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ドイツ教養市民層の歴史(社会)
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野田 宣雄 著
講談社学術文庫
教養と聞くと、漠然とした“豊かな知性”のようなものをイメージする。その一方で、形骸化した現実から乖離する役に立たない知識との感じもある。
リベラルアーツは明治期の文明開化の過程で、ドイツから輸入された外来文化であった。
ではリベラルアーツを生み育んだドイツにとって、それは何のためのものだったのか?
本書はドイツで教養主義が生まれた経緯とそれが社会に与えた功罪を、同じ西欧文化圏で、且つ、最先端の超大国だった大英帝国の状況と比較しながら詳しく追っていく。
ドイツでもイギリスでも文化の担い手は上流指導層であった。しかし、社会における宗教の影響が両者では大きく違っていた。
階級社会で有名な両国だが、イギリスでは宗派の違いこそあれ、キリスト教が最上層から最下層まで様々な宗派によって隙間なくカバーされていた。階層間を移動しても、宗教は宗派が代わるだけなので、階層間に差異はあってもキリスト教によって社会全体に一体性があったと言う。
上流層は上流層の需要に合った宗派が、庶民層には庶民の要求に合う宗派が合ったように、各々の階層に適する宗派が各々の社会を維持しながら、キリスト教が階層間の紐帯として働くことで、イギリス社会は連続した一体性を維持した。
翻ってドイツはと言うと、キリスト教は支配層の宗教であって、ドイツのキリスト教は支配層の需要を満たすことはあっても、庶民の要求を満たすことはなかった。
恒に上から降りて来るだけで、その逆はなかった。上下の階層に働く一方通行の流れは、階層間の分断を作り、ドイツではそれが恒常的に働いていた。
やがて西欧ではイギリスを先頭に産業革命が進行していく。産業革命は社会の主役を、これまでの貴族層から新興の庶民達に代えた。
イギリスでは古い文化は新興の庶民に受け継がれ、新たな庶民の文化は上流層に受け入れられて、新旧の文化は互いに孤立することなく社会の新たな基盤を築いていった。
それが可能だったのは、イギリスの全階層間でキリスト教が紐帯となって一体性を確保していたからだと言う。
一方のドイツでも、勃興した庶民達が主役となって新たな文化を作り出す。それが今日“教養”と呼ばれる市民文化であった。
その特徴は、1つに極めて世俗的であること。いや、積極的に宗教に無関心であり、結果的に世俗的であること。これはドイツのキリスト教が支配者の宗教であって、庶民の要求に答えてこなかったからであった。
2つ目に、庶民の教養文化は、これまで文化の担い手であった貴族との間で共有されていないことが挙げられる。これも1つ目の理由から来る必然であった。支配者は弾圧することで、庶民の宗教に対する要求を常に握り潰してきた。結果、支配層と被支配層の分断が持続する。
3つ目に、教養は都市の文化であって、教養の担い手は農村を見下していた。よって、都市と地方間でも分断を生んだ。
このように“教養”は非宗教的で非寛容な都市文化であり、広くドイツ社会全体に浸透するものではなく、個人主義的で社会の現実との接点に乏しいカルチャーであった。
“教養”をドイツから輸入した日本も同様である。連面と続く伝統から否定されたところで成立した“教養”は、社会に足場を持たない根なし草となり、よそよそしいお客さんであって、実態の乏しいあやふやなものであった。
現代の大学は“教養”の典型である。有形無実に形式化された知識のせいで、“教養”を何ら社会に還元できないでいる。挙げ句の果てにその存在理由を問われる始末だ。
その世俗的な性格から、教養は決して宗教にはなれない。宗教を失ったところに、その代替物であるかのごとく納まってしまったところに“教養”の悲劇がある。
世俗を宗教と混同した帰結、政治を宗教にしてしまったことで、最後にはナチスを生むところまで行ってしまった。
“教養”が疎外された者達の徒花であったことが、本書を読むと理解されてくる。
“教養”が力を失ったということ、それは新興勢力の市民が、歴史の主役の座から堕ちたと言うことを意味する。
現代はもう市民が主役の時代ではない。今、主役の座に治まっているのは何者なのだろうか。
講談社学術文庫
教養と聞くと、漠然とした“豊かな知性”のようなものをイメージする。その一方で、形骸化した現実から乖離する役に立たない知識との感じもある。
リベラルアーツは明治期の文明開化の過程で、ドイツから輸入された外来文化であった。
ではリベラルアーツを生み育んだドイツにとって、それは何のためのものだったのか?
本書はドイツで教養主義が生まれた経緯とそれが社会に与えた功罪を、同じ西欧文化圏で、且つ、最先端の超大国だった大英帝国の状況と比較しながら詳しく追っていく。
ドイツでもイギリスでも文化の担い手は上流指導層であった。しかし、社会における宗教の影響が両者では大きく違っていた。
階級社会で有名な両国だが、イギリスでは宗派の違いこそあれ、キリスト教が最上層から最下層まで様々な宗派によって隙間なくカバーされていた。階層間を移動しても、宗教は宗派が代わるだけなので、階層間に差異はあってもキリスト教によって社会全体に一体性があったと言う。
上流層は上流層の需要に合った宗派が、庶民層には庶民の要求に合う宗派が合ったように、各々の階層に適する宗派が各々の社会を維持しながら、キリスト教が階層間の紐帯として働くことで、イギリス社会は連続した一体性を維持した。
翻ってドイツはと言うと、キリスト教は支配層の宗教であって、ドイツのキリスト教は支配層の需要を満たすことはあっても、庶民の要求を満たすことはなかった。
恒に上から降りて来るだけで、その逆はなかった。上下の階層に働く一方通行の流れは、階層間の分断を作り、ドイツではそれが恒常的に働いていた。
やがて西欧ではイギリスを先頭に産業革命が進行していく。産業革命は社会の主役を、これまでの貴族層から新興の庶民達に代えた。
イギリスでは古い文化は新興の庶民に受け継がれ、新たな庶民の文化は上流層に受け入れられて、新旧の文化は互いに孤立することなく社会の新たな基盤を築いていった。
それが可能だったのは、イギリスの全階層間でキリスト教が紐帯となって一体性を確保していたからだと言う。
一方のドイツでも、勃興した庶民達が主役となって新たな文化を作り出す。それが今日“教養”と呼ばれる市民文化であった。
その特徴は、1つに極めて世俗的であること。いや、積極的に宗教に無関心であり、結果的に世俗的であること。これはドイツのキリスト教が支配者の宗教であって、庶民の要求に答えてこなかったからであった。
2つ目に、庶民の教養文化は、これまで文化の担い手であった貴族との間で共有されていないことが挙げられる。これも1つ目の理由から来る必然であった。支配者は弾圧することで、庶民の宗教に対する要求を常に握り潰してきた。結果、支配層と被支配層の分断が持続する。
3つ目に、教養は都市の文化であって、教養の担い手は農村を見下していた。よって、都市と地方間でも分断を生んだ。
このように“教養”は非宗教的で非寛容な都市文化であり、広くドイツ社会全体に浸透するものではなく、個人主義的で社会の現実との接点に乏しいカルチャーであった。
“教養”をドイツから輸入した日本も同様である。連面と続く伝統から否定されたところで成立した“教養”は、社会に足場を持たない根なし草となり、よそよそしいお客さんであって、実態の乏しいあやふやなものであった。
現代の大学は“教養”の典型である。有形無実に形式化された知識のせいで、“教養”を何ら社会に還元できないでいる。挙げ句の果てにその存在理由を問われる始末だ。
その世俗的な性格から、教養は決して宗教にはなれない。宗教を失ったところに、その代替物であるかのごとく納まってしまったところに“教養”の悲劇がある。
世俗を宗教と混同した帰結、政治を宗教にしてしまったことで、最後にはナチスを生むところまで行ってしまった。
“教養”が疎外された者達の徒花であったことが、本書を読むと理解されてくる。
“教養”が力を失ったということ、それは新興勢力の市民が、歴史の主役の座から堕ちたと言うことを意味する。
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