56 / 193
56. ゲームマスター
しおりを挟む
『旦那様~! ご無事ですか~?』
アバドンの声が聞こえる。その声に、俺は現実に引き戻された気がした。
『無事だけど無事じゃない。なんかこう……見てはいけないものを見てしまった……。ちょっと戻るね』
俺は情けない声で応えた。その声には、自分でも驚くほどの虚脱感が滲んでいた。
本当はこの世界を一周しようとも思っていたのだが、きっと太平洋の向こうにはアメリカ大陸があってヨーロッパ大陸があってインドがあって東南アジアがあるだけだろう。これ以上の探索は意味がない。その現実が、俺の心に重くのしかかる。
◇
広場に着陸し、アバドンにボルトを抜いてもらう――――。
再び地上に立った時、俺は奇妙な喪失感を覚えて足元がふらついた。まるで、大切な何かを宇宙に置き去りにしてきたかのように。
「宇宙どうでしたか?」
アバドンは興味津々に聞いてくるが、俺は何を言っていいのか言葉が出てこなかった。
アバドンに日本列島の話をしても理解できないだろう。転生者と現地人の溝の深さに、俺は一瞬たじろいだ。
「なんか説明の難しいものが……。お前も行ってくるか?」
俺は大きくため息をつくと首を振りながら答える。
「私は旦那様と違いますから、こんなのもち上げて宇宙まで行けませんよ」
手を振りながら顔をそむけるアバドン。
「そか。綺麗だったぞ……」
「それは良ござんしたね」
ちょっとすねるアバドン。
「ははっ、良かったんだかどうだか……。コーヒーでも飲むか?」
俺は疲れた笑いを浮かべながら言った。身体がコーヒーの苦味を求めている。
「ぜひぜひ! 旦那様のコーヒーは美味しですからね!」
嬉しいことを言ってくれるアバドンの背中をパンパンと叩き、店へと戻る。その温もりが、俺をわずかに元気づけてくれた。
店に戻ると、いつもの手順でコーヒー豆を挽いていく。
ゴリゴリという破砕音にお湯の沸く音――――。
しかし、いつもなら安心感を与えてくれるこの日常の一コマが、どこか儚く感じられた。
「アバドン、この世界って……本当に現実なのかな?」
コーヒーを淹れながら、俺は思わず呟いた。
「はぁ? 旦那様、宇宙で何かありました?」
アバドンはけげんそうに首を傾げる。その素直な反応に、俺は苦笑する。
「いや、なんでもない。ただの……思いつきさ」
俺はそう言いながらコーヒーをアバドンに差し出す。
自分も一口すすると、香り高い苦味が疲労に硬くなった身体を包み込んでいく。
この異世界の日本列島で俺はどう生きていけばいいのだろうか――――?
俺は窓の外に転がっている宇宙船をチラリと見て、再び深い思考の海に沈んでいった。
◇
顔を上げるとアバドンは目をつぶり、軽く首を振りながらコーヒーの香りを堪能していた。その仕草に、どこか人間らしさを感じる。
「ちょっと、この世界について教えて欲しいんだよね」
俺はコーヒーをすすりながらさりげなく聞いてみる。
アバドンは濃いアイシャドウの目をこちらに向け、嬉しそうに紫色のくちびるを開いた。
「なんでもお答えしますよ! 旦那様!」
「お前、ダンジョンでアルバイトしてたろ? あれ、誰が雇い主なんだ?」
「ヌチ・ギさんです。小柄でヒョロッとして痩せた男なんですが……、彼がたまに募集のメッセージを送ってくるんです」
この男がこの世界の謎を解くキーになるに違いない。俺は身を乗り出してアバドンの瞳を見つめた。
「その、ヌチ・ギさんが、ダンジョン作ったり魔物を管理してるんだね、何者なんだろう?」
「さぁ……、何者かは私も全然わかりません」
そう言ってアバドンは首を振る。その仕草に、俺は少しがっかりした。
「彼はいつからこんなことをやっていて、それは何のため?」
「さて……私が生まれたのは二千年くらい前ですが、その頃にはすでにヌチ・ギさんはいましたよ。何のためにこんなことやってるかは……ちょっとわかりません。ちなみに私もヌチ・ギさんに作られました」
なんと、アバドンの親らしい。魔物を生み出し、管理しているのだから当たり前ではあるが、ちょっと不思議な感じがする。
「ヌチ・ギさんは……、何ができるのかな?」
俺の声に、好奇心と緊張が混じる。
「森羅万象何でもできますよ。時間を止めたり、新たな生き物作りだしたり、それはまさに全知全能ですよ」
なるほど、MMORPGのゲームマスターみたいなものかもしれない。やはりこの世界は仮想現実で、世界を構成するデータを直接いじれるからどんなことでも実現可能だし、何でも調べられる――――。
その考えが浮かんだ瞬間、背筋に冷たいものが走った。
アバドンの声が聞こえる。その声に、俺は現実に引き戻された気がした。
『無事だけど無事じゃない。なんかこう……見てはいけないものを見てしまった……。ちょっと戻るね』
俺は情けない声で応えた。その声には、自分でも驚くほどの虚脱感が滲んでいた。
本当はこの世界を一周しようとも思っていたのだが、きっと太平洋の向こうにはアメリカ大陸があってヨーロッパ大陸があってインドがあって東南アジアがあるだけだろう。これ以上の探索は意味がない。その現実が、俺の心に重くのしかかる。
◇
広場に着陸し、アバドンにボルトを抜いてもらう――――。
再び地上に立った時、俺は奇妙な喪失感を覚えて足元がふらついた。まるで、大切な何かを宇宙に置き去りにしてきたかのように。
「宇宙どうでしたか?」
アバドンは興味津々に聞いてくるが、俺は何を言っていいのか言葉が出てこなかった。
アバドンに日本列島の話をしても理解できないだろう。転生者と現地人の溝の深さに、俺は一瞬たじろいだ。
「なんか説明の難しいものが……。お前も行ってくるか?」
俺は大きくため息をつくと首を振りながら答える。
「私は旦那様と違いますから、こんなのもち上げて宇宙まで行けませんよ」
手を振りながら顔をそむけるアバドン。
「そか。綺麗だったぞ……」
「それは良ござんしたね」
ちょっとすねるアバドン。
「ははっ、良かったんだかどうだか……。コーヒーでも飲むか?」
俺は疲れた笑いを浮かべながら言った。身体がコーヒーの苦味を求めている。
「ぜひぜひ! 旦那様のコーヒーは美味しですからね!」
嬉しいことを言ってくれるアバドンの背中をパンパンと叩き、店へと戻る。その温もりが、俺をわずかに元気づけてくれた。
店に戻ると、いつもの手順でコーヒー豆を挽いていく。
ゴリゴリという破砕音にお湯の沸く音――――。
しかし、いつもなら安心感を与えてくれるこの日常の一コマが、どこか儚く感じられた。
「アバドン、この世界って……本当に現実なのかな?」
コーヒーを淹れながら、俺は思わず呟いた。
「はぁ? 旦那様、宇宙で何かありました?」
アバドンはけげんそうに首を傾げる。その素直な反応に、俺は苦笑する。
「いや、なんでもない。ただの……思いつきさ」
俺はそう言いながらコーヒーをアバドンに差し出す。
自分も一口すすると、香り高い苦味が疲労に硬くなった身体を包み込んでいく。
この異世界の日本列島で俺はどう生きていけばいいのだろうか――――?
俺は窓の外に転がっている宇宙船をチラリと見て、再び深い思考の海に沈んでいった。
◇
顔を上げるとアバドンは目をつぶり、軽く首を振りながらコーヒーの香りを堪能していた。その仕草に、どこか人間らしさを感じる。
「ちょっと、この世界について教えて欲しいんだよね」
俺はコーヒーをすすりながらさりげなく聞いてみる。
アバドンは濃いアイシャドウの目をこちらに向け、嬉しそうに紫色のくちびるを開いた。
「なんでもお答えしますよ! 旦那様!」
「お前、ダンジョンでアルバイトしてたろ? あれ、誰が雇い主なんだ?」
「ヌチ・ギさんです。小柄でヒョロッとして痩せた男なんですが……、彼がたまに募集のメッセージを送ってくるんです」
この男がこの世界の謎を解くキーになるに違いない。俺は身を乗り出してアバドンの瞳を見つめた。
「その、ヌチ・ギさんが、ダンジョン作ったり魔物を管理してるんだね、何者なんだろう?」
「さぁ……、何者かは私も全然わかりません」
そう言ってアバドンは首を振る。その仕草に、俺は少しがっかりした。
「彼はいつからこんなことをやっていて、それは何のため?」
「さて……私が生まれたのは二千年くらい前ですが、その頃にはすでにヌチ・ギさんはいましたよ。何のためにこんなことやってるかは……ちょっとわかりません。ちなみに私もヌチ・ギさんに作られました」
なんと、アバドンの親らしい。魔物を生み出し、管理しているのだから当たり前ではあるが、ちょっと不思議な感じがする。
「ヌチ・ギさんは……、何ができるのかな?」
俺の声に、好奇心と緊張が混じる。
「森羅万象何でもできますよ。時間を止めたり、新たな生き物作りだしたり、それはまさに全知全能ですよ」
なるほど、MMORPGのゲームマスターみたいなものかもしれない。やはりこの世界は仮想現実で、世界を構成するデータを直接いじれるからどんなことでも実現可能だし、何でも調べられる――――。
その考えが浮かんだ瞬間、背筋に冷たいものが走った。
66
あなたにおすすめの小説
異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~
北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。
実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。
そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。
日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。
両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日――
「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」
女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。
目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。
作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。
けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。
――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。
誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。
そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。
ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。
癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる