水と言霊と

みぃうめ

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第36話    side亜門④

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 治療しながら、自分の好きなこと、やりたいこと、目標を探した。

 俺が見つけたのはタトゥーだった。
 軍にいた頃から、仲間のタトゥーを見てからずっと好きだった。俺も直ぐに身体に彫りだした。本来軍人のタトゥーは、誰が亡くなったのかを確認する物だ。何も持ち物がなくても、死体でも、誰か分かるように。
 今はそんな目的で入れてるやつはそんなにいないけどな。
 でも、意味のあるタトゥーも多く、綺麗だなと思っていた。
 図案を考えている時は不思議と落ち着いていて、じぃちゃん達も喜んで図案やスケッチを見たり聞いたりしてくれた。
 医者には顔を顰められた。考えるだけなら兎も角、自らにも彫るのは自傷行為ではないのかと。それで落ち着いても意味がないんだよと。
 確かに自傷行為ではあるが、彫っている最中は俺だって苦痛だ。彫っている時だけ安心するなどということはない。
 ということを切々と訴えた。
 渋々ながらも認めてくれた。というより、許すしかなかったのかもしれない。好きなことは心の拠り所に成り得るが、簡単には見つからないからだ。

 身体を鍛える事を止めることは出来なかった。
 これも一種の自傷行為なのでは?と、乾いた笑いが漏れる。
 でも止められなかった。止めることが怖かった。結局人間は一人で、何かあれば身を守るのは自分自身でしかないと思っていたのもあるだろう。

 後は、星。
 俺がどんなに迷ってもそこに在ってくれる。
 星の事が知りたくなり、勉強する。
 星はいつまでも見ていられた。
 ただボーッと何時間も夜空を見続ける事も多かった。

 綺麗な星見たさに、田舎に引っ越そうとしていた時、じぃちゃんとばぁちゃんがバスの事故に巻き込まれて亡くなった。

 こうなったのは思い上がった馬鹿な俺の完全なる自己責任。ただの自滅だ。それなのに、ずっとこんな大の大人の面倒を見させるハメになってしまった。
 何も返す事ができないまま、二度と会えなくなってしまった。涙に暮れる。もうこのまま死んでもいいかと思っていた。

 そんな時、じぃちゃんの遺品を整理していたら日記が出てきた。

 日記は楽しい日々と後悔と贖罪と、そして俺への願いだった。

 俺がこの家に来てから楽しかったこと、自衛隊に誘った後悔、米軍行きへの許しを出してしまったことへの贖罪、ようやく立ち直る兆しが見え、これから幸せに暮らしてほしい事が書いてあった。


 俺は死ねない。死んじゃいけない。
 じぃちゃんが願ってくれた幸せを俺が壊してはいけない。
 ただ一つの恩返しがこれしかないことが申し訳なかった。





 俺はじぃちゃんとばぁちゃんの遺品を持って田舎に一軒家を買った。
 古民家と言えば聞こえはいいが、住めるような状態にはないようなタダ同然の物だった。
 力だけは有り余っている。DIYのような軽い物ではなく、完全な大工仕事を一人で黙々とやり、人が住める家に変えていく。

 幸いな事にタトゥーだらけのデカい男を怖がる事なくその村の人達は喜んでくれた。男手が増えたことへの喜びだった気もするが。
 お裾分けの野菜も沢山いただいた。

 夜には星を見上げ、昼にはタトゥーの図案を考え、たまに彫りに来る客も出てきた。田舎に良い彫り師がいると密かに有名になっていたのだ。




 そこでの生活も三年になり、一度都会に帰ってみようと思った。
 田舎の暮らしは良くも悪くも安定していて暮らしやすいが、とにかく物が手に入らない。
 客は増える一方で態々来てくれるんだから断るのも悪い。
 世話になった田舎の人達に別れを告げ、地元に帰り、そこで本格的にタトゥーの店を開いた。
 元々噂が広まっていたようで客に困ることはなかった。
 なぜかタトゥーを彫りに来る女性はキツイ顔にキツイメイクをした人達が多かった。世間一般では“綺麗”でも、俺には“チベットスナギツネ”のイメージが強すぎて嫌悪感すらあった。だが、これは接客業だ。苦手意識だけで避けるわけにはいかない。
 そこで編み出したのはノリが軽くて兎に角女性を褒めちぎる男を演じる事だった。
 これが意外と楽だった。普段は絶対にしない行為をすることで、仕事の延長にしか思えなくなり、割り切るのに丁度良く、割り切れば女性への嫌悪感も和らいだ。
 大抵の日本人女性は褒められるのに慣れていなく、照れながらも喜んでくれる人が多かったことも有り難かった。


 そこで2年ほど店をやり客の合間に休憩を取っていた時、床が光ったのだ。










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