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35. 美しき少年

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「いよいよだね、頼んだゾ!」

 シアンはベンにファンデーションを塗りながら楽しそうに言った。

 ベンは生まれて初めての女装に渋い顔をしながら、ただマネキンのようにシアンに身をゆだねていた。

 シアンは最後に茶髪のウイッグをスポッとかぶせると、

「んー、これでヨシ! 可愛いゾ! きゃははは!」

 と、満足げに笑った。

 手鏡を見たベンは、そこに可愛い子がいてちょっとドキッとしてしまう。

 純潔教の青いローブを身にまとい、胸パッドを仕込んだブラジャーをつけ、ベンは見事に小柄な可愛い女性になったのだ。

「こ、これが……、僕?」

 思わず新たな性癖の扉を開きかけ、ベンはブンブンと首を振って雑念を飛ばす。

「ベン君、ささやかだけど、役に立つかもしれない魔法を開発しておいたよ。手を出して」

 魔王はベンに笑いかける。

「え? 魔法……ですか?」

 魔王はベンの手を取り、手のひらに青く輝く小さな魔法陣を浮かべた。

「これで誰かのおしりを触ると便意を押し付けることができるんだ」

「え? 僕の便意が消えるって……ことですか?」

「そうそう。便意って言うのは脳が『排便しろー!』って必死に腸を動かす脳の働きだからね。これを相手に移転できるのさ。クフフフ」

 魔王は楽しそうに言った。

「はぁ……」

「間違えてボタン押しちゃったりしたときに、一回だけリセットできるって感じかな? 使えそうだったら使って」

「あ、ありがとうございます」

 ベンは手のひらでキラキラと光の微粒子を放っている魔法陣を見ながら、誰に押し付けたらいいのか、いまいち使いどころがイメージできず、首を傾げた。


「はい、これが招待状。場所は街はずれの教会だよ」

 魔王は茶封筒をベンに渡す。

 話によると約一万人の信者が集合するらしいが、小ぢんまりとした教会には一万人も入れない。集会用に異空間を作り、そこに教祖が登場するだろうとのことだった。そして、異空間は閉じられてしまうと外からは干渉できなくなる。つまり、ベン一人で一万人の信者の中、教祖を討たねばならない。

「いやぁ、どう考えても上手く行かないですよ」

 そう言ってベンは泣きそうな顔で首を振る。

「十万倍を出せば君は宇宙最強、一万人に囲まれてても関係ないさ」

 魔王は肩を叩きながら元気づけるが、ベンの表情は暗い。

「十万倍では意識を保ち続けられませんでした」

 そう言ってベンは肩を落とし、深くため息をついた。長い茶髪がサラサラと流れる。

 魔王は気乗りしないベンをジッと見つめて言った。

「教祖が出てきたらすぐに十万倍になって一気に勝負をつけよう。教祖さえ倒してくれれば異空間は崩壊を始めるだろう。そうしたら後は俺たちが何とかする」

 ふぅ……。

 ベンは大きく息をつくと、静かに首を振る。

 すると、シアンはベンの背中をパンパンと叩き、

「ほら、もうすぐ百億円だゾ! 百億円! きゃははは!」

 と、楽しそうに笑った。

「もう! 他人事だと思って!」

 ベンはジト目でシアンを見る。今はもう金の問題じゃないのだ。そんなのは全てが終わってから言って欲しい。

「あ、そうそう、百万倍は出しちゃダメだゾ? 確実に脳みそぶっこわれるから」

 シアンは急に真面目な顔をして忠告する。

「十万倍で気を失うので大丈夫です!」

 ベンはムッとしながらそう答えた。

「あのぉ……」

 ベネデッタが横から声をかけてくる。

「ど、どうしたんですか?」

「あたくしも、集会に参加させていただけないかしら?」

 ベネデッタは伏し目がちにそう言った。

「ダ、ダメですよ。命の保証ができません」

「あたくしのことは守らなくていいですわ。どっちみちベン君が失敗したらあたくし達は殺されるんですのよ?」

 ベンは言葉に詰まった。そう、自分がミスればトゥチューラの人達含めてこの星の人たちは全滅なのだ。改めてその重責に押しつぶされそうになる。

「実はあたくし、あの後毎日特訓したんですのよ」

 ベネデッタはニコッと笑っていう。

「特訓?」

「そうですわ。トイレに籠って何度もボタンを押したんですの。そしてついに千倍に耐えられるようになりましたわ!」

 ベネデッタは少し誇らしげにそう言って胸を張った。

 シアンはそれを聞いて、

「千倍出せたの!? すごーい!」

 と、ベネデッタの手を取ってブンブンと振った。

「いや、でも千倍止まりなんですわ」

「それでもすごいよ!」

 ベンはそのベネデッタの根性に目頭が熱くなる思いがした。便意を我慢するというのは本当に苦しい。胃腸がねじれんばかりに暴れまわり、それを括約筋一つで押さえつけ続けるのだ。その苦痛は筆舌に尽くしがたいものがある。

 そんな苦痛に耐え、失敗して暴発する事を繰り返す。そんな地獄の修業はやったものではないと分からない、自己の尊厳にかかわる凄惨な色がにじんでいる。

 その話を聞いてはもうベネデッタの好きにさせるしかなかった。

「いいですよ、行きましょう。一緒に教祖を討ちましょう!」

 ベンは自然と湧いてくる涙を手のひらで拭うと、ベネデッタに優しくハグをする。

 ベネデッタも嬉しそうにそれを受け入れた。
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