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家を乗っ取られた
しおりを挟む私の名前はブランシュ。ベルトラン子爵家の長女。今日、私たちはこの屋敷を追い出されようとしている。
「一日、いや二日やろう。その間に出ていく準備をするんだな」
にやにやと笑う男の顔。屋敷で働いていた執事の一人、ダニーだった。ダニーは、お父様を裏切った。
「みんな、すまないな……。私が不甲斐ないばかりに、こんなことになってしまった。しかし我が家の名誉のためにも、私は戦おうと思っている」
お父様はそう言って、私たちに笑いかけた。そのとき私は十歳で、言葉の意味を全部はわかっていなかったけれど、ただ一つだけわかったことがある。
──お父様は、信じていた人に騙されたのだ。
追い出された私たちは、少し離れたおばあさまの家へ行くことになった。古いけれど趣のある屋敷で、おじいさまが生前とても気に入っていた場所らしい。
住み慣れたこの屋敷を離れるのはつらい。けれど、おばあさまが大好きな私は、少しだけ嬉しくもあった。
「あなたが戦うというのなら、私も戦うわ。証拠を見つけて、ぎゃふんと言わせましょう」
お母様の明るい声に、お父様は少しだけ肩の力を抜いたように感じた。
「そうだな。まずは引っ越しの準備をしよう」
持っていけるものは、ほんのわずか。長く仕えてくれた使用人たちに給金を渡し、皆、屋敷を去っていった。執事長とメイド長だけが、ついてきてくれることになった。
荷物をまとめ、玄関を出て、振り返る。
緑の屋根。広いバルコニー。私の部屋。誰も知らない、私だけの場所。
誕生日に買ってもらった、お気に入りのドレッサー。
……あれも、置いていかなきゃいけないんだ。
「ねえ、ねえ、お父様。もうお家には戻ってこれないの?」
「ブランシュ、しばらくの間だけだよ。必ず戻ってこられるから心配しなくていい」
お母様が、私の手をぎゅっと握った。だからきっと、そうなんだと思った。
少しの間だけ。
そう思った。
───
おばあさまの家に来てから、一カ月が過ぎた。お父様とお母様は外出が多く、家にいることはあまりない。
私はアスランお兄様と、おばあさまと三人で過ごす時間が増えた。
「今日はお父様たち、遅いね」
窓の外は、いつの間にか雨が降り始めている。
「叔父上の家に行くと言っていたからね。話が長引いているのかもしれない」
お父様の弟。男爵家に婿入りしている叔父様。どうしてかわからないけれど、私はあの人が苦手だった。理由なんてない。子どもの勘。だから誰にも言わず、心の中にしまっていた。
次の日の朝になっても、お父様とお母様は帰ってこなかった。
「雨のせいかな……いやな雨だな」
どんなに帰りが遅くても、朝は必ず一緒に朝食をとっていたのに。
「お嬢様、朝食をなさってはいかがでしょうか?」
「うん……」
きっとお昼には帰ってくるよね。そのときは「遅い!」って文句を言おう。心配したんだから、それくらい許されるはず。
でも、食欲はあまりなかった。
お兄様とお茶を飲んでいると、玄関のほうから大きな音がした。
使用人が駆け込んでくる。
「騎士様が……!」
玄関に立っていたのは、お父様たちに同行していた騎士だった。全身が泥にまみれ、血と雨水の区別もつかない姿。
背中の服は、鋭いもので切り裂かれたように破れている。
「きゃあっ!」
「ブランシュは見るな!」
お兄様に強く抱き寄せられた。なにこれ、なにがあったの?
騎士は戻ってきたのに。
ねぇ、お父様は? お母様は?
そこで、私の意識は途切れた。
***
──そのときのことを、後になって兄から聞いた。
「……旦那様と奥様は、賊に……。旦那様は、私を逃がして……これを……」
騎士が差し出したのは、家紋の入った懐刀だった。
「しっかりしろ!」
騎士は血を吐き、そのまま息を引き取った。
おばあさまは、息子を失ったというのに気丈に振る舞い、使用人たちに指示を出していた。その姿を見て、兄は強く思ったという。
──必ず、犯人に罰を与える。
復讐ではない。制裁を。
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