってしまった。全部見終えた時には結構な時間だったけど、長さを感じなかった。
僕は結構魚が好きだ。小さい頃は親に水族館によく連れて行ってもらった。でも、二十代も半ばを過ぎると、1人で水族館に入る気にはなれなくて、しばらく行った覚えはない。
魚を飼おうかとペットショップで見たこともあったけど、結局迷って決められなかった。
「マグロって泳いでないと死んじゃうんだって」
マグロの泳いでいる大きな水槽の前で千秋さんは言った。
「それ、聞いたことあります」
「死ぬまでずっと泳いでいるのってすごいよね」
「そうですね」
気の利いたことが言えない自分が嫌になる。
「こう、ずっと敬語だね」
「え?」
「タメ口でいいのに。さんもつけなくていいよ」
そんなこと言われても。
「ち、千秋さじゃなくて千秋」
って言ったら顔が火照ってきた。
「顔真っ赤。まあ、少しずつね」
千秋さんは笑った。
「すみません。じゃなくてごめん」
「いいよ。いいよ。無理しなくて」
なんだか自分が情けない。
「こうは何の魚が好き?」
「えーと、チンアナゴとか」
「ぶはっ。面白い」
「す、すみませ」
「謝んなくていい」
と言われてしまった。
「おれ、私はね、モンガラカワハギ」
「えええっ」
モンガラカワハギとは、まだら模様でちょっとふっくらしている魚だ。口元がフグに似ていて、タラコ唇のようになっている。かわいいというより、ちょっとブサイク気味な魚なので、意外で驚いたのだ。
「マンボウとかもいいよね」
千秋さんは特に気を悪くしてはいないようだ。マンボウは僕も好きだった。
「魚好き?」
「あ、はい」
「良かった」
にこにこと笑う千秋さんから目が離せない。
「どうしたの?」
ついじっと見てしまって、僕は慌てて水槽に目を戻した。
「私に見とれちゃった?」
僕は答えられなかった。
「うふふ。冗談だよ」
気の利いたこと言えればいいのに。そしたら、もっと進展したかもしれない。って何考えてんだ。今日会ったばかりなのに。
「すみません。付き合わせて」
「何で謝るの? お、私が連れてきたのに」
「だって、その、僕つまんないから」
「そんなことないよ。楽しいよ」
千秋さんは笑って言った。
「ほら、あっち深海魚コーナーだって」
とまた、引っ張られる。千秋さんは僕に気遣ってくれてるのかななんて思った。
僕の好きなチンアナゴも見られた。
「チンアナゴ面白いよね」
「あ、はい」
「どこが好きなの?」
「なんかかわいいじゃないですか」
「お辞儀してるみたいで?」
「はい」
千秋さんは何故か僕をじっと見てきた。
「ずっとそういう表情してればいいのに」
「え?」
「笑った方がいいよ」
僕はさっきまでうまく笑えていなかっただろうか。最初は緊張していたけど、千秋さんといると、つられて普段の自分が見えてくる。
この距離感が心地いいと感じた。千秋さんもそう思ってくれるとうれしいな。
「あれ、千秋じゃん」
という男の人の声で僕たちは振り返った。カップルで来ている男の人だった。
「こんにちはー」
千秋さんが返事をした。誰だろう? 千秋さんの知り合いだろうか。
「またそんな格好でうろうろして」
「何? なんか文句ある?」
「それでデート?」
「関係ないでしょ」
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