4 / 71
1-4. 襲いかかる悪意
しおりを挟む
午後にヴュスト家総出で教会を訪れる。
「おまえの職業はなんだろうな? 賢いから『賢者』かも知れないぞ!」
父エナンドは浮かれていた。
「『大賢者』だったらどうしましょう?」
母エルザは上機嫌で返す。
ヴィクトルはただ苦笑いをして受け流すしかなかった。
長男のハンツは親の死角でバシッとヴィクトルを蹴り、
「ケッ!」
と、ヴィクトルをにらむ。
三男坊が可愛がられるのが気に喰わないのだ。
この街、ユーベにある最大の教会の聖堂はゴシック調の豪奢な造りで、尖塔がいくつも立ち、その威風堂々たる風格は街のシンボルになっている。
中に入ると煌びやかなステンドグラスがずらりと並び、陽の光を受けて赤、青、緑の色鮮やかな模様を床に浮かび上がらせ、神聖な雰囲気を醸し出していた。
聖堂の壇上には神託の水晶玉が置かれ、司教は金と純白の豪奢な祭服を着て、一行を待ちわびて立っている。優秀だと噂の辺境伯の三男の神託と聞いて、周りには司祭を始め教会関係者がズラりと並び、ヴィクトルの神託を楽しみに待ちわびていた。
ヴィクトルは目をつぶり、大きく息をつくと壇に上がり、司教の言われるがままに水晶玉に手を置いた。そして、司教が何かをつぶやく。ピカピカと点滅しだす水晶玉。しかし、点滅はいつまでも止まらなかった。
いぶかしげに水晶玉をにらむ司教。しかし、点滅は止まらない。
前例のない事態に静まり返る聖堂。
司教はバツの悪い表情をしてエナンドのところへ行き、何かを耳打ちした。
「む、無職!?」
エナンドは絶句する。
由緒ある辺境伯において、無職の子供を輩出してしまったことは大いに恥ずべきことであり、事によっては辺境伯自身の地位すら脅かしかねない深刻な事態だった。
エルザは失神して倒れ込み、長男のハンツは大声で嘲笑う。
気まずい表情で壇上から降りてきたヴィクトルを迎えたのは、次男のルイーズだけだった。
「気にすることはないよ、後で職業が分かる事もあるしさ」
そう言って、ルイーズはヴィクトルの背中をポンポンと叩く。
するとハンツはいきなりヴィクトルを蹴り飛ばした。
「ぐわっ!」
ゴロゴロと転がるヴィクトル。
「お前はヴュスト家の面汚しだ! 追放だ! 出ていけ!」
と、口汚く罵った。
「兄さん、暴力はダメだよ!」
ルイーズはヴィクトルをいたわり、引き起こしながら言う。
「何がダメだ? 無職というのはもはや人間とは呼べんのだ。暗黒の森に捨てるしかない」
「なんてこと言うんだ!」
ルイーズは自分のことのように怒る。
しかし、ヴィクトルは、ルイーズを制止して、
「兄ちゃん、僕は大丈夫。早く帰ろう」
そう言って、ルイーズの手を引いて聖堂を出て行った。
◇
その午後、ヴィクトルはエナンドに呼び出される。
エナンドの隣には腕を包帯で巻いたハンツとメイドが立っていた。
「ヴィクトル、お前、ハンツを階段から突き飛ばしたんだって?」
いきなり身に覚えのないことを言われ、ヴィクトルは困惑した。
「え? 僕はずっと自分の部屋にいましたよ?」
「ウソをつくな! メイドが証人としているんだぞ! 無職だった腹いせに兄をケガさせ、さらにウソまでつくとは許し難い! お前は追放だ!」
エナンドは激昂して叫んだ。
「えっ!? そ、そんな」
ヴィクトルは焦る。追放された五歳児がマトモに生きていく方法などない。
「じゃあ、自分の罪を認めるか?」
エナンドはヴィクトルを鋭い視線でにらみつけて言った。
「僕はやっていません。二人が嘘をついているんです!」
パン!
エナンドはヴィクトルを平手打ちし、
「追放だ! 連れていけ!」
そう執事にアゴで指示した。
「後悔するぞ! いいんだな?」
そう叫ぶヴィクトルを執事は強引に引きずる。
はっはっは!
ハンツはいやらしい顔で笑い、メイドは疎ましい表情でその様を眺めていた。
「おまえの職業はなんだろうな? 賢いから『賢者』かも知れないぞ!」
父エナンドは浮かれていた。
「『大賢者』だったらどうしましょう?」
母エルザは上機嫌で返す。
ヴィクトルはただ苦笑いをして受け流すしかなかった。
長男のハンツは親の死角でバシッとヴィクトルを蹴り、
「ケッ!」
と、ヴィクトルをにらむ。
三男坊が可愛がられるのが気に喰わないのだ。
この街、ユーベにある最大の教会の聖堂はゴシック調の豪奢な造りで、尖塔がいくつも立ち、その威風堂々たる風格は街のシンボルになっている。
中に入ると煌びやかなステンドグラスがずらりと並び、陽の光を受けて赤、青、緑の色鮮やかな模様を床に浮かび上がらせ、神聖な雰囲気を醸し出していた。
聖堂の壇上には神託の水晶玉が置かれ、司教は金と純白の豪奢な祭服を着て、一行を待ちわびて立っている。優秀だと噂の辺境伯の三男の神託と聞いて、周りには司祭を始め教会関係者がズラりと並び、ヴィクトルの神託を楽しみに待ちわびていた。
ヴィクトルは目をつぶり、大きく息をつくと壇に上がり、司教の言われるがままに水晶玉に手を置いた。そして、司教が何かをつぶやく。ピカピカと点滅しだす水晶玉。しかし、点滅はいつまでも止まらなかった。
いぶかしげに水晶玉をにらむ司教。しかし、点滅は止まらない。
前例のない事態に静まり返る聖堂。
司教はバツの悪い表情をしてエナンドのところへ行き、何かを耳打ちした。
「む、無職!?」
エナンドは絶句する。
由緒ある辺境伯において、無職の子供を輩出してしまったことは大いに恥ずべきことであり、事によっては辺境伯自身の地位すら脅かしかねない深刻な事態だった。
エルザは失神して倒れ込み、長男のハンツは大声で嘲笑う。
気まずい表情で壇上から降りてきたヴィクトルを迎えたのは、次男のルイーズだけだった。
「気にすることはないよ、後で職業が分かる事もあるしさ」
そう言って、ルイーズはヴィクトルの背中をポンポンと叩く。
するとハンツはいきなりヴィクトルを蹴り飛ばした。
「ぐわっ!」
ゴロゴロと転がるヴィクトル。
「お前はヴュスト家の面汚しだ! 追放だ! 出ていけ!」
と、口汚く罵った。
「兄さん、暴力はダメだよ!」
ルイーズはヴィクトルをいたわり、引き起こしながら言う。
「何がダメだ? 無職というのはもはや人間とは呼べんのだ。暗黒の森に捨てるしかない」
「なんてこと言うんだ!」
ルイーズは自分のことのように怒る。
しかし、ヴィクトルは、ルイーズを制止して、
「兄ちゃん、僕は大丈夫。早く帰ろう」
そう言って、ルイーズの手を引いて聖堂を出て行った。
◇
その午後、ヴィクトルはエナンドに呼び出される。
エナンドの隣には腕を包帯で巻いたハンツとメイドが立っていた。
「ヴィクトル、お前、ハンツを階段から突き飛ばしたんだって?」
いきなり身に覚えのないことを言われ、ヴィクトルは困惑した。
「え? 僕はずっと自分の部屋にいましたよ?」
「ウソをつくな! メイドが証人としているんだぞ! 無職だった腹いせに兄をケガさせ、さらにウソまでつくとは許し難い! お前は追放だ!」
エナンドは激昂して叫んだ。
「えっ!? そ、そんな」
ヴィクトルは焦る。追放された五歳児がマトモに生きていく方法などない。
「じゃあ、自分の罪を認めるか?」
エナンドはヴィクトルを鋭い視線でにらみつけて言った。
「僕はやっていません。二人が嘘をついているんです!」
パン!
エナンドはヴィクトルを平手打ちし、
「追放だ! 連れていけ!」
そう執事にアゴで指示した。
「後悔するぞ! いいんだな?」
そう叫ぶヴィクトルを執事は強引に引きずる。
はっはっは!
ハンツはいやらしい顔で笑い、メイドは疎ましい表情でその様を眺めていた。
32
あなたにおすすめの小説
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~
はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。
病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。
これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。
別作品も掲載してます!よかったら応援してください。
おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる