ファーストキスはピリリと魔法の味 ~世界は今、彼女の唇に託された~

月城 友麻

文字の大きさ
2 / 61

2. 悲しき見事な嘘

しおりを挟む
 英斗は自宅に帰ると夕食も食べずにベッドにもぐりこむ。

 強引にキスした後に超人的な力を発揮したことを考えれば、力のきっかけにキスが必要なのだろう。しかし、キスで力が出るというのは全くもって意味不明であり、その荒唐無稽こうとうむけいさに英斗はめまいすら覚えた。もしかしたら自分は選ばれた人間で、自分とキスをすると超人的な力を得られるようになっているのかもしれない、とも思ってみたが、さすがにバカバカしすぎて苦笑してしまう。

 それよりも……、

『ゴメンね、英ちゃんに酷いことしちゃった』

 キスの後に真っ赤になりながらそう謝っていた紗雪の言葉を思い出す。『英ちゃん』とは仲良かった時の呼び方。四年ぶりに聞いたこの言葉には紗雪の本心が滲んでいる気がするのだ。さらに、あの紗雪のチロチロとした優しい舌遣い……。英斗は真っ赤になって毛布の中に潜り込む。

 そして、続く言葉、

『これでみんな忘れるわ』

 これを思い出して英斗は顔をしかめる。

 あの変なスプレーで自分の記憶を消そうとした……、のだろうか?

 だとしたら紗雪は、自分の記憶が残っているとは思っていないことになる。

 英斗はスマホのメッセンジャー画面を前に考えこむ。なぜ自分にキスしたのか、あの超人的な戦闘力は何なのか聞いてみたい。しかし、どう聞いたらいいか考えるとなかなか文面が思い浮かばなかった。

 紗雪が急によそよそしくなったことと、紗雪の秘密にはかかわりがある気がする。秘密を守るために本意ではなく距離を取った。そう考えるのが妥当だったし、英斗としてもそうあって欲しかった。

 紗雪は何らかの考えで自分の記憶を消した。そこには重大な理由があるだろう。それがどういうものか分からないと聞き方が難しい。せっかく再びつながった紗雪との縁。これを壊さないような聞き方をするには情報が足りなかった。

 うーん、どうしたら……。

 どう聞いたらいいか、英斗はその晩いつまで経っても寝付けなかった。


        ◇


 その夜、紗雪もまた寝付けずに起きだして窓際の椅子に腰かけていた。物憂げに窓の外を眺める紗雪の美しい黒髪を、月の光がキラキラと照らしている。

 視線の先には英斗の家があった。植木で見えにくいが、二階の奥の部屋、そこには英斗が寝ているはずだった。

 ふぅ、と、大きくため息をつくと紗雪は背もたれに深くもたれかかり、ギシっと椅子をきしませる。

 うなだれてしばらく動かなくなる紗雪。

 ポトリと涙が落ち、可愛いうさぎ模様のパジャマを濡らした。

「英ちゃん、ゴメン……。私……、どうしたらいいの?」

 そうつぶやくと静かに肩を揺らす。

「助けて……」

 紗雪は机に突っ伏した。

 満月も近い丸い月は煌々と輝き、美しい少女の苦悩を癒すかのように静かに紗雪を照らす。

 こうして若い二人の眠れない夜は更けていった。


        ◇


 まんじりともしない夜が明けた――――。

 カラッと晴れたさわやかな青空の下、にぎやかな高校生たちが二人、三人と固まりながらにぎやかに談笑し、通学路を歩いていた。

 英斗はその中に混じり、一人あくびをしながら登校する。結局結論は出なかった。判断するには手掛かりが少なすぎるのだ。

 日差しが思ったより強く、ジワリと汗が湧いてくる。英斗はネイビーのジャケットを脱ぎ、指先で引っ掛けて肩に担いだ。


        ◇


 教室につくと、すでに紗雪が座っていた。いつもと変りなく、窓際の席で背筋をピンと伸ばし、物憂げに窓の外を眺めている。窓からのふんわりとそよぐ風が紗雪のきれいな黒髪をサラサラと揺らし、英斗はその水彩画に描かれるようなうるわしい情景に思わずほおが緩んだ。

 この娘とキスをしたのだ。

 英斗は思わずあの時の舌の柔らかさを思い出し、顔が真っ赤になってしまう。そして、ブンブンと首を振って大きく深呼吸を繰り返し、雑念を振り払った。

 英斗は紗雪の隣の自席につき、平静を装いながら現国の教科書を机に並べる。

 紗雪は何も言わない。昨日あんなことがあったのに、全くいつも通りである。

 英斗は大きく深呼吸を繰り返すと、意を決して紗雪に声をかけた。

「あ、あのさぁ……」

 紗雪はチラッと英斗を見てまた窓の外を眺める。

「なによ?」

 不機嫌そうな声が響く。

「な、何か……悩んでたり……しない?」

 英斗は声が裏返りながら必死に声を絞り出す。

 紗雪はけげんそうな顔で英斗をじっと見つめ、

「話しかけないでって言わなかったっけ?」

 と、冷たく言い放つとまた窓の外を向いてしまう。

 英斗はふぅと息をつき、ゴンと額を教科書にぶつける。じんわりと伝わってくる額の痛みの中、自分は何をやっているのだろうと打ちひしがれる英斗は『うぅぅ』と喉の奥をかすかに鳴らし、にぎやかな教室の中でただ一人もだえていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
 ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。  これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...