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106. 凱旋した英雄たち
レオンはふぅと大きく息をつくとお湯を沸かし、ミーシャの好きなハーブティを入れた。心が落ち着くというミーシャお勧めの香りをゆっくりとすすると、確かに不安は少し薄らいだ。
しかし飲み終わり闇が深くなっても、彼女たちは帰ってこない。
時計の音がまるで拷問のようにレオンの心を蝕んでいく。カチ、カチ、カチ。その一秒一秒が永遠のように長く感じられる。
(……おかしい。もう、とっくに帰ってくる時間だ)
不安が胸の中で膨らんでいく。心臓が不規則に波打ち始める。
(まさか、討伐相手に苦戦しているのか……?)
最悪の想像が頭をよぎる。
(いや、あいつらなら大丈夫なはずだ。強くなった。スタンピードも、カインも、乗り越えた。だから、大丈夫!)
自分に言い聞かせる。けれど不安は消えない。
(でも、魔物が予想以上に強かったら? 罠にかけられていたら? あの上位スキルを持つ者に、狙われていたら?)
昨夜考えた可能性が、再び頭をもたげてくる。
(俺がついていれば……避けられたことがあったかも?)
後悔が胸を締め付ける。
居ても立っても居られなくなって窓辺に駆け寄った。その時、レオンの鼻に何かの臭いが届いた。
血の臭い?!
心臓が跳ね上がる。けれどそれは窓枠の鉄の臭いだった。古い窓枠から漂う、かすかな金属の匂い。ただそれだけのことだった。
けれどその臭いは、あの日の記憶を呼び覚ました。
妹を失った、あの日。
七年前、暴走する馬車から妹を庇おうとして、けれど体が動かなかった。目の前で妹が倒れた。血を流して、助けを求めて。けれどレオンは動けなかった。恐怖で、何もできなかった。
そして、妹を失った。自分の目の前で。自分の腕の中で。自分が何もできないまま。
その記憶がフラッシュバックする。妹の顔、血に染まった服、冷たくなっていく体、消えていく体温。「お兄ちゃん」と呼ぶ声が、だんだん小さくなっていく。
そしてその顔がルナの顔に変わる。ミーシャの顔に変わる。エリナの顔に変わる。シエルの顔に変わる。大切な仲間たちが、血を流して倒れている光景が、脳裏に浮かぶ。
「――っ!」
レオンの呼吸が乱れた。
「う、ぁ……」
胸が苦しい。息ができない。心臓が激しく波打つ。めまいがする。視界が歪む。
立っていられなくなりその場に崩れ落ちそうになる。けれど必死に壁に手をついて堪えた。冷たい壁の感触がかろうじて現実を繋ぎ止める。
呼吸が浅くなり――心臓が嫌な音を立てて軋む。
(違う……違う……あれは、過去のことだ……)
自分に言い聞かせる。けれど恐怖は消えない。
(みんなは、無事だ……無事なはずだ……)
祈るように呟く。
レオンはよろよろと椅子まで歩いた。膝が震える。足が言うことを聞かない。ようやく椅子にたどり着き座り込む。
そして窓の外を見つめた。屋敷へと続く暗い道を。街灯が道を照らし、木々の影が不気味に揺れている。
レオンはただひたすらその道を凝視し続けた。まるで祈るかのように。どうか無事で、どうか帰ってきて。その想いだけを込めて、暗い道を見つめ続けた。
テーブルの上では、五つの皿が静かに待っている。冷めていくシチューが、レオンの不安を映し出しているかのようだった。
◇
レオンはもう時間の感覚を失っていた。ただ窓の外を見つめ続けている。暗闇を、何も見えない道を。一時間か、二時間か、どれだけの時間が経ったのか分からない。カチカチと時計の音だけが刻まれていた――。
絶望が完全に心を飲み込もうとしていた、その時。
遠い遠い闇の向こうから、不意に何かが聞こえた気がした。
ガタッと立ち上がり耳をそばだてる。幻聴だろうか。いや、けれどその声は次第に大きくなってくる。話し声、笑い声、足音。聞き覚えのある声が、夜の静寂を破って近づいてくる。
「……っ!」
それは幻聴ではなかった。確かに聞こえる。みんなの声が。ルナの少し甲高い声、シエルの落ち着いた声、ミーシャの優雅な声、エリナの凛とした声。間違いない、みんなだ。
「――!!」
レオンは椅子を蹴るように立ち上がった。ただ夢中で玄関へと走る。エプロン姿のまま、頬を伝う涙も拭わずに。廊下を駆け抜け、玄関にたどり着き、扉に手をかけて勢いよく開け放った。
ガンッ!と扉が壁にぶつかる音が響く。
街灯の柔らかな光が四つの影を優しく照らしていた。エリナ、ミーシャ、ルナ、シエル。街灯の光に浮かび上がる四人の姿は、みんな少し疲れた顔をしている。服は土や草で汚れ、髪は乱れ、どこかに擦り傷があるようにも見える。けれどその顔には誇らしげな笑みが浮かんでいた。達成感からくる満足げな表情。疲れているはずなのに、その瞳は輝いている。
屋敷から漏れる温かい光の中に浮かぶ姿は、まるで戦場から凱旋した英雄たちのように見えた。
レオンの視界が滲んだ。胸が熱くなる。喉が詰まる。
しかし飲み終わり闇が深くなっても、彼女たちは帰ってこない。
時計の音がまるで拷問のようにレオンの心を蝕んでいく。カチ、カチ、カチ。その一秒一秒が永遠のように長く感じられる。
(……おかしい。もう、とっくに帰ってくる時間だ)
不安が胸の中で膨らんでいく。心臓が不規則に波打ち始める。
(まさか、討伐相手に苦戦しているのか……?)
最悪の想像が頭をよぎる。
(いや、あいつらなら大丈夫なはずだ。強くなった。スタンピードも、カインも、乗り越えた。だから、大丈夫!)
自分に言い聞かせる。けれど不安は消えない。
(でも、魔物が予想以上に強かったら? 罠にかけられていたら? あの上位スキルを持つ者に、狙われていたら?)
昨夜考えた可能性が、再び頭をもたげてくる。
(俺がついていれば……避けられたことがあったかも?)
後悔が胸を締め付ける。
居ても立っても居られなくなって窓辺に駆け寄った。その時、レオンの鼻に何かの臭いが届いた。
血の臭い?!
心臓が跳ね上がる。けれどそれは窓枠の鉄の臭いだった。古い窓枠から漂う、かすかな金属の匂い。ただそれだけのことだった。
けれどその臭いは、あの日の記憶を呼び覚ました。
妹を失った、あの日。
七年前、暴走する馬車から妹を庇おうとして、けれど体が動かなかった。目の前で妹が倒れた。血を流して、助けを求めて。けれどレオンは動けなかった。恐怖で、何もできなかった。
そして、妹を失った。自分の目の前で。自分の腕の中で。自分が何もできないまま。
その記憶がフラッシュバックする。妹の顔、血に染まった服、冷たくなっていく体、消えていく体温。「お兄ちゃん」と呼ぶ声が、だんだん小さくなっていく。
そしてその顔がルナの顔に変わる。ミーシャの顔に変わる。エリナの顔に変わる。シエルの顔に変わる。大切な仲間たちが、血を流して倒れている光景が、脳裏に浮かぶ。
「――っ!」
レオンの呼吸が乱れた。
「う、ぁ……」
胸が苦しい。息ができない。心臓が激しく波打つ。めまいがする。視界が歪む。
立っていられなくなりその場に崩れ落ちそうになる。けれど必死に壁に手をついて堪えた。冷たい壁の感触がかろうじて現実を繋ぎ止める。
呼吸が浅くなり――心臓が嫌な音を立てて軋む。
(違う……違う……あれは、過去のことだ……)
自分に言い聞かせる。けれど恐怖は消えない。
(みんなは、無事だ……無事なはずだ……)
祈るように呟く。
レオンはよろよろと椅子まで歩いた。膝が震える。足が言うことを聞かない。ようやく椅子にたどり着き座り込む。
そして窓の外を見つめた。屋敷へと続く暗い道を。街灯が道を照らし、木々の影が不気味に揺れている。
レオンはただひたすらその道を凝視し続けた。まるで祈るかのように。どうか無事で、どうか帰ってきて。その想いだけを込めて、暗い道を見つめ続けた。
テーブルの上では、五つの皿が静かに待っている。冷めていくシチューが、レオンの不安を映し出しているかのようだった。
◇
レオンはもう時間の感覚を失っていた。ただ窓の外を見つめ続けている。暗闇を、何も見えない道を。一時間か、二時間か、どれだけの時間が経ったのか分からない。カチカチと時計の音だけが刻まれていた――。
絶望が完全に心を飲み込もうとしていた、その時。
遠い遠い闇の向こうから、不意に何かが聞こえた気がした。
ガタッと立ち上がり耳をそばだてる。幻聴だろうか。いや、けれどその声は次第に大きくなってくる。話し声、笑い声、足音。聞き覚えのある声が、夜の静寂を破って近づいてくる。
「……っ!」
それは幻聴ではなかった。確かに聞こえる。みんなの声が。ルナの少し甲高い声、シエルの落ち着いた声、ミーシャの優雅な声、エリナの凛とした声。間違いない、みんなだ。
「――!!」
レオンは椅子を蹴るように立ち上がった。ただ夢中で玄関へと走る。エプロン姿のまま、頬を伝う涙も拭わずに。廊下を駆け抜け、玄関にたどり着き、扉に手をかけて勢いよく開け放った。
ガンッ!と扉が壁にぶつかる音が響く。
街灯の柔らかな光が四つの影を優しく照らしていた。エリナ、ミーシャ、ルナ、シエル。街灯の光に浮かび上がる四人の姿は、みんな少し疲れた顔をしている。服は土や草で汚れ、髪は乱れ、どこかに擦り傷があるようにも見える。けれどその顔には誇らしげな笑みが浮かんでいた。達成感からくる満足げな表情。疲れているはずなのに、その瞳は輝いている。
屋敷から漏れる温かい光の中に浮かぶ姿は、まるで戦場から凱旋した英雄たちのように見えた。
レオンの視界が滲んだ。胸が熱くなる。喉が詰まる。
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